記事

“人質司法の蟻地獄”に引きずり込まれた起業家

3/3

検察官が要求した事実を全面的に認める「上申書」提出

長期間にわたって勾留が続いたため、唐澤氏の睡眠障害、不安障害、パニック障害の症状はさらに深刻な状況となり、精神は崩壊寸前の状態だった。どんなことをしてでも、すぐに保釈をとってもらいたいと切望したことを受け、唐澤氏の一審弁護人は、検察官と交渉した。

検察官は、保釈に反対しない条件として、「第1回公判期日で公訴事実を全面的に認めること」、「検察官請求書証すべてに同意すること」のみならず、「事実を全面的にかつ具体的に認める旨の被告人の上申書を提出すること」を要求してきた。

弁護人から検察官の要求を伝えられた唐澤氏は、一刻も早く保釈されたいという思いから、「どのような上申書でも署名する」、「内容は弁護人に任せる」と答えた。弁護人は、検察官の要求に合わせ、脱税幇助を含めて事実を全面的に認める上申書を作成して唐澤氏に署名させ、検察官に提出した。

第1回公判期日では、被告人の罪状認否の際に、その上申書が、弁護人から裁判所に提出され、公判調書には、「公訴事実は間違いありません。その余については、上申書のとおりです」と記載されて上申書が公判調書に添付された。

第1回公判後の保釈請求に対して、検察官は、上申書が裁判所に提出され、罪状認否での被告人供述の内容とされたことから、保釈に反対せず、保釈がようやく許可された。

執行猶予獲得のため検察官主張への反論・主張を全て控える

こうして、唐澤氏は、120日にわたる勾留の末、ようやく保釈され、身柄拘束を解かれた。

第1回公判では、検察官請求証拠がすべて同意書証として取調べられたが、その内容には、唐澤氏には納得できない点が多々あった。脱税を幇助することなど全く考えていなかったのに、脱税幇助とされたことに加えて、絶対に納得できなかったのは、唐澤氏の会社でやってきたことが「助成金詐欺ビジネス」であるかのように検察官の冒頭陳述で書かれていて、関係者の調書もそういう内容になっていたことだった。唐澤氏が、中小企業緊急雇用安定助成金の書面作成代行業務の仕事を始めたのも、新卒採用支援・代行で取引してもらっていた企業から付随するサービスとして、助成金の書類の作成を依頼されたからだった。中小企業の役に立ちたいという気持ちから、助成金の書類作成について調査し、助成金の申請にかかわったもので、決して、詐欺ビジネスをやっていたわけではなかった。

しかし、保釈後、供託していた助成金の全額返還が完了したこともあり、一審弁護人からは、「起訴事実を全面的に認めて検察官の主張を争わなければ、執行猶予の可能性が高い」と言われていた。そこで、公判では、唐澤氏は、検察官の主張には全く異を唱えず、被告人質問でも、ひたすら「反省の弁」を述べ続けた。

ところが、検察官の論告求刑は「4年6月 罰金400万円」、懲役刑の求刑は主犯のM氏と同じだった。3年以下の刑でなければ執行猶予が認められないので、その求刑が「実刑相当」を意味することは明らかだった。しかし、助成金詐欺については全額返還済み、しかも、逮捕前に、返還のために全額供託までしている。脱税幇助についても、実際には、脱税についての認識もなく、もちろん、報酬も全く受け取っていない。そのような唐澤氏が実刑になる可能性は低いとの弁護人の言葉を信じ、執行猶予を期待していた。

しかし、一審判決は「懲役2年6月 罰金300万円」の「実刑判決」だった。

全く納得できない逮捕、勾留、起訴だったが、弁解したいことも弁解せず、主張したいことも主張せず、ひたすら「反省の弁」を述べて執行猶予を望んだが、結果は「実刑」だった。

控訴審では、新たな弁護人を依頼し、何とか執行猶予判決になるように弁護活動を依頼した。

一審判決後、M氏が脱税した税金を全額納付したこともあり、控訴審では情状が評価されて執行猶予になる可能性が相応にあるとの判断から、控訴審でも、事実は争わず、反省・悔悟を強調し、執行猶予付き判決を求めた。脱税幇助についても、一審判決の事実誤認や無罪の主張を敢えて行わず、「脱税の全体像を知らず、脱税を容易にする意図・目的を有していなかった」という情状面の主張にとどめた。唐澤氏の会社との取引先の中小企業主等1259人が、「20年にわたり、経営者として企業の採用代行、雇用創出という価値ある仕事に従事してきたという実績もあり」「今後も社会に貢献してほしいと強く願います。」「何卒、執行猶予を付した判決を強く嘆願いたします。」という内容の嘆願書を書いてくれたので、それも、裁判所に提出した。それは、彼の事業が決して助成金詐欺ビジネスなどではなく、採用支援・代行によって中小企業に貢献していることを示すものでもあった。

しかし、結局、控訴審でも、「懲役1年8月 罰金300万円」と、若干軽減されただけで、やはり「実刑」だった。

結局、一審でも、控訴審でも、唐澤氏に不利な認定の最大の根拠となったのが、第1回公判の罪状認否に添付された、具体的かつ詳細に事実を認める内容の上申書だった。

唐澤氏は、長期間の身柄拘束に耐えられず、精神も崩壊に近い状態に追い込まれて、検察官の意のままに作成された上申書に署名せざるを得なかった。それが、結局、極度の閉所恐怖症の唐澤氏が最も恐れていた実刑いう身柄拘束に追い込まれることにつながってしまったのである。

控訴審判決後に、弁護人を受任した私は、脱税幇助の事実について最高裁判例違反・事実誤認の無罪主張を行い、詐欺についても執行猶予が当然の事案であることを主張する上告趣意書を作成・提出した。

唐澤氏は、捜査段階での被告人の取調べ状況及び供述調書の作成状況について、検察官は被告人の述べることに耳を貸さず、検察官の設定したストーリーを押し付け、供述していないことを含めて強引に調書を作成して署名をさせようとする取調べだったと訴えた。その状況は録画に残された唐澤氏の様子を見れば一目瞭然だと思われた。

そこで、唐澤氏の主張を裏付けるべく、それまで開示されていなかった取調べの録音録画媒体の開示を検察官に求めたが、「応じられない」との通知があり、上告審裁判所に、証拠開示を命じる訴訟指揮権の発動を求めたが、証拠開示命令は行われなかった。

これが刑事裁判と言えるのか

以上が、唐澤氏が、査察部の強制調査を受け、東京地検特捜部に逮捕・起訴され、一審、二審で実刑判決を受けて上告審に至るまでの経過だ。

彼は、全面無罪を勝ち取ろうと考えていたわけではない。ただ、絶対に納得できないのは、M氏の経営状況も、納税のことも全く知らず、脱税幇助の意思など全くなかったのに、脱税幇助で有罪とされたことだ。それが認められるのであれば、他人に頼まれて架空の契約書や領収書の作成に応じたというだけで、脱税幇助の犯罪にされてしまうことになる。また、彼は、決して、助成金詐欺をビジネスでやっていたわけではないし、そこから不正の利益を得ようとしたわけではなかった。しかし、そういう彼の言い分は、全く述べる機会が与えられず、主張もできないまま、裁判では一方的に「反省の弁」だけを述べさせられるだけだった。これが、果たして刑事裁判と言えるのだろうか。

彼の事件の場合、「人質司法」は、単に、否認する被疑者・被告人の身柄拘束の長期化というだけでない。検察官が、保釈に反対しない条件として、事実を全面的に認める上申書の提出を要求し、身柄拘束から逃れたい一心から、それに応じたことで、その上申書が、事実に反する認定の唯一の根拠にされ、実刑に追い込まれるという、まさに「人質司法の蟻地獄」の世界そのものだった。

逮捕前に全額返還のために供託まで行っていた助成金詐欺についても、M氏の脱税のことは全く知らなかったと述べている脱税幇助についても、「罪証隠滅のおそれ」など全くないことは明らかであろう。検察官が保釈に反対する理由は、要するに「検察官が望むとおりに自白していない」というだけである。それは、人質司法によって、「罪証隠滅のおそれ」ではなく、「無罪主張のおそれ」を抑え込んでいるに過ぎない。

そして、何より許し難いのは、保釈に反対しない条件として事実を認める上申書を提出させるという検察官のやり方と、そして、その上申書を、罪状認否で被告人が述べたことのように公判調書に添付するという裁判所の姿勢だ。罪状認否というのは、公訴事実について、被告人が認めているのかどうか、認められない点があるとすればどの点かを被告人の口から直接聞いて確認するための手続であり、被告人を詳細に自白させるための手続ではない。

大阪地検不祥事を契機とする検察改革の流れの中で、検察官の取調べの可視化が進められ、法律上義務化されるに至った。しかし、その一方で、取調べで無理な自白をさせるのではなく、「人質司法」のプレッシャー、検察官の主張を丸ごと認めさせるという姑息な手段が使われ、裁判所までもがそれに加担している。

一般の市民であっても、このような「人質司法の蟻地獄」に取り込まれてしまう恐れがあるという恐ろしい現実を直視する必要がある。

あわせて読みたい

「司法」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    ブルゾンちえみ 卒業真意明かす

    たかまつなな

  2. 2

    小池知事の詐称疑惑 失職判例も

    郷原信郎

  3. 3

    コロナ自粛で見えた隣人の本性

    松崎りえこ

  4. 4

    大東駿介 妻と子3人の存在を告白

    NEWSポストセブン

  5. 5

    徴用工めぐり韓国が資産現金化へ

    ABEMA TIMES

  6. 6

    防衛医大で女子学生のレイプ騒動

    文春オンライン

  7. 7

    日本に社会主義が根付かない背景

    SYNODOS

  8. 8

    米が中国旅客機の乗り入れ禁止へ

    ロイター

  9. 9

    植松死刑囚が風俗嬢に残した言葉

    篠田博之

  10. 10

    電通再委託 談合まがいの疑いも

    大串博志

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。