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ハイテク金融のハブ目指すシンガポールといまだ危機感の薄い日本

東南アジアの雄

[シンガポール発]「マレーシアでローンチしたビッグペイのモバイル・アプリを他の東南アジア諸国にも拡大したい」。アジアに翼を広げるマレーシアの格安航空会社(LCC)エアアジア・グループの共同創業者で最高経営責任者(CEO)のトニー・フェルナンデス氏(53)が吠えた。

エアアジア・グループCEOのトニー・フェルナンデス氏(筆者撮影)

アジアの金融ハブ、シンガポールで3月13~15日に開かれた「マネー20/20アジア」の千両役者は「アジアン・ドリーム」を実現した男トニーだった。1964年クアラルンプール生まれのトニーはイギリスの全寮制校から名門大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)に進み、卒業後ヴァージン・グループで監査や会計を担当する。

その後、ワーナー・ミュージック・グループで東南アジア地域の副社長に就任。しかし日進月歩のICT(情報通信技術)に消極的な会社の姿勢に幻滅し、ワーナーを去る。クアラルンプールからロンドンに戻りハムステッド・ヒースの古いパブ(酒場)でテレビを見ていると、格安航空イージージェットの創業者がインタビューに応えていた。2001年2月のことだ。

「そうだ。アジアには格安航空が、実際にはほとんど1機も飛んでいない」。トニーはバスに乗ってイージージェットが拠点を置くロンドン北郊のルートン空港に向かった。イージージェットを使えば、バルセロナやパリに飛ぶ運賃は、わずか6~8ポンド(886~1,182円)。小型ビデオを購入して会社のロゴから空港ビル、チェックインカウンターの職員の制服まで、ありとあらゆるものを録画した。

27円で政府系の航空会社を買収

トニーは、仲間と4,000万リンギット(10億8,000万円)もの負債を抱えていたマレーシア政府系の航空会社エアアジアを1リンギット(27円)で買収、従業員約200人とボーイングの旧型機2機を引き継いだ。その時、周りのみんなはトニーのことを「クレージーだ」と馬鹿にした。

「エアアジアを買ったのは米中枢同時テロが起きる3日前だった」。トニーは、失敗にめげないいたずら坊主のように振り返った。

重症急性呼吸器症候群(SARS)や鳥インフルエンザの流行と、逆風の中での離陸だったが、エアアジアはトニーがにらんだ通り急拡大する。

リチャード・ブランソン氏との賭けに勝ったトニー(フェルナンデス氏のスライドを筆者撮影)

F1レースにも参入したトニーは、ヴァージン・グループのリチャード・ブランソン会長と負けた方が勝った方の航空会社のスチュワーデスの制服を着る賭けをして勝利する。11年にはサッカー・イングランド・プレミアリーグのクイーンズ・パーク・レンジャーズ(QPR)を買収して、幼い頃からの夢を実現する。

エアアジアは現在、近・中距離向けのエアバスA320を174機保有、18カ国109空港に翼を広げ、当初、年間20万人だった乗客を6,300万人に増やした。16年の年間収益は68億5,000万リンギット(1,850億円)。操縦士の10%は女性。「ミス・タイだった操縦士もいる」とトニーは目を輝かせた。

「データが革命を起こす」

音楽業界、航空業界で破壊的イノベーションの荒波を生き抜いてきたトニーが今、注目するのがフィンテック(金融とテクノロジーの融合)である。「これからはデータが重要だ。データが革命を起こす。この16年間にエアアジアを利用した4億人のデータと東南アジアが成功のカギ」

「アジアの強みは人だ。アイデアだ。人とアイデアがなければ革新は起こせない」「東南アジア7億人(2030年予測)の金融セクターをフィンテックの力で民主化する」とトニーは力強く宣言した。銀行や証券、保険といった東南アジアの金融セクターに革命を起こすというのだ。

ビッグペイのモバイル・アプリでは10社分のクレジットカードやデビットカード(現金感覚で使える銀行の即時決済用カード)を利用でき、ユーザーは1日にいくら使ったかリアルタイムで把握できる。「機内のキャッシュレス化から始めて将来は為替手数料の削減、国際送金、貸金に活用したい」

フィンテック・ハブを目指すシンガポール

アジアの金融センター、シンガポール(筆者撮影)

世界最大級のフィンテック・イベント「マネー20/20」がアジアで開催されるのは初めて。イギリスに肩を並べるフィンテックのハブであるシンガポールを見ておこうとロンドンから「マネー20/20アジア」に飛んだ。

参加費は正規で1人3,350米ドル(約35万円)もする、まさに「未来マネーの祭典」である。筆者は昨年夏、フィンテックの巨人になった中国の上海を訪れたが、シンガポールは東南アジアのハブというのが大きな特徴だ。

イギリスに次いで規制の枠組みを柔軟にしてフィンテックの開発と活用を促進する「サンドボックス」と呼ばれる制度を導入したシンガポール金融通貨庁(MAS、中央銀行に相当)のラビ・メノン長官がトニーのあとに登壇し、こう話した。

シンガポール金融通貨庁のラビ・メノン長官(筆者撮影)

「この1年間、仮想通貨の取引と使用は爆発的に拡大した。価格もジェットコースターのように乱高下した。MASも大きな関心を持ってウォッチしている」

「通貨には価値の交換・尺度・蓄積という3つの役割があるが、仮想通貨はこうした基準を満たしていない。従来の電子資金移動に比べても時間とコストがかかる」

「仮想通貨に問題はない」

メノン長官は慎重な見方を示す一方で、仮想通貨が通貨として使われるようになる可能性は否定しなかった。仮想通貨も第2世代に入り、ボラティリティ(価格の乱高下)の解消、決済時間の短縮、電気代の削減、マネーロンダリング(資金洗浄)対策といった課題克服が進められている。

「通貨の価値を守る中央銀行のような信頼されている公的機関に裏付けされていない通貨に人々が信を置くようになるのか。仮想通貨の未来は市民の信頼を得て、受け入れられるかどうかにかかっている」

日本では14年に当時のレートで約480億円相当のビットコインを消失した交換業者マウントゴックスの事件に続き、今年1月には交換業者コインチェックから約580億円相当の仮想通貨「NEM(ネム)」が流出した。日本の仮想通貨市場がグローバル化していたらもっと大きな国際的スキャンダルになっていたに違いない。

メノン長官は、しかし「仮想通貨自体には何の問題もない」と言い切った。「規制当局から仮想通貨業界まですべての利害関係者が力を合わせなければならない。仮想通貨が今日、直面するリスクを和らげながらブロックチェーン技術を社会のために活用できる可能性を社会に信用させる必要がある」

「不可能を夢見ろ」

日銀の河合祐子フィンテックセンター長(筆者撮影)

世界に先駆け仮想通貨交換業者の登録制度を導入した日本からは日銀の河合祐子フィンテックセンター長も「マネー20/20アジア」に参加してフィンテックへの意欲を見せた。

しかし昨年コペンハーゲンで開かれた「マネー20/20ヨーロッパ」や上海、そして今回シンガポールを取材して常に痛感するのは日本の存在感の薄さだ。

世界からは「邦銀は慎重すぎて変化に対応できない」(上海の邦銀に勤める中国人男性)、「日本企業に話すと『確認します』という返事ばかり返ってくる」(シンガポールのIT起業家)、「日本のシステムはもう時代遅れ」(東南アジア諸国の投資家)という声が聞こえてくる。

日本の優秀な若者は外資系企業に高給で次々と引き抜かれていく。日本企業はもう能力に見合った世界水準の報酬を支払えなくなっているのだ。一方、日本のテクノロジー企業や金融セクターの危機感は伝わってこない。

黒いTシャツにエアアジアのロゴの入った赤いキャップをかぶったトニーが最後に発したメッセージはこうだ。「失敗を怖れるな。失敗したら改善しろ。相手がお前より良ければ負け、自分の方が良ければ勝つ。それが人生というものさ」「信じられないことを信じよう。不可能を夢見ろ」

日本はあらゆる面で20世紀の遺産、レガシー・システムにしがみついている。日本の未来はトニーが言うように、レガシーを捨て、不可能を夢見ることができるかにかかっている。

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