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年金は刀折れ矢尽きるまで改革をやる そのために正確な情報の発信が必要 - 「賢人論。」第58回権丈善一氏(中編)

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2014年6月に行われた、公的年金の財政検証で示されたオプション試算は、オプションⅠ「マクロ経済スライドの仕組みの見直し」オプションⅡ「被用者保険のさらなる適用拡大」オプションⅢ「保険料拠出期間と受給開始年齢の選択制」の3つ。このうちオプションⅠについては、2016年改革で前進がみられたことは前編のインタビューで語られたが、残りの2つについてはどうなのか?また、介護保険制度を持続可能なものにするための、財源調達問題についても話を聞いた。

取材・文/ボブ内藤 撮影/公家勇人

それでも時代は良い方向に向けて少しずつ動いている

みんなの介護 オプションⅡの「被用者保険のさらなる適用拡大」は、第1号被保険者の4割を占める被用者に厚生年金を適用することですね。

権丈 おっしゃる通りで、被用者の多くは基本、生産手段を所有していない賃金労働者、まあ、労働運動とかをしている人が好きな呼び方をすれば「プロレタリアート」だから、引退後の生活では公的年金が大きなウエイトを占めることになります。その人たちに、基礎年金という「1階部分の上に2階部分として報酬比例部分も乗った年金」をなんとか保障したいわけです。厚生年金に入っている人には、国民年金という定額の基礎年金と、厚生年金という報酬比例の年金が給付されます。

一方、ご承知のように、保険料の支払いは賃金に比例して負担するのみですね。その結果、厚生年金の被保険者が受け取る年金は、現役時代の所得が高いほど多くはなるんですけど、高齢期に受け取る年金給付を現役世代の平均所得で割った比率(これを所得代替率と呼ぶわけですが)が、現役時代の所得が低くなるほど高くなるんですね。

つまりは、厚生年金というのは、所得が高い人から低い人に再分配しているわけです。そうした制度から、経済的に弱い立場の人たちが外されているというのは、あってはならないことですね。

みんなの介護 2014年の財政検証のオプションⅡでは、適用拡大を図れば、基礎年金の給付水準も上がることが示されていましたよね。

権丈 そうなんですよ。2014年の財政検証の「オプションⅡ/被用者保険のさらなる適用拡大」では、適用拡大を進めると、基礎年金の給付水準が高くなることも示されました。その理由は、こういうこと。

国民年金と厚生年金は、それぞれ独立に積立金を持っています。その理由は、国民年金にしか入っていない第1号被保険者と、厚生年金の被保険者の保険料を混ぜることができない実務上の理由があるからで、それと同じ理由のために、公的年金の一元化ができていないわけですね。

みんなの介護 そのあたりは、先生の『ちょっと気になる社会保障』の知識補給「日本の年金の負担と給付の構造」にありましたよね。

権丈 ちゃんと予習してきてますねぇ、素晴らしい、おかげで僕の方も調子も上がってきますね。

いま、適用拡大が進むと、第1号被保険者の数が少なくなる。そうなると第1号被保険者1人当たりの積立金の額が大きくなる。

みんなの介護 なるほど。そうすると、基礎年金の額が多くなりますね。

権丈 そうなんだけど、それだけじゃない。基礎年金には、国庫負担が2分の1入っています。したがって、基礎年金の保険料部分が大きくなると、それとパラレルに、国庫負担も増えることになる。

みんなの介護 それもわかります。

権丈 再びそれだけではなく、公的年金というのは、第1号被保険者の基礎年金の給付額がまず算定されて、その額が第2号・第3号にも適用され、それから報酬比例部分が算定される仕組みになっています。

みんなの介護 ということは、適用拡大が行われると、年金受給者全員が受給する基礎年金の給付水準があがって、そのために報酬比例で分ける総額が減る。

権丈 そのとおり。先ほど、適用拡大が進むと、厚生年金が持つ所得再分配機能の恩恵を受ける人が増えると話しましたけど、その上に、適用拡大が進むと、報酬比例部分から基礎年金の方へと年金資金の移転も起こるんですよ。

2014年の財政検証の中で行われた「オプションⅠ/マクロ経済スライドの仕組みの見直し」は、いまの年金受給者から将来の年金受給者へという「世代間の再分配」の話でした。それに対して、「オプションⅡ/被用者保険の適用拡大」は、高所得者から低所得者への「世代内の再分配」の話になる。わかるかな?

みんなの介護 わかります。オプションⅠは世代間、オプションⅡは世代内、覚えやすいです。

権丈 とにかく、年金政策の課題は、限られた年金資金をいかにして必要度の高い人たちに分配していくかにあるわけで、適用拡大というのは、相対的に所得の低い人たちに報酬比例という2階部分を準備すると同時に、基礎年金全般を上げていくという感じで、一粒で2度美味しい政策なんですよ。

みんなの介護 アーモンドグリコ…古すぎます(笑)。でも、所得の高い人の厚生年金が低くなるということは、前回おっしゃられていた、筋の通った政策という側面があるために、高所得者も反対しづらいと思うのですけど、基礎年金が高くなるときは国庫負担が増えますよね。それに関して、財務省とかはクレームをつけてこないのでしょうか。

権丈 質問、ありがとう、そこは聞いてほしかったところです。そこはね、こういうことです。厚生年金の適用が拡大する際には、同時に、国民健康保険から組合健保や協会けんぽという被用者医療保険に、被保険者が移動することにもなります。そして国民健康保険は、半分近くが国庫負担でまかなわれているわけですね。だから、厚生年金への適用拡大が進めば、国民健康保険の国庫負担を節約することができるようになり、財務省からみた国庫負担は”行って帰って”で相殺されることになる。だから財務省も文句を言わない。

みんなの介護 なるほど。「適用拡大こそが年金改革の王道」と先生が言われ続けてきた理由がわかります。

権丈 うん、僕が昔から適用拡大が最も重要な年金改革と言っているのは、この改革が将来の貧困者を減らすのに極めて有効であるというだけでなく、これを僕らが声を大にして言わないと、経済的弱者である当人達は、毎日の生活に精一杯で、とてもじゃないけど政治活動なんかできるわけがない「政治的弱者」だからでもあります。

幸い僕らは、こういうインタビューのような情報発信を通して人に伝えて説得する機会が与えられているから、投票権は1票しか持っていないけど、民主主義的な政策決定の中での投票者としてのウェイトは1以上にもなります。そんな僕らが、政治的弱者の分まで発言していかないと、政策形成過程ではなかなかバランスがとれなくなります。

みんなの介護 でもこの適用拡大は、長く言われながらも挫折し続けてきた問題なんですよね。

権丈 イエス。でも、僕は長くこの問題の展開を見てきたわけだけど、制度改革を行うタイミング的に「いまだっ!」というときに、メディアもあんまり報道してくれなかったし、町行く普通の人たちは、まったくもって何も知らなかった様子でしたよ。そんなんじゃ政治家にとって、いくらそれが正しい政策であっても、それを押し通していく”うま味”はない。やっぱり政治家にとって、この正しい政策を実行すれば、なんか現世御利益がありそうだなという流れを作らないとですね。

みんなの介護 制度改革は、次の財政検証が行われる2019年以降ですね。

権丈 みんなの年金…いや、介護さんは、よくわかっていますね(笑)。時間は2年ほどある。それまでに何ができるか、いかに正確な情報を世の中に伝えることができるかですね。

昨年12月の第2回ユース年金学会で、僕のゼミの3年生たちは「短時間労働者に対する厚生年金保険の適用拡大――議論への参加とパブリック・リレーションズのあり方」の報告を行っていました。彼らはこの問題をPRの問題だと考えているようです。彼らがユース年金学会で報告した様子を僕がまとめた文章(勿凝学問397)がありますので、この場で紹介させてください。

この文章の中に学生が作ったスライドがありますので、是非ダウンロードしてみてください。先ほど話した「適用拡大が持つ所得再分配効果」や「適用拡大における基礎年金と国民健康保険との間の国庫負担の相殺」などはアニメーションを使った方がはるかにわかりやすいです。学生たちが大変な力作を作っています。また、10分程度の動画も準備中です。

これから2年間かけて、適用拡大の意義をどれだけ多くの人に知ってもらえるか。学生のスライドの中に「やるべき改革(商品)はすでに決まっている。あとはそれをどう実行する(売る)か」というのがあり、年金改革ってマーケティングの話だよねと、彼らはいつも話しています。

みんなの介護 労働市場の逼迫(ひっぱく)も追い風ですよね。社会保険の適用もしない”ブラック企業”のレッテルを貼られるのは、いまの時代、企業にとってきついですし。

権丈 そこそこ。かつて適用拡大を進めようとして、対象となるスーパーマーケットや外食産業などの断固たる抵抗にあった時というのは、景気の下降局面で労働力がだぶついていた時期でした。

ところがいまはそうではない。団塊の世代の影響もあって労働力人口が急減したこともあるのですが、有効求人倍率は軽く1を超えていて、企業側も、自分の会社は働く人を大切にしている企業ですよとアピールしなければならない。社会保険の適用もしない企業というのはブラック企業そのものですから、企業が人手不足を解消するために、社会保険適用を会社の魅力としてアピールする動きが出てきていますね。

中でも、以前は猛烈に適用拡大に反対していたスーパーマーケット業界などからも、「適用拡大をもっと徹底すべきだ」との意見が出るようになってきたようです。労働市場が逼迫したために、市場の力に押されて適用拡大を進めた彼らは「ウチの業界はちゃんと社会保険を適用しているんだから、他所も適用しないと不公平だ、ダンピングだ」と、実に素晴らしいことを言ってくれています。

かつて二重労働市場という問題が言われていたけど、この問題を高度経済成長が解決したように、万人による説得よりも、市場の力というのは圧倒的に強力です(笑)。まあ、歴史を大きく動かしていくのは、本当のところは「相対価格の変化・市場の力」なんですよね。

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