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日本の伝統・文化を壊す、農水省の八丁味噌GI問題

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2018年3月14日、愛知県岡崎市で数百年にわたり伝統の「八丁味噌」を製造する老舗2社(カクキュー・まるや)がつくる「八丁味噌協同組合」(以下「八丁組合」)が、農水省に不服審査請求を行いました。

産地の風土と結びついた産品を認定する地理的表示(GI)の登録から、老舗2社が外れ、同じ愛知県内の他のみそメーカー等で組織する「愛知県味噌溜醤油工業協同組合」(名古屋市。以下「県組合」)が昨年12月15日に登録されたことに対し、この登録の取り消しを求めるものです。

記者会見にて、老舗2社は「農水省は八丁味噌の品質や文化を守ろうとしない」、「製法・品質があまりにかけ離れた味噌と一緒にされてしまうと、消費者は混乱に陥る」、「地域に根差した文化を壊すのは、国家的な損失」と訴えました。

私は、愛知県で生まれ育ち、子どもの頃から岡崎の元祖「八丁味噌」に慣れ親しんできた者として、近年「名古屋メシ」に欠かせない食材へと広がりを見せる八丁味噌の品質や文化が、広く理解され、国の制度に適切に位置づけられることを望みます。

また、日本では歴史の浅いGI制度において、初めての不服審査請求がメディアで大きな話題となったことを機に、地域の特性と食文化との結びつきをどう評価すべきなのか、この一件を題材として検証したいと思います。

1.GI制度の概要

GI制度とは、農林水産物や食品が、産地の伝統的製法や現地の風土に起因した特性がある場合、地名を冠した地域ブランドとして保護する制度です。模倣品の排除などを目的としています。

昨年12月に妥結した欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)により、輸出をめざす全国48品目が保護されることになります。しかし、八丁味噌については、老舗2社が、輸出先のEUで八丁味噌を名乗れなくなるという「あべこべ現象」が起きてしまうのです。

2.岡崎城から西へ八丁で作られたのが、「八丁味噌」

そもそも「八丁味噌」の名称は、徳川家康公が生まれた岡崎城から西へ8丁(約870m)の八帖町に由来します。八丁味噌は、75歳まで生きた家康公の長寿の秘訣ともいわれています。

老舗2社は、この温暖な地域で育った大豆と、岡崎城下に流れる矢作川水系の舟運で調達した吉良の饗庭塩を原料として、百年以上使い続ける木桶に、矢作川河岸の天然石を積み、2夏2冬天然醸造する伝統手法を守ってきました。6トンの原料は水分が少なく、均等に圧力をかける必要から、計3トンのたくさんの石を円錐状に積み上げる独特の技術を継承しており、石積み技術を習得するには10年かかると言われています。

岡崎の八丁味噌は、戦後しばらく宮内庁御用達の味噌でした。現在では、市民が誇る名産品であり、老舗2社の味噌蔵見学に多くのお客さんが訪れる、同市きっての観光資源でもあります。平成18年には、NHK朝の連ドラ「純情きらり」(宮崎あおい主演)の舞台にもなりました。

このように、他の味噌と比べて、明らかに違う伝統、製法、味、色、固さなどの品質を備えた味噌が「八丁味噌」なのですが、近年は他の地域でも「八丁味噌」と称した製品が流通しており、過去には商標をめぐって争いになったこともあるのです。

3.明らかな問題点

あらかじめ前置きしますが、私は、県組合の企業が丹精込めてつくってきた味噌商品を批判するつもりはありません。まして、民間企業同士の健全な競争を否定するつもりもありません。

ただ、その競争を促すためにも、公正な土俵をつくる役割の農水省が、必要な調整を十分行わずに強行した、役所の仕事ぶりを問題視しているのです。また、こうした役所の裁量を広く認めすぎている現行制度の問題点を指摘したいと思います。

老舗2社も、「数百年間にわたり信頼を得てきた八丁味噌文化を守るため、国が動いてくれないと困る」と切実に語っています。

以下に、問題点を列挙します。

(1)「元祖抜きのGI」にお墨付きを与えるのか?

どんな経緯があったにせよ、結論がおかしいですね。元祖抜きのGIを、日本国政府が「これが正真正銘の八丁味噌だ」と、海外に向けてお墨付きを与えているのですから。

食の認証制度の歴史も長い、食の大国フランスやイタリアの消費者やバイヤーから見て、日本政府に対する信頼を損ねる事態です。 農水省も、この2社がOrigin(元祖)であることは認めているのに、なぜこのような結果になってしまったのでしょうか。

(2)ステンレス桶でも、加温しても、「八丁味噌」?

農水省は、製法基準を大幅に緩め、愛知県内で製造された豆味噌の多くが「八丁味噌」と名乗れるような枠組みをつくりました。いまどきの技術からすれば、ステンレス桶でも、石など積まなくても、加温して数か月経れば、同じような味噌は作れる、という言い分です。これでは身もフタもありません。

この技術的論理で行けば、愛知県内で作る必然性すらなくなります。同じような味噌は、北海道でも沖縄でも、海外でも作れるということになります。産品の品質と、地域のつながりが軽視され、「地理的表示」の意味が失われます。

老舗2社は、いまどきなぜ木桶に石積みという非効率な製法を続けるのか、と問われると、これは効率性や金銭では測れない価値であり文化であって、製法を変えるつもりはないと断言しています。

(3)判断基準の論拠があいまいで、官僚がブラックボックスで決められる

そもそもステンレス桶で作っても同じ品質の八丁味噌と言えるとは、どなたのご判断かと農水省に問えば、それは有識者会議での意見だと。どの有識者のどのような意見内容か、議事録を見せてほしいと言えば、それは公開できないと断られました。

結局、どなたがどんな見識と権限で製法基準の大幅緩和を決めたのか、まったく不透明なまま、結論ありきで決めたようにしか見えません。これで納得せよとは、いかに言っても無理というものです。

現行のGIの制度は非常にあいまいな部分があります。食品の品質について、水分・塩分・アミノ酸の成分分析や、官能検査(味覚などのブラインドテスト)などの客観的な評価を行うことなく、役所の裁量と権限で基準を決められるGIのままでは、国際的な信用を落とします。

(4)「争いがあれば、どちらも登録しない」はずでは?

農水省が作成したGIのガイドラインには、登録の前提として、「地域の合意形成が重要」と明記されています。まさに今回のような事態を想定した原則であり、法律制定時の国会審議においても、地域の合意形成をしっかり行う旨、農水省は答弁しています。

にもかかわらず、農水省は両組合の間の話し合いの場を設ける努力も十分にせず、争いを残したまま、県組合を登録してしまったのです。

この点について、農水省は「GIは地域を登録する制度であり、八丁味噌のエリアは『愛知県』を指定したので、県内にある八丁組合は、今からでも申請可能であり問題ない」と主張します。しかし緩い基準の枠組みに、老舗2社が入ってくれば良いという農水省の姿勢は、老舗2社がこだわる品質や文化への想いがまるで感じられません。

民間企業の営みを尊重し、争いがあるなら時間をかけて丁寧に合意点を見つけて落着させていくのが、国に求められる調整手腕のはずです。フランス、イタリアの例を見ても、決着まで十数年かけるケースがあると聞きます。各企業にとっては存亡をかけた問題でもあるのですから、当然でしょう。

(5)八丁組合が申請を取り下げた理由

農水省は、八丁組合に対し、「生産地を『岡崎市八帖町』に限定したままでは、GIを認めない。生産地の範囲を『愛知県』に広げたら登録する」と繰り返し要請しましたが、八丁組合は「安易に地域を広げれば、品質を守れなくなる」と受け入れませんでした。

農水省は、八丁組合が申請してから2年経過した昨年6月、「このままでは拒絶査定だ」と言い始めました。 八丁組合は、拒絶されてしまうことは、代々継いできた元祖の名前に傷がつくことになる。そんなことなら、申請を取り下げた方がまだマシだと判断しました。農水省は、かねてより「地域で争いがあれば、登録しない」と言っており、まさかその半年後、県組合が登録されてしまうとは夢にも思わなかったようです。

(6)EPAに間に合わせるために登録を急いだ?

農水省は、外国企業にブランドをとられる懸念をもって、今回の件を正当化しようとしています。確かに、昨年GIを取得した「西尾の抹茶」も、さっそく中国企業による同名の商標申請が行われ、係争中です。

しかし新聞記事によると、農水省は「不幸な結果となったが、海外の偽物から守るため登録を優先した」とコメントしていますが、本当にそうでしょうか。製法や品質の基準を緩めたことで、海外資本が愛知県内で容易に「八丁味噌」を製造できる状態となれば、不幸しか残りません。

そもそも海外の似非八丁味噌と争うには、商標権だけでなく、国を挙げた世界のマーケティング等を通じた輸出促進の総合戦略が必要だと思います。EUとのEPA協定妥結の期限までに、とりあえずGI登録すれば一安心、という手のものではないでしょう。

まして、今回のEPAは、食文化に日本以上のこだわりの歴史を持つEUが相手です。日本政府が保証する八丁味噌GIが、まさか元祖抜きなんて思いもよらないでしょう。日本政府はこの状態のまま八丁味噌を売り込むつもりなのでしょうか。

(7)過去の商標争いとのかねあい

過去の商標出願をめぐり、「八丁味噌」の名称は、老舗2社に独占権があるわけではない、とされた経緯があるようです。

しかし、GIの場合は、名称だけでなく、製法や品質を具体的に規定するものであり、厳格な製法にこだわる八丁組合の言い分は決して否定されるべきものではなく、まして、基準を緩める理由はありません。

今回のGIは、国内での法的効果も生じます。八丁組合自身は従来からの「先使用権」があるため、八丁味噌の名称を使用することは引き続き可能です。しかし先使用権は、取引先には及ばないため、今後、老舗2社から味噌を仕入れ、加工品を製造・販売する取引先企業は、商品に「八丁味噌」の名称を使えなくなります。「八丁味噌〇〇」の商品名を名乗りたいなら、老舗2社以外の味噌会社から味噌を仕入れなければならないという、ここでもあべこべ現象が起きてしまいます。

GI制度は、不正使用が見つかり、国の措置命令に従わない場合、個人には5年以下の懲役か500万円以下の罰金、法人には3億円以下の罰金が科されます。このため取引先への抑止力も高く、老舗2社の経営に影響が出ることが懸念されます。

(8)大切にしたいのは、文化の継承

老舗2社は、戦時中に物価統制を求められた際に、数年間生産を中止したそうです。水と塩を足せば、安く作ることは可能なのに、八丁味噌の品質を損ねるぐらいならと、製造を止めることを選んだのです。ちなみにこの判断は、連ドラ「純情きらり」の一場面として取り上げられました。

こうして守り抜いてきた八丁味噌について、最新の製法ならもっと手軽に作れる、と安易に主張する農水省には、ぜひ再考を促したい。

大量生産可能で安価な「八丁味噌」と、少量生産の割高な岡崎の八丁味噌が、同じGIマークの下で販売されたら、老舗2社は八丁味噌の生産を守れません。

老舗2社がこだわるのは、会社の存続や利益よりも、文化なのです。その文化を継承してくれる者が他の地域にいるならば、引き継いでもらいたい気持ちもあると聞きます。これが、グローバル経済とは異次元の地域に根差した企業のマインドだと思います。

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