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理想の社会を具体的に設定すれば目の前の課題も具体的に見えてくる - 「賢人論。」第58回権丈善一氏(前編)

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慶應義塾大学商学部教授で、社会保障のスペシャリストとして知られる権丈善一(けんじょう よしかず)氏。塾内で教鞭をとるかたわら、「社会保障制度改革国民会議(国民会議)」の委員などをつとめる。政府だけでなく、ときには偏向報道を行うメディアに対しても舌鋒鋭く「あるべき社会保障のあり方」を論ずる。当人は、基本、脱力系だからという権丈氏に、現代の日本社会が抱える問題の解決策を聞いた。

取材・文/ボブ内藤 撮影/公家勇人

今の高齢者は「若返り」をしている

みんなの介護 超高齢社会の到来によって、現行の社会保障制度にさまざまな問題が発生していると指摘されています。日本の年金や医療、介護制度にはどんな改革が必要なのでしょうか?多くの人が、シルバー・デモクラシー問題があるためになかなか解決が進まないといわれていますが。

権丈 シルバー・デモクラシーって、まぁ、流行っているようですけど、実は、僕にはよく分からないんですよね(笑)。医療は、病院完結型の治す医療から、地域で治し・支える地域完結型に変えていく、介護は、地域完結型医療との境目をなくして、医療と共に地域包括ケアの構築を図るとともに、被保険者期間を年金と同じ20歳からとして介護に関する消費の平準化を強化する――

つまり、高齢期の介護消費のための負担に、より長く関わって単年度の負担を少なくする。年金保険は、マクロ経済スライドのフル適用を視野に入れながらも、次は被用者保険の適用拡大を力強く進めるとともに、被保険者期間を延ばして将来の給付の増加を図る。こうした改革を進める上で、シルバーが反対することってありますかね。

シルバー・デモクラシーを言う人たちは、昔から、世代間格差、世代間対立だと言ってきた人と相当部分重なるわけですけど、彼らは、まぁ、長いこと世の中の漠とした不安や不満を煽り、ファンを募ってきた、あまり建設的な話をしてこなかった人たちですよね。僕ら、そして皆さんとも、おそらく人間の質が違うんだと思うくらいで良いと思いますよ。  

超高齢社会の到来ということを視野に入れるとすれば、必要な改革の方向性についてはそう難しい話ではないです。その方向性とは、「希望するみんなが長く社会に参加して、社会との繋ながりを持つことができる制度に変え、医療や介護に不安のない社会の構築」という感じでしょうか。  

もし、これが実現できれば、今の制度の観点から問題と言われていることの多くは消えてしまうと思いますよ。

みんなの介護 そんな手品のようなことが可能なんですか?

権丈 できるでしょう。まずは、「社会への参加、社会との繋がり」のほうから考えてみましょうか。  

昨年の2017年1月、日本老年学会と日本老年医学界は合同で、高齢者の定義に関する提言を行いました。両学会は、2013年から高齢者の定義を再検討する合同WG(ワーキング・グループ)を立ち上げて、高齢者の定義についていろいろな角度から議論を重ねてきたらしいです。以下、リリースから引用します。

現在の高齢者においては10~20年前と比較して加齢に伴う身体的機能変化の出現が5~10年遅延しており、『若返り』現象がみられています。従来、高齢者とされてきた65歳以上の人でも、特に65~74歳の前期高齢者においては心身の健康が保たれており、活発な社会活動が可能な人が大多数を占めています。

そこで両学会は、これまで「高齢者」と呼ばれていた65歳以上の人を「准高齢者」として区分し、75~89歳までを「高齢者」、90歳以上を「超高齢者」と呼ぶことを提言したんですよ。

みんなの介護 確かに、昔と比べると多くの人が「若返り」しているのは実感としてわかりますが、年金の支給開始年齢の引き上げや、社会保障の切り捨ての言い訳に使われそうで怖いですね。

権丈 こんな話をするとすぐに、「支給開始年齢」という言葉がでてくるんですよね。ほんっと困ったものです(笑)。では聞きますけど、年金はいくつから受け取ることができると思いますか?

みんなの介護 65歳ですよね。

権丈 う~ん、あまり知られていないので困っているんですが、今の日本の公的年金保険は、実際のところ、60歳から70歳までの「受給開始年齢自由選択制」なんです。60歳での給付水準を1とすれば、受給を遅らせると給付額が割り増されていって、70歳からの受給まで待てば、60歳で受給を開始する場合のおよそ2倍に増え、それが終身、つまり亡くなるまで給付されます。

そして、いま、年金方面で進めようとしていることは、受給開始の年齢をなにも70歳に留めておく理由もないだろうから、75歳まで受給開始を自由に選択できるようにしようというものですね。スウェーデンの報酬比例年金の受給開始は、61歳以上だといつでもOKという制度です。日本はそこまでいかなくて、75歳までだったら自由に選択できて、年金数理上、齟齬が生じないようにしながら、受給期間が短くなった分、ちゃんと割り増ししていきますよという話です。

みんなの介護 年金とはつまるところ、いったい何なのでしょうか。

権丈 公的年金って、ようやく少しばかり普及してきたようなんですけど、自分ではいつまで長生きするか本当のところはよくわからないということから生まれる生活リスク、僕らは「長生きリスク」と呼んでいますけど、この長生きリスクに対する保険なんですよ。

ところが年金研究者をはじめとして、多くの人が貯金かなにかと誤解してきたんですよね。だから、僕らは、制度全体の話をするときには「公的年金保険」と呼ぶようにしています。

余命幾ばくと宣告されていない人が、当面の生活費を工面することができるならば、可能な限り遅く受け取りはじめることをおすすめしますよ。もし、70 歳での受給開始を決めている時に69 歳で亡くなってしまったとしても、別に良いではないですか。少なくともそれまでは、自分は70 歳以降に割と高めに割り増された年金が終身で保障されているために生活に困ることがないという安心感を得られていると思いますし、保険というのはそういう安心を与えるのが大きな役割なわけです。

さて、こうした日本の60歳から70歳までの自由選択制の下では、先ほどおっしゃっていた「支給開始年齢」は何歳だと思いますか?

みんなの介護 60歳でしょうかね。

権丈 うん、まぁ、そう思っておいても良いし(笑)、だいたいもって、「支給開始年齢」という、普通にその6文字の漢字をみれば、その年齢までは年金を受け取ることができないと受け止められる日本語は使わない方が良いんですよ。だから、いまは、年金に関して年齢の話をする際には、自由選択のニュアンスを持つ「受給開始年齢」という言葉を使っています。厚労省の年金局をはじめとした政府も、「受給開始年齢」という、見た瞬間にイメージがわく言葉を使っています。

時々、「支給開始年齢」という言葉に、この6文字の漢字が示唆する以外のいろんな意味を詰め込んで使っておきながら、それを見た人から、その年齢まで年金をもらえないのか?と質問されると、いやいやそういう意味ではないという弁解をして、話をややこしくする人もいます。でももう、そういう人たちは、放っておいていいです(笑)。

年金周りではいつもそうした雑音が混ざってくるのですけど、それは無視して本題に入れば、日本老年学会・老年医学会の75歳高齢者説は、かなり明るい話だと思いませんか。

みんなの介護 確かに、そうとも考えられますね。

権丈 健康ビジネスの世界が、営業のために健康寿命の増進にはあれをどうぞ、これもどうぞと言っていて、政府もそうした健康ビジネスに少々便乗しているために、みんなが健康だから長寿になったんだということが見えにくくなっているんですね。でも、若返りが進んで、年長者が以前よりも元気で健康になったから長寿社会になったんですよ。

だったら、年をとっても、幸せの一番の要素である「社会への参加」がしやすい社会をつくっていく。心身ともに健康で、活発な社会活動ができる「准高齢者」にとっても、僕らにとっても良い話じゃないですか。もちろん、年をとると、元気さにはいろいろと差が出てくるでしょうから、そうした人たちには、社会的にしっかりとしたサポートを準備していくのは当然のことです。  

僕が今翻訳をしているLSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)の先生、ニコラス・バーさんが2012年に書いたThe Economics of the welfare stateに次の言葉があるけど、全くその通りだと思いますよ。

最近まで、真の解決策――引退年齢の引上げを捉えることに完全に至った提案はほとんど存在しなかった。珍しい例外は、UK Pensions Commission(2004a, b; 2005)の報告書である。論理は簡単である。現在の人々は、100年前よりも長く生きる。それは、私たちすべてが賞賛すべき素晴らしい結果である。高齢化の‘問題’をグロテスクに話題にすることは、的外れである。問題は、人々が長生きしていることではなく、彼らがあまりにも早く引退していることである。

「不公平だ!」と騒いで喜ぶのは、現役世代ではなく企業

みんなの介護 年金制度では、現在の受給者と将来の受給者との世代間格差が問題になっています。それについてはどうお考えですか?

権丈 そうしたことも、いまシルバー・デモクラシーとか言っている人たちが、昔から言っていたことですよね。彼らが年金保険の世代間格差の指標としてきた給付負担倍率って、公的年金が私的な親の扶養を公的に切り替えていった歴史や、年金が保険であることを知らなかった人たちが計算しては、世代間格差だと騒いでいたバカバカしい指標ですよ。彼らのキーワードは、いつも「対立」。なんか、もういいよ。つかれますよね。  

それと、「『現役世代』の人たちが『退職世代』の人たちの給付を負担している。不公平だ!」という意見もあるけど、僕は、「現役世代」、「退職世代」というような言葉を使うから話がおかしくなるんだと言っています。両者を「現役期」と「退職期」という言葉に置きかえてみてください。  

つまり、「現役世代」と「退職世代」という異なる世代の人たちがいるのではなく、誰もが「現役期」を経験し、次に「退職期」をむかえるんです。目くじら立てて対立するような話ではないはず。「子ども叱るないつか来た道、老人笑うないつか行く道」です。

みんなの介護 しかし、世代間格差についての不公平論は根強いものがあります。なぜでしょう?

権丈 「不公平だ!」と声を大にして盛り上げたいのは、企業とか企業の代弁者でしょう。そして経済界が、いわゆる世代間対立論者をスポークスマンとして盛り立てて、世論に大きな流れをつくり、その流れの中で、企業の負担を避けようとする。そんな感じでしょうか。不満や不安を煽ると支持者が増えるというのは、民主主義の中では古代ギリシアの昔から見られることで、そうした話でしょうね。民主党や、その後継の民進党も、随分と同じようなことをやっていました。国民の無知につけこんで不満や不安を煽る、あれはもう、デマゴーグの類でしたね。  

私は企業のことを、よく「予備校の先生」と呼んでいます。というのも、予備校の先生が相手にするのは受験生で、その受験生が大学生になって社会人になったら縁が切れる。企業もそれと似たところがあって、「現役世代」、すなわち、働いている期間の人としかつき合いがないですから。

だから、社会保障費の負担を求められそうになると「勤労世代に負担をかけるのか!」と、あたかも正義の味方のようなことを経済界が言うんだけど、勤労世代の人たちはいずれは、引退して退職世代になるわけですし、退職期の医療・介護、年金が十分でなければ、なかなか辛いものがある。でも、勤労期の人としかつきあいのない企業は、それでも別に困らない。

だから、僕は次のように書いていたりもしてるんですよね。

「高齢者」や「退職世代」が負担するとか,「現役世代」・「勤労世代」が負担するという言葉を使っていると,医療保険制度や介護保険制度,そして,実は年金制度の意味を,勘違いして捉えられかねません――だから僕の本では,時々,普通の人だったら「高齢者」「退職世代」「現役世代」「勤労世代」と書くところを,「高齢期」「退職期」「現役期」「勤労期」と書いておくというイタズラをすることがあるかもしれませんので,あしからず……。権丈(2018)『ちょっと気になる医療と介護 増補版』96-97頁

みんなの介護 よくわかりました。ただ、今の若い世代の人たちが年をとったときに受け取る年金の給付水準を引き上げることは大きな課題ですよね?

権丈 正解!公的年金保険は、ご承知のように、2004年に大きな改革が行われて、当時からみれば将来の、昨年2017年9月の保険料を上限として固定し、今後は、その保険料で年金財政に入ってくる収入を給付していくということにしました。いわゆる、2004年以前の給付建て・段階保険料方式から、2004年以降は拠出建て・保険料固定方式になったわけです。

ここで大切なことは、2004年の改革時に、当時の給付水準を維持していくためには厚生年金で22.8%、国民年金で2万700円(2004年価格)と試算されていたということです。だけど、2004年改革では、厚生年金の固定保険料が18.3%、国民年金では1万6,900円(2004年価格)に決まったというか、その水準まで経済界をはじめとした人たちに値切られました。したがって、将来の給付水準はかなり下がることが運命づけられました。

さらに、2004年改革時には、デフレはそんなに続かないだろうという期待の下に、デフレの時には、今の年金受給者から将来の年金受給者への仕送りを意味するマクロ経済スライドはやらないというルールも設けられました。  

しかし想定以上にデフレが続いたために、今の年金受給者から将来の年金受給者への仕送りが滞りました。公的年金は、5年に一度、「財政検証」という健康診断をやるわけですけど、2004年改革から5年経った2009年の健康診断の時に、マクロ経済スライドを効かせないままだと、総量が限られた年金資金を、2004年改正時に予定していた額よりも多くが今の年金受給者に分配され、逆に、将来の年金受給者に分配される額が予定よりも少なくなることが、しっかりと可視化されました。

そしてその影響は、基礎年金部分に強く表れることが、2009年の財政検証の後、公的年金の制度設計を考えている人たちにとって共通の問題意識として認識されるようになったわけです。

みんなの介護 なるほど…でも、”健康診断”だけでは当然、根本的な解決にはなりませんよね。

権丈 そこで、将来の給付水準の引き上げ、特に基礎年金を引き上げる3つの方法が、2013年8月の社会保障制度改革国民会議の報告書で提案されることになります。この提案が2013年12月のプログラム法で法制化され、この法律に基づいて、2014年6月に行われた財政検証では、次の3つのオプション試算が行われたんですね。

オプションⅠ/マクロ経済スライドの仕組みの見直し
オプションⅡ/被用者保険の更なる適用拡大
オプションⅢ/保険料拠出期間と受給開始年齢の選択制

オプションⅠに重点を置いた改革が2016年に行われた「平成28年年金改革」です。そして次の財政検証が行われる2019年に詳細が明らかにされることになるのでしょうが、そこで行われる前回のオプションのような試算に基づいて、オプションⅠを再考しながら、Ⅱ、Ⅲに焦点をあてた改革を進めるということが、2020年に行われるでしょう。

公的年金保険は財政検証をCheck、すなわちCとするPDCAサイクルで回されていますから、次の動きはおおよそ予測できます。そして、今の若い世代の人たちのためになされる次の年金改革を実現するためには、このあたりの正確な知識を国民が広く共有することが大切だと思っています。

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