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虐待――乗り越えるべき四つの困難 - 宮田雄吾 / 大村共立病院・大村椿の森学園

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発見の困難

第一の困難ポイントは「発見」することだ。

親は巧妙に虐待を隠す。殴る部位は衣類で覆われた場所が選択されがちだ。通院は発見されぬように手控えられ、行政や学校の介入に対しては親権を振りかざし、抵抗を示す親が少なくない。

ある日、私が子どもの袖を捲ると、二の腕に三列の熱傷の跡があった。「落ち着きのない子どもで小さい時にポットで遊んでお湯をかけたんです」と親は言う。「3回もですか?」と尋ねた私に親は平然と「ええ」と答えた。「そんなはずあるか!」と思ったが、それを目撃していない私には何も証明できなかった。何せ横に座る子どもは表情も変えずに押し黙ったままなのだ。それも当然だ。親の前で口を開くはずはない。その後、親に退席してもらって話を聴いたが、やはりその子どもは何も語らなかった。

子どもの中には「何も言うなよ、言ったら許さんぞ」と、恐怖と共に口止めされている子どももいる。また口止めなどなくとも最も近しい大人から虐待を受けてきた子どもは「気をつけろ、大人を信じるな」とその体験から散々学んできた。彼らにとって虐待者も支援者も区別はない。にこにこと近寄ってくる支援者はいつ豹変して自分に襲いかかるかわからない存在だ。さらには「こんなこと言いましたよ」と親にチクるかもしれないではないか。だからこそ簡単に虐待の事実を語るはずはないのだ。 

しかも虐待の事実を語った場合、その後どうなるかという見通しも彼らは持たない。中には「言うことを聞かなかったら施設にやるよ」と言われてきた子どももいる。虐待を受けたことを告白した後に児童相談所の処遇によりそれはしばしば現実となる。

加えて本人は虐待を受けたのは自分の行動が悪いから、いや自分の存在そのものに価値がないからこのような目にあったのだと洗脳されている。さらに特に性虐待の場合に顕著だが、彼らは自らを被害者ではなく、共犯者であると考えている。だから彼らは虐待の事実を隠す。

彼らが真実を私たちに語り出すのは、彼らとの関係が深まり、さらに話しても安全が損なわれないと確信してからである。

児童虐待防止法第6条の定めにより、虐待を受けたと思われる児童を発見した者は児童相談所、市町村、福祉事務所への通告義務があるとされている。特に学校、児童福祉施設、病院等の「団体」や教職員、児童福祉施設職員、医師、保健師、弁護士等の「個人」には早期発見義務が明記されている。

しかし前述したとおり、児童虐待の確証を得るのは困難である。そんな中で通告義務は軽視されがちである。

本来、虐待かどうかの判断はあくまでも通告者の主観的判断でよいとされている。もし悩むならば「このような子どもがいます。これは虐待に当てはまるでしょうか?」という相談を、子どもの名を伏せて児童相談所にすればよい。

ちなみに虐待通告をしない時に使われる言い訳はパターン化している。

「虐待としつけの線引きがわからない」

「家族との関係が悪くなる」

「子どもが望まない」

「このくらい昔は普通だった」

「児童相談所に言っても何もしてくれないorしてくれなかった」

このような理由を思いついたとき、〝もめ事は嫌だ〟という本音が本当に隠れていないか、丁寧に自分の心の中を探って欲しい。

虐待はいつでも起こりうる。そして誰であっても行いうる。そういった認識を持つことで少しは発見しやすくなる。子どもが虐待にさらされている疑いを抱いた際は〝知らんぷりせず〟、〝抱え込まず〟で、児童相談所等の行政機関へまず連絡することから始めて欲しい。

症状の困難

こうして何とか隠されていた虐待から逃れて、安全な場所へと逃げ込んだ子どもには第二の困難が待ち構えている。それは虐待というトラウマ体験によってもたらされる心身の異常である。

幼い彼らによくみられるのは、頭痛、腹痛、発熱、下痢、吐き気、食欲不振などの身体症状である。内科的に調べても原因の分からない様々な症状が彼らを襲う。それはまさに身体の悲鳴であり、声なき抗議である。年齢を重ね、次第に心が複雑さを増してくると、彼らは例外なく、抑うつ的となる。抑うつ的といっても単純に元気がなくなる者ばかりではない。彼らはその陰鬱な気分を不安、さらにイライラや怒りとして表現するのである。

そして彼らの大半に心的外傷後ストレス障害(PTSD:Post Traumatic Stress Disorder)症状が出現する。

虐待されていた時の風景が生活の何気ない場面で突然、頭の中に侵入してくる。それは昼夜を問わない。彼らは眠りの中にまで侵入してきた記憶、すなわち悪夢にうなされる。時にはもはや現実との区別もつかなくなって、周囲の人がまさに虐待者そのものに見えて、パニック状態に陥る者もいる。それは大変な苦痛である。

彼らは虐待の記憶を避けるために虐待に関する記憶を消そうとする。実際に中学校に入る前の記憶が、思い出そうとしても思い出せなくなってしまった子どもにたびたび出会う。さらに彼らは、職員から注意を受ける際にしばしば言葉と表情を失う。虐待されていた真っただ中で、その苦しさに直面しないために感情を麻痺させて何も考えないようにしてきた習慣が色濃く残っている。

彼らの自律神経は闘争・逃走モードである交感神経優位の状態に長時間保たれる。彼らは見るからに過度の警戒心を示す。私が頭がかゆくて、手を挙げて搔こうとした際に、目の前で飛び跳ねそうなくらいビクつかれたのにはこちらがビクついた。

夜もなかなか寝付けない。いつ肉食獣に捕食されてしまうかわからない野生のキリンの睡眠時間はとても短いと聞く。さらにいつでも逃げられるような姿勢で眠るのだそうだ。彼らの眠りの浅さはまさに野生のキリン並みだ。夜中に叩き起こされて怖い目にあわされてきた彼らにとって、ぬくぬくと暖かい布団すらも安心の場所ではないのだろう。

ちなみに近年では、幼少からの度重なる虐待により、脳には萎縮などの構造変化が出現するとの研究報告もなされてきている。脳萎縮は身体的虐待や性的虐待だけではなく、言葉による心理的虐待によっても見られる。そう考えると虐待の影響は心理的な問題には留まらず、子どもの脳自体への物理的な傷害行為なのだとも言えよう。

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