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- 2011年12月28日 14:15
ライブドア球団がNGだった真相とは 元取締役が語る「球界裏事情」
2/5新規参入は子供の頃からの夢の具現化
小口:2004年の球界再編の時。新規参入の準備は、すごく大変なものだと伺ったのですが、詳しく聞かせてもらってもよろしいですか?熊谷:いやー大変です。当時は1から作るという話で。今年、DeNAさんが横浜ベイスターズを買収しましたけど、あれは譲り受けただけなので、そのまま契約を引き継ぐだけじゃないですか。ところがライブドアの場合、新規参入でしたので、すべて1からのスタートなんですよね。
大谷:近鉄バッファローズとオリックスブルーウェーブの合併で11球団になったところで、プラス1を誰がどう作るかという話でライブドアがでてきたんですよね。
熊谷:我々が名乗りを挙げたのは9月だったんですけれども、11月にはドラフト会議がある、1月からは冬のキャンプが始まる、4月からはペナントレースが始まるという中で、まず選手を採用できるか。あと、フランチャイズ球場を確保できるか、2軍施設はどうしようか、寮はどうしようか、ユニホームのクリーニングをどこの業者に頼もうか。
小口:クリーニング!?そこまで決めておかないといけないんですか?
熊谷:そうじゃないと、1から球団経営はできないんですよ。
小島:そういうことをNPBから聞かれるんですよ。そういうものを書面にして提出しないといけなかったんです。
須田:そのあたりは、熊谷さんも小島さんのノウハウに頼ったんですか?
熊谷:頼った面もありましたが、新たな球団経営モデルを作ろうと思っていたので、新しい考え方ですべて組み立てようとしてました。
小島:だから、熊谷さんと意見がぶつかることもありました。例えば、公式ボールって、ファールでコンクリートにぶつかると、表面が削れちゃって使いものにならないんですよ。真っ白に見えても、傷ついてしまったら、まっすぐ投げてるつもりでも空気抵抗を受けてまっすぐ投げられないんですよね。
だけど、熊谷さん達は予算をなるべく圧縮したいから「使い回せばいいじゃないですか」「どうして、年間で2500ダースもボールがいるんだ」みたいなことを言ってくるわけですよね。それは経営に立つ側として全うな感覚であって。ですが、一方で野球人としての考え方もあるわけです。
例えば、野手が調子を上げていくためには、自分が打ちたいコースへキレイな球を投げてほしいんですよ。そういったことが技術の向上にもなるし、いいメンタルで選手が試合に臨んでいける。そういった野球界ならではの、外せないところがあるんです。そういうところをアドバイスしつつ、意見をぶつけあってましたね。
須田:そうすると、熊谷さんは野球チームの経営に普通のビジネス感覚を持ち込もうという風にそもそも考えていたんですか?
熊谷:そうです、そうです。どちらかというと、年間70試合のホームゲームにきてくれる1万人~2万人のお客さんにいくらお金を使ってもらうかということを考えてました。
例えば、いま球場行っても、席にご飯を食べられるようなテーブルがありませんよね?そういったところから手直しをしていくことによって、来場されたお客さんがお弁当を買ったり、ビールをたくさん飲んでくれるんじゃないかってところを考えていたんですよね。
須田:ちょっと、そもそも論を聞きたいんですが。ライブドアをプロ野球ビジネスへ参入
しようと考えたのは誰だったんですか?
熊谷:あれは某大手金融機関からの紹介だったんですよ。元ライブドアナンバー2の宮内さんが、元々高校球児で、プロ野球チームを持つというのは1つの夢だったんですよね。それを具現化しようというのが1つのテーマだったんですよ。
小口:堀江さんは関係ないんですか?
熊谷:堀江さんは関係ないんじゃないですか、最初は。
大谷:そこは、ビジネスとして、事業として、収入が見込めたから始めたということですか?
熊谷:宮内さんが案件を持ち込んで、堀江さんが商売として儲かるだろうし、広告宣伝効果もあるだろうということで、進めていったんですよね。
須田:また、これもそもそも論なんですが。小島さんはそれまで、元横浜ベイスターズの広報兼通訳だったり、元メジャーリーガーの新庄剛志さんの通訳だったりと、輝かしい経歴があったわけじゃないですか。プロ野球のことも熟知しているし。そういったことをある意味投げ打って、ライブドアフェニックスのGMになられたわけですが、それはどういった状況で出来ると思ったんですか?
小島:今でも覚えてるんですけど、鎌倉のほうに仕事で行ってたんですよ。車を運転して。そうしたらラジオから「当時、30歳か31歳の堀江貴文氏が近鉄バッファローズの買収に名乗りを挙げた」というニュースが聞こえてきたんです。それを聞いた時の衝撃がすごい大きかったんですね。僕とほぼ同世代の堀江がプロ野球のオーナーになるのかと。その時のワクワクドキドキ感。脳天をズド―ンと刺激されましたよね。それがあって、いつしか自分もそういう夢を追っかけてみたいなという思いに駆り立てられました。それから先輩に紹介してもらって、ライブドアに入ったんですけど。熊谷さんや堀江さんの働きぶりを傍で見ていたらこの人たちを「男にしてあげたい」と思いは湧いてきましたよね。
小口:小島さんの中では、ライブドアフェニックスの新規参入はある程度勝算があるから携わったわけですよね?
小島:今にして思うと、野球界で仕事をしていた時の先輩からは色んなことを言われたりもしましたけど、やってる時は本当に真剣にやっていたし、負けるとは微塵も思ってなかったですね。




