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裁量労働制、政府の答弁を検証する - 上西充子 / 労働問題

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安倍政権が最重要課題と位置付ける、働き方改革関連法案。今国会では、8本の改正法案を束ねたものが、一括法案として提出される見込みです。時間外労働の上限規制などとともに、改革の目玉の一つとされるのが、裁量労働制の拡大です。しかし野党からは、裁量労働制の拡大は長時間労働を助長するとして、批判の声が上がっています。そんな中、政府側の答弁に使用されたデータが適切ではないとして、国会では追及の声が上がっています。問題の背景と、経過、今後の議論の在り方などについて、法政大学の上西充子教授の見解をまとめました。

2018年2月12日放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「裁量労働制の方が労働時間が短い」という政府が示したデータは本当か?」、2018年2月20日放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「『裁量労働制』をめぐる不適切データ問題。このまま法案を提出していいのか」をもとに再構成(構成/増田穂)

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →https://www.tbsradio.jp/ss954/

そもそも裁量労働制とは

今回政府が改正法案の一つとして成立を目指している裁量労働制とは、実労働時間ではなく「みなし労働時間」で時間管理をする制度です。裁量労働制では、8時間、あるいは9時間といった「みなし」の労働時間に対し、賃金が決められます。本来であれば、8時間を超える労働には、割増賃金(残業代)の支払いが必要です。残業させる場合には、割増賃金の支払いが必要であること、また三六協定を締結しその範囲内での残業しか認めないこと、それらが、長時間労働を抑制しています。

しかし裁量労働制では、実際に9時間働こうが、10時間働こうが、当初決められたみなし労働時間に対する賃金だけ払えばよく、例えば「みなし労働時間」が8時間と定められていれば、実際には10時間の労働に対し、8時間分の賃金の支払いのみで済ませることが可能です。使用者側にとってはとてもお得で、労働者にとっては危険な制度です。それゆえ、これまで対象は厳格に絞り、かつ手続きを必要とすることで、その拡大を抑制してきました。今回の法案は、その対象を広げようとするものです。

裁量労働制は、2種類にわかれています。専門業務型と企画業務型です。専門業務型は弁護士や記者などが対象です。今回枠を広げようとしているのは、企画業務型になります。現在、企画業務型の裁量労働制は、企業の中枢部門で働いている人に限定し、企画立案などの業務を自律的に行う人にその適用を認めています。今回の改正では、その範囲を法人提案型営業などについても拡大しようとするものです。

法案要綱が定まる前の段階では、今回の拡大で裁量労働制が認められる営業職は、「非常に高度なコンサルティング営業」であるかのように、答弁では語られてきました。単なる商品の販売は対象外となっています。しかし、「単なる商品の販売」と「非常に高度なコンサルティング営業」の間には、大変幅の広い営業活動が含まれます。実際、営業には多くの場合、コンサルティングの要素が入ってきます。幅広い営業職のうち、どこまで対象範囲となるのか、どの程度の労働者が対象となりうるのか、政府は具体的に示していません。

さらに今回、法人提案型営業に対して裁量労働制が適用可能となると、今度はなぜ個人への提案型営業ではだめなのか、という議論になるでしょう。相手が法人だから高度で、個人だから高度ではないといった区分けは困難でしょう。結果、法改正がいったん行われれば、裁量労働制がどんどん拡大してしまう可能性があります。

「働き方改革」と言えば時間外労働の上限規制が行われるイメージがありますが、裁量労働制の場合は、「みなし労働時間」がその上限規制の対象となるだけで、実際の労働時間はその上限規制の対象外です。実は、「働き方改革」とは、上限規制を設ける一方で、その上限規制の抜け穴を拡大させようとしているのです。「多様で柔軟な働き方」という言葉の裏で、労働者の健康がおざなりになってしまいかねません。

裁量労働制で労働時間は短くなる?

会社が裁量労働制を導入する際は、社内で決議を取る必要があります。今の制度ですと、労使委員会における5分の4以上の多数決による決議が必要で、使用者がその決議を行政官庁に届け出ることも必要です。しかし、使用者側が裁量労働制の導入に積極的な状況であれば、労働者側がその動きに反対するのは、かなり難しいのではないかと思います。

今回の裁量労働制は、山井和則議員による質問主意書への答弁書で明らかになったことですが、正社員だけでなく、契約社員などの有期契約労働者にも適用することが可能で、最低賃金で働く労働者にも適用は可能とされています。月の手取りが15万円そこそこでの契約社員で、3か月ごとの契約更新があっても、正式な手続きをして、対象業務に従事していれば、裁量労働制を適用して働かせることが可能だというのです。

こうした方々は契約更新が行われない可能性(雇い止め)があることから、正社員よりも交渉力はさらに弱くなります。結果として、労働者側が望まないかたちで裁量労働制が導入され、長時間労働が助長される恐れがあります。

国会の審議では野党が、裁量労働制の拡大により長時間労働が助長される、過労死が増えると指摘して、政府の抱き合わせによる法案成立を阻止しようとしています。これに対し安倍首相は1月29日に、「厚生労働省の調査によれば、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均な、平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもあるということは、御紹介させていただきたいと思います」と答弁しました。

つまり、野党は裁量労働制によって長時間労働が助長されるというが、そんなことない、反対の結果のデータもあるんだよ、と示したわけです。

しかしこのデータの妥当性に疑義が呈されて、問題点が次々と明らかになってきています。1月31日に加藤厚生労働大臣がこのデータを調査名とともに紹介したことによって、このデータが何の調査に基づいていたのかがわかっています。「平成25年度労働時間等総合実態調査」というものです。ところがこのデータを見てみると、平均を比べられるデータではなかったのです。

そもそもこの調査で示されているのは「平均値」ではなく、「平均的な者」というものです。これはどういうことかというと、度数分布でいうと山になるところの人を表しています(なお、これは一般労働者についての話で、裁量労働制も同じかは、不明です)。しかし、その度数分布の片方が尾を引くように伸びていれば、「平均値」はその山の部分とは大きく変わってきます。平均値は、山の部分に属している人よりも、より長時間労働をしている人のほうにある可能性もあるのです。

さらに、この調査の方法も、裁量労働制の労働者の労働時間を正確に反映しているものではありません。というのも、裁量労働制の労働者については、客観的な労働時間管理が求められていません。従って使用者は、厳密な労働時間の記録を取っていないことも多いのです。

では、平成25年度労働時間等総合実態調査における裁量労働制の労働者の労働時間とは何なのか。それは、健康・福祉確保措置のために把握すべきとされている、出退勤の時間や労使のチェックなどにより把握された時間とされています。実際の時間外労働に応じた割増賃金の支払いが必要ないので、時間把握もおおざっぱであることが想定されます。

ですから、平成25年度労働時間等総合実態調査では、裁量労働者の労働時間については、「実労働時間」という表現を使わず、「労働時間の状況」と表現しています。しかし加藤大臣による政府側の答弁では、一般の労働者も裁量労働制の労働者も「1日の実労働時間」を把握して比較しているかのように紹介されていました。誤解させるような答弁であったことは確かです。

裁量労働制のもとで働く労働者の労働時間に関しては、労働政策研究・研修機構(JILPT)が2014年に資料を出しています。「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果 労働者調査結果」(調査シリーズNo.125)ですが、野党はこの調査結果による1か月の実労働時間を紹介しています。こちらでは平均だけでなく分布もあり、労働者自身が回答しているため実態より過少に回答される恐れも少なく、この議論をするうえでより正確なデータです。これを見ると、明らかに裁量労働制では長時間労働の割合が高い。裁量労働制が長時間労働を助長するという懸念を考える上では、平均の労働時間を見るよりも、長時間労働者の割合を見ることが重要です。政府は課題に沿った議論をする必要があります。

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