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【赤木智弘の眼光紙背】自炊を望む人は誰か

赤木智弘の眼光紙背:第205回

 小説家や漫画家が、「自炊」を代行する業者に対して、複製権の侵害をしないようにスキャン行為を差し止めるよう提訴を行ったという。(*1)

 まず「自炊とはなんぞや」ということであるが、「自炊」とは、自宅にある本を、スキャナなどを使ってデジタル化することである。

 かさばる本を電子化して、保存を容易にしようというニーズはこれまでもあった。しかし、CDドライブにCDを入れるだけでMP3化できる音楽(*2)とは違い、紙の束を自ら開き、ページごとにスキャン、さらに裏写りの除去などをしなければならない本の電子化は、非常に手間がかかるため、ユーザーによる本の電子化は、なかなか普及しなかった。

 近年は、自炊ニーズに答える、両面スキャンで紙送りに対応した高速スキャナなどが安価で手に入るようになり、徐々にではあるが、自炊の垣根は低くなってきている。

 しかしそれでもそれなりの手間はかかるし、また本の背表紙をまっすぐカットするという、スキルが必要な作業が伴うことから、そうした手間を代行する「自炊代行業者」が注目されるようになってきた。

 今回の話は、そうした背景からの話である。

 著作権的に言えば、代行業者の行為はグレーだとしかいいようがない。あくまでも私的複製が認められる範囲の作業を代行しているだけだといえばそのとおりだし、複製を業者が行うということは複製権の侵害であるとも考えられる。そのあたりは今後の裁判で白黒つけられることであろうし、これ以上は触れない。

 今回、著者たちは代行業者に対する訴訟を行ったのだが、そこで延べられている内容は、決して業者に対する反発ではなく、「自炊」という行為に対する反発、すなわちユーザーが本を勝手に電子化することに対する反発であることは言うまでもないだろう。特に東野圭吾氏の「売ってないから盗むのか!」という、著者の公認しない電子書籍化を「盗む」とした批判は強烈である。


 私がこの会見のニュースを見て一番強く思ったのは、今回表に立ったような売れ線の本の著者たちは、ユーザーがどういう環境で本を読んでいるのかということに、想像力が至っていないのではないかということだ。

 著者たちは立派な書斎を持っているのかもしれない。天井まで届くような本棚があって、ぎっしり本が詰められているのだろう。あまり読まない本も、トランクルームなどに預けているのかもしれない。たくさん本を持っていても、文筆業であれば、家族の理解を得ることも難しくはないだろう。

 しかし、本を読む読者がみんな立派な書斎を持っているわけではない。

 大量の本を持つ人達は、書棚の空きスペースを造るためにいつも苦労をしている。トランクルームなどに預ける金があればいいが、無ければ友達にあげたり、図書館に寄贈したり、ブックオフに売ったりして本を減らそうとする。私もそうした友人知人を何人も見てきた。

 ぎっしり詰まった本棚は、家族にも不評である。ホコリがつきやすく掃除がしにくいのはもちろん、置き場所によっては生命の危険にも繋がる。特に今年の震災以降、自炊を試みる人が増えた。本好きは本の詰まった本棚を見て「本に埋もれて死ぬなら本望」などと言ったりするが、震災後には気軽に言える冗談ではなくなってしまった。

 本棚が占めるスペースもバカにならない。例えば6畳の部屋で6万円の家賃、本棚のために半畳くらい使っているのであれば、毎月5,000円くらいは本というモノを維持するために支払っていることになる。

 不景気が長引き、デフレが進む中、本というモノを所有するコストは、どんどん小さくなっていく他の娯楽と比べて、相対的に上昇していると言えよう。

 本をたくさん読む人は、こうした様々なジレンマに悩みながら本を所持している。だからこそ本を減らしながら、自らの手元に内容を留め置くことができる「自炊」に、これほどまでに根強いニーズがあるのだ。


 然るに、「自炊」を考えている人というのは、本を愛し、これまで作家や出版社を支えてきた人たちである。

 そもそも、本を読んでもすぐ捨てたり、新古書店に売り払ってしまう人であれば、自炊など考える必要性はないのだ。

 代行業者に頼むにしても、自ら行うにしても、本の自炊はお金や手間がかかる。そうした手間をかけてまで「本を手元においておきたい」という考え方は、本に対する愛情あってこそだろう。

 今回の東野による「売ってないから盗むのか!」という発言は、そうした愛情を無下に否定してしまっているのである。

 しかし同時に、著者たちの懸念は、決して的はずれではない。

 小説などの厚い本は、その手間故にあまりデジタル化した海賊版は出回りづらいが、例えばページ数の少ない「同人誌」などは、ネット上にたくさんの海賊版が出ている。「電子書籍化しても、海賊版はなくならない」という見方は何ら被害妄想ではない。

 しかしだからこそ、自炊に対して穿った見方をして、本を愛する人達を無下に扱うべきではないのだ。

 自炊を考える人たちは、本を保存するということに対して、手間を費やしたり、お金を払おうとする人たちである。彼らを敵視して、なにか問題が解決するのだろうか?

 デジタル化そのものは、決して悪ではない。自炊は私達が本を読むための1つの手段にすぎない。

 代行業者を訴訟するのは仕方ないのかもしれないが、海賊行為に使えるからという理由で、自炊によるデジタル化という、船そのものを著者に対する侮蔑であるかのように扱うべきではないだろう。

 彼らのように売れっ子ではないものの、少なくとも単著を出している一人の「著者」として、私はそう考える。


*1:逆の明文化となるか:東野圭吾さんら作家7名がスキャン代行業者2社を提訴――その意図(eBook USER)http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1112/20/news100.html
*2:私個人の経験で言うと、10年ほど前に、それまで聞いていたCDの大半をMP3化した。CDと歌詞カードはCDを入れておくファイルに全てまとめ、プラスチックケースを全部処分した。大幅なスペースの節約となった。

プロフィール
画像を見る赤木智弘(あかぎ・ともひろ)
1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。

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