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大混乱への備え

 私は一昨年、キプロスに行きました。色々な特徴がありましたが、印象に残ったのはギリシャ危機の際にベイル・イン(ペイ・オフ)をやったという事です。金融機関破綻の際、公的資金を外から突っ込むのではなく、株主のみならず、債権者にも損失吸収力を担わせて、納税者負担を回避する手法です。その一つが、銀行預金を一定額以上は保証しないというペイ・オフという事になります。公的資金の注入を「ベイル・アウト」と言いますが、その逆なので「ベイル・イン」と造語したわけです。

 先進国で国家的規模でベイル・インをやったのはキプロスだけだと思います。人口が少ない事、キプロスに預金を持っている人の中で非EUの人口(ロシア人)が多かった事、一度実験的にやってみて何が起こるかを知っておきたかった事等があるように思いました。EUのベイル・イン法制は、この時の経験を踏まえてかなり精緻化してきているそうです。

 かたや日本。日本も金融危機の際、金融機関の破綻・救済をベイル・アウト(公的資金注入)でやらざるを得なかった経験から、ベイル・インの導入を行ってきています。特に当時の財政負担、納税者負担が非常に重かったため、金融機関の破綻・救済に際しては当該金融機関の枠内で処理を図ってほしいという思いを強く感じました。

 ただ、キプロスから戻ってきて、ちょっと日本のベイル・イン法制を見てみたのですが、どう見ても、私の目には日本の制度整備は不十分な気がしてなりません。「これだと、金融危機の時迅速に対応できないんじゃないかな。」と首を傾げましたので、一度国会で金融庁に指摘しました。

 具体的な規定は預金保険法第126条の2以下です。読んで分かる方は相当な銀行実務のプロだと思います。私もよく分からない所があります。ただ、読んでいて思ったのは、「あまりにザックリ書かれていて、いざ、大混乱が起きた時、どういうプロセスを辿るのかがさっぱり分からない。」という事でした。私の知識が足らないせいなのかなと思っていたら、IMFのカントリーリポートでも似たような感じの指摘がありました。該当部分には次のような事が書いてあります。

66. While efforts to align the resolution framework with the FSB’s Key Attributes for Effective Resolution of Financial Institutions have progressed, the resolution framework has some remaining gaps. While the framework contains a broad set of powers, the legal framework does not provide for statutory bail-in powers, an explicit “no creditor worse off than in liquidation” safeguard is not in place, and more clarity is needed on resolution triggers (notably the concept of likely insolvency) and the creditor hierarchy in resolution. The authorities should also consider introducing (insured) depositor preference and a priority status for claims of the BoJ in the context of liquidity support. Finally, the authorities should carefully review the role of courts in resolution proceedings to ensure that resolution measures taken in good faith cannot be delayed, suspended, or reversed.

 すごく雑に言うと、ある程度制度整備はなされているけども、まだ不十分な所があるという言い方です。「法的なベイル・イン権限が定められていない」、「(ベイル・インを発動した際)『清算手続きよりも不利にならない(no creditor worse off than in liquidation)』という大原則がない」、「発動の基準、発動した時に債権者の階層が不明」、「預金者優先権制度を導入すべき」等々色々な事が指摘されています(訳が変だったらお詫びします。)。

 日本のベイル・インは法的に強制性のある仕組みになっておらず、契約上のベイル・インという考え方を採用しています。どうも話を聞いていると、金融庁が介入してあれこれと捌いていく法的ベイル・インは憲法の財産権との関係が整理できなかったという事のようです。なので、あくまでも個別の契約条項に基づいて裁判手続きで処理していくという契約上のベイル・インを導入しています。契約条項がベースになるので、IMFのような指摘にまで踏み込めないという事です。

 ただ、私は今の制度では大混乱が起きている時には機動的に対応できないような気がします。かなりの強制性を持って金融庁が捌いて行かないと、一刻一刻動いていく事態に適切に対応できないでしょう。たしかに法的ベイル・インは憲法の財産権との関係はあります。しかし、そんなものはある程度個人の財産権が認められている国であれば、何処にだってある事情です。どの国にもある憲法との衝突を何とか克服しながら、いざという時の備えを整えているのだと思います。

 金融機関破綻の時の話をすると、とても嫌がられる事は知っています。ただ、「起こるか」という事と「それに対する備え」は別物です。「ベイル・イン法制」、普段は全く馴染みのない言葉ですし、聞かなくて済むのであれば一生聞きたくない言葉でもあります。ただ、現時点での法整備が不十分ではないのかな、という点だけ書き残しておきます。

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