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「なかのとおるの生命科学者の伝記を読む」を読む

 著者の仲野徹先生は大阪大学医学部の教授で、「いろんな細胞はどうやってできてくるのだろうか」ということを研究している方だ。Natureをはじめ、一流学術雑誌に多くの論文を掲載している生命科学のトップクラスの研究者である。仲野先生は、ご専門以外の本の読書量も豊富な上、お笑いにも詳しい。twitterでの発言もユーモアあふれるものだ(@handainakano)。

 その仲野先生が、18人の世界の生命科学者の伝記を読んで、ユーモアあふれる文体で内容を紹介して下さったのが、本書「なかのとおるの生命科学者の伝記を読む」である。生命科学の第一線の研究者が書いてくれているので、わかりやすい上に臨場感あふれる。その上、科学者とはこうあるべき、ありたいという仲野先生ご自身の意見や解説が随所にふんだんに盛り込まれている。違う分野の研究者である私も、身が引き締まる思いで、仲野先生の研究に対する態度を読ませていただいた。

 全体を読んで、生命科学者にはなんと個性的な人が多いのだろう、と思うと同時に、彼らがこういう発見をしたのは比較的最近のことだということに改めて驚いた。

 もう一つ感じたのは、こういった科学者の物語を、もっと多くの人が読むべきではないか、ということだ。というのは、多くの人の科学に対する考え方が、科学の当事者とずいぶん異なっているように思うからだ。

 多くの日本人は、科学的ということをずいぶん誤解しているのではないだろうか。ある物質が人間にどの程度有害なのかについて、科学者が異なる意見を述べることがある。それを聞いた人の中には、科学者が特定の立場に立って意見を言っているので、科学者が真実をわざと伝えていないのではないか、と思う人がいる。確かに、そういう信頼がおけない”科学者”がいるのは残念なが事実だ。しかし、多くの場合、科学の最前線ではわかっていないことが多いのが実状で、一つのことについて様々な意見があるのがごく普通のことだ。もちろん、科学的な知見が蓄積されて、多くの科学者が同じ意見をもつことがどんどん増えているのも事実だ。しかし、新たな事実が学会の共有財産になれば、また新たな謎が出てきて、その謎について、いくつもの仮説が提唱され、その仮説を検証していく。それが科学者の最前線の研究の状況だ。

 そういうことは、大学や大学院で理系の研究に携わった人なら誰でも当然のこととして感じている。ところが、高校までの理科の教科書には、科学はすべて確定したこととして記載されているため、どんなことでも計算や実験さえすれば、科学者は明確な答えを出せると、思わせてしまう傾向がある。このデータからは、この程度の確率で、ある仮説が棄却できないとか、このデータからだと、この仮説とこの仮説のどちらが正しいかは判断できない、といったこと考えることを高校の段階では教えてもらえない。

 既に、学会の共有財産になったことを学んでいく上では、そういう共有財産ができあがっていく段階でも試行錯誤を辿っていく必要はないし、そういうことをするのは時間の無駄かもしれない。しかし、科学がたどり着いた結果だけを学ぶことの弊害の一つは、科学に対する間違った期待を人々がもってしまうことだろう。それが、科学者は本来わかっているのに、人々に嘘をついているという不信をもたらしてしまうのではないだろうか。もう一つの弊害は、科学は既にわかっていることばかりで、もう新たに研究することはないのではないか、と若者に思わせてしまうことだ。

 こうした間違った科学への考え方を直すには、科学が生まれてきた様子を人物ベースで知ることが有効だ。そのためには、科学者の伝記を読むことはとても効果的だ。この本は、生命科学の解説付きで、ダイジェスト版の伝記集だ。科学者が試行錯誤を繰り返したり、偶然得られた結果をうまく利用したりする様子を知ることで、今では常識になっている科学的な知識も、ほんの少し前に、科学的な知識として獲得されてきたものであることが実感できる。特に、最近の発展が著しい生命科学の分野は、その傾向が強い。この本を読んで、多くの人が生命科学のみならず、科学への認識を変えてもらうきっかけにしてほしい。

 紹介されている伝記の中には、絶版になっているものが多いのは残念だ。電子書籍の形でも復刻してもらえたらうれしい。

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