- 2011年12月24日 12:01
【書評】マネーボール マイケル・ルイス
ビリービーンは高校時代から高い身体能力を持つ走・攻・守3拍子そろった超高校級選手としてスカウトの間では有名な選手だった。スタンフォード大学からのスカウトも受けていたけれど、迷いながらニューヨーク・メッツにドラフト1巡目指名で入団した。それからビリー自身の短気でムラッ気という性格的問題もあり、球団を転々とした後、1990年にアスレチックスの球団スタッフに転身し、スカウトとして活動する。
ビリーは自分の苦い経験から、確実にメジャーリーグで活躍できる選手をハイヤーしたいという気持ちと、科学的アプローチを野球に持ち込みたいと強く希望していた。そんな時に出会ったのがハーバード大卒のポール・デポデスタだった。ポールは各種統計データから選手を客観的に評価するセイバーメイトリクスを用いて、他のスカウトとは異なった尺度で選手を評価していたのだ。ビリーはこうした従来とは違った科学的アプローチに惹かれ、他球団からは低い評価となっている格安の選手をポールと共に発掘して、低予算で勝ち星を挙げていく。
僕が本書にとても興味を持ったのは、選手の獲得手法が金融にとても似ているからだ。ゼネラルマネージャーという立場から考えれば、支払うコスト(給料や選手が怪我をして出場機会がなくなることなどのあらゆるマイナスコスト)と成績、それに伴う観客増員、そして特定の選手がもたらす広告収入などを総合的に考えて選手を雇用するはずだ。金融においても、利益追求のために常に割安銘柄を市場で探しださなければならない。それは債券のように、理論価格を一定の論理で導き出した金利水準と市場での実際の金利を比較したり、調達コストや流動性を考慮する場合もあるだろう。株式のように発行体の財務状況やテクニカル分析が必要な時もあるだろう。その時にトレーダーが購入や売却という選択に踏みきる理由は簡単で、「儲かる」からだ。
野球のチーム編成に置き換えるならば、最小のコストで試合に勝ち続けることがゼネラルマネージャーの求められる能力であり、球団組織の最終目標と言えるだろう。それは資金が潤沢なチームほど試合に勝つ可能性が高いけれど、ここ数年のメジャーリーグ戦績を分析すると、実際には必ずしもそうではないことからも一定の理論が必要不可欠なことは明らかだ。これはメジャーリーグのみならず日本の野球チームでも同じことが言えるだろう。巨人は莫大な資金を投資し、助っ人外人や将来有望な選手を他球団から根こそぎ奪い取る。だけど毎年リーグ優勝どころか、2010年、11年は3位という惨憺たる結果に終わっている。
ビーンは野手の要素として、出塁率、長打率、選球眼を重要視し、その中で出塁率に最も重きを置いている。出塁率はビーンの定義によれば、「アウトにならない確率」であり、つまり打者の投手に対する勝率を意味する。打率は高いことにこしたしたことはないけれど、高打率の選手はコストが掛かるため(誰から見ても有能なことが分かるため高額な選手(商品)になる)、打率が多少低かったとしても、出塁率の高さを優先して選手を獲得したようだ。
こうした定義を考えながらアスレチックスに所属する松井秀樹選手(2011年12月現在)の成績を眺めていると、とても興味深いことが分かる。松井は巨人時代から四球が多いことで有名だった。(つまり出塁率が高い)そのプレースタイルは活躍の舞台をメジャーリーグに移してからも変わらず、打率はそれほど高くないけれど、出塁率は高い。それに比べてイチローの出塁率は、高打率を記録しているわりには低いことが読み取れる。松井がメジャーリーグに渡った年である03年からの9年間の成績と比較しても、松井は9年度中、なんと6年度にわたり、イチローよりも高い出塁率を記録している。単純に打撃分野ということで考えるならば、松井は割安選手ということになるのかもしれない。
さらにビーンは選球眼について、「選球眼は天賦の才で決まる、また野球の成功(勝利)に最も直結する能力である」と結論付けているようだ。こうして考えていくと、松井はアスレチックスに行くべくして行ったのかもしれないし、ビーンにとって理想の選手であったに違いない。松井秀樹は元来から相手投手に球数を投げさせて最後に失投をとらえるという打撃スタイルを取っており、初球から打ちにいくことはまずない。これが松井が四球が多い理由であり、出塁率が高い要因でもあるだろう。
選手を獲得する舞台裏という普段はお目にかかれないことを本書はリアルに描き出している。僕達はテレビで野球を見る機会があったとしても、ひいきにしている球団が勝つかどうか、はたまた特定の選手の成績にばかり目がいきがちだ。だけど球団が勝つ前、またはスター選手が実際にスターになる前という一見光の当たらない舞台を実に刺激的に表現している。僕はまだ映画を見れていないのだけど、映画館にも足を運んでみようと思った。
参考文献



