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僕が知っている野中広務さんのこと

訃報が続いている。野中広務さんが亡くなられたのだ。

野中さんは自民党議員のなかで、徹底したハト派だった。戦争反対を貫いた人である。在日、被差別部落など、さまざまな差別をなくそうと、長年、活動してきた人でもあった。

だが、野中さんの業績を語る上で、なにより「沖縄」は外せない、と僕は思っている。

野中さんは生前、「沖縄は3度、犠牲になっている」と語っていた。最初は、明治政府によって琉球が強制併合され、「沖縄」になったことだ。

そして次は、第二次世界大戦だ。日本国内で唯一、沖縄で地上戦が起きた。県民のなんと4分の1もの人が、亡くなられた。玉砕の島となったのだ。

3度目は、終戦後にアメリカの占領下となったことだ。戦争が終わってから1972年まで日本に返還されなかった。そして、返還後から現在にいたるまで、在日米軍基地の7割以上がいまなお沖縄にある。

野中さんは、小渕恵三内閣のとき、官房長官として、普天間基地の辺野古への移転のために走り回った。沖縄にある米軍基地の中でも、とくに危険なのが普天間だ。だから、野中さんは沖縄全島をまわり、住民に辺野古への移設を説得していった。当時の稲嶺知事の同意も得た。そうして、普天間基地の辺野古移転の道筋をつけたのだ。

もうひとつ、安全保障の面でも、野中さんはいろいろ尽力された。

1990年、フセイン率いるイラクがクウェートに侵攻した。これに対し、国連の安全保障理事会は、アメリカと当時のソ連が一致して、武力行使を可決する。NATOも参加して多国籍軍がイラクと戦うことになった。NATOとは「北大西洋条約機構」のこと。アメリカを中心とした西欧諸国が、ソ連など東側陣営に対抗して結成した軍事同盟だ。

このような情勢のなか、日本も多国籍軍に参加すべきかどうか、議論になった。このとき野中さんは、憲法違反になるとして、「参加すべきでない」と強く主張したのだ。

結果的に日本は資金を出したのみ。国際社会では感謝されなかった。これをきっかけに論争が起こり、1992年の宮澤内閣でPKO法案が成立する。だが、それでも野中さんは、「自衛隊は汗は流しても、血を流してはいけない」という主張を、断固として通したのだった。

その野中さんが逝ってしまった。「汗は流しても、血は流させない」という誓いは、これからの日本にとって、どうなってしまうのだろうか。

このような時代に、野中さんを失ったことに、僕は大きな不安を覚える。またひとり、気骨ある政治家が世を去ってしまった。

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