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【読書感想】2011年の棚橋弘至と中邑真輔

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 こういう話、子どもの頃のプロレスファンだった僕なら大喜びだったと思うのですが、今読むと、「すごいといえばすごいが、旅館にとっては迷惑どころじゃないよな……」と。プロレスラーというのは「とんでもないことをする人たち」であってほしいという願望と、いまの世の中の「社会的規範」の折り合いは、なかなか難しいものがありますね。

 アンドレ・ザ・ジャイアントが、新幹線で移動中に、積まれていたビールを飲みほしてしまった、なんていうのは、無害なんだけど(本人の肝臓には有害だったとしても)。

 ただ、この傷もまた、棚橋弘至というプロレスラーの一部なのだろうな、と今は思うんですよね。あの事件のあとも契約しつづけ、リングに上げてくれた新日本プロレスへの恩を、棚橋さんは今も感じ続けているようですし。

 中邑真輔さんは、大学では学業も優秀で、レスリングだけでなく美術部にも所属し、ファッションショーのサークルにも入っているという「お洒落な学生」だったことが紹介されています。

 猫の絵ばかりを描いていたために、女の子たちから”ネコムラくん”というニックネームで呼ばれていた中邑は、身体の大きな体育会系でありつつ、同性からも異性からも仲間として好かれる好青年だった。

「ファッションショーサークルは、立ち上げた子が、自分の知り合いに声をかけて作ったもの。洋服を作る班、メイクをする班、舞台を作る班。それぞれが得意な分野で協力しました。私はもともと写真部で、記録写真を撮ってほしいと頼まれて引き受けたんです。彼も美術部と兼部です。

身体が大きいから存在感はあるんですけど、みんなで集まってワーッとしゃべるタイプでもなく、黙々と絵を描いている感じでしたね。みんなは絵を描く中邑くんしか見てなかったけど、どうやら本業はレスリングやってる人らしいよ。じつは結構凄いらしい、と。周囲は文化系だからレスリングなんて全然知らないし、もちろん私も。あの吊りパンはオシャレだよね、くらい(笑)。

 つきあうようになってから『レスリングの試合があるんだけどこない?』と言われて駒沢体育館に行きました。でも、まずルールがわからないし、地味でネチネチしていて何をやっているのか。観客席はガラガラで、一般のお客さんはほとんどいない。ポツンとひとりでいても全然楽しくない。勝ってもどう褒めればいいかわからず、負けてもどう励ましていいかわからない。もう試合には二度と行くまい、と思いました」(当時後輩だった中邑真輔夫人のHさん)。

 僕はこれを読んで、なんだかもう笑ってしまいました。なんなんだこの少女マンガのヒロインが憧れるキャラクターみたいなヤツは!
 
 棚橋選手にしても、中邑選手にしても、ジャイアント馬場、アントニオ猪木の時代のプロレスラーのような「これで食べていくしかない、という執念」とは無縁の存在で、自分に向いているであろうプロレスの世界で、いかに自分をプロデュースしていくかを追求していったようにみえるのです。

 もちろん、アントニオ猪木にも、ものすごい「セルフプロデュース力」があったのだけれど、棚橋弘至と中邑真輔は、遺恨や復讐劇ではなく、もっと陽性の「鍛え抜かれた選手たちが目の前で闘っていて、こんな技を出したり受けたりしたら死んでしまうのでは……とハラハラしつつも、ハッピーエンドに帰着する、楽しい体験」をプロレスの「セールスポイント」にしていきました。中途半端に総合格闘技を取り入れた路線では、かえって逆効果になることを予期していたのです。

 総合格闘技が運営側の問題もあって、一気に廃れてしまった一方で、東日本大震災という未曾有の大災害に「日常」や「ハッピーエンド」に回帰したくなった人たちは、プロレスの魅力、とくに、棚橋さんがやり続けてきた「強くて楽しいプロレス」に戻ってきました。そこには、エースとしてほぼ手弁当でプロモーションに協力してきた棚橋さんや「外敵」との闘いで新風を吹き込んできた中邑さんの努力と工夫があったのです。

 超満員の観客席に涙する棚橋さんに、僕も、読みながらもらい泣きしてしまいました。「プロレスはもう終わった」と僕も一時期、思っていたのに。この本には、ダメって決めつける前に、もうちょっと自分にもやれることがあるんじゃないかな、と勇気づけられる、そんな「効用」もあったのです。

1984年のUWF (文春e-book) 1984年のUWF (文春e-book)

完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫) 完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)

1964年のジャイアント馬場 1964年のジャイアント馬場

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