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「今が幸せ」という若者幸福論には絶望した

経済格差の是正や雇用情勢の改善を求め9月、若年世代を中心に米国ニューヨークのウォール街で抗議デモが起こった。ウォール街が標的になったのは、米国が抱える病巣の中心だと人々が考えたからだ。大手金融機関は金融危機を招き、政府に救済された。それなのに住宅の不法差し押さえを続け、経営陣は高額の報酬を受け取る。「これはちょっとおかしいんじゃないの?」というのが背景にあるのかもしれない。でも米国で経済格差が拡大したのは、何も多くの人々が考えているように、ウォール街が虚業のビジネスでガメツク報酬を受け取ってきたからとか、政府が金融機関を救済したからだとか、そんな単純なものではなくて、その理由は様々だ。

グローバリゼーションの影響により、簡易的な業務は新興国を中心とした低賃金国に流れた。企業が生産性を高め、製造業の労働需要も減った。米国固有の企業文化と労働組合の弱体化が問題に拍車をかけたことは間違いない。何より政府の政策の影響も無視できない。不当なカード手数料の引き上げ、富裕層が収入を依存するキャピタルゲインへの一定レベル以上の減税を行なったことも問題かもしれない。でも米国のこうした政策の在り方を見直すのは中々難しい。大企業や富裕層の献金に依存するオバマ大統領は、政策の手足をきつく縛られているし、同じ人物が政権と企業などを行き来する「回転ドア」と揶揄されるシステムも政策を歪めてきた。

このように一口に経済格差と言っても原因は様々で、多くの既得権益が米国社会に複雑に絡み合っていて根が深い。だからこうした社会構造的問題を深く認知した上で、抗議活動者がデモが起こしたのかどうかは甚だ疑問だ。米タイム誌は、2011年の「パーソン・オブ・ザ・イヤー」に『プロテスター(抗議者)』を選んだと発表した。もちろん中東での民主化実現に大きな役割を果たした人々が中心として挙げられるのだろうけれど、ここには世界各国に波及した占拠デモを行なった民衆も含まれるようだ。

さらに米国の国民は当然のことながら、遠く離れた日本に住む人々でさえも、米国の富裕層に対する税金は低すぎると感じているかもしれない。著名投資家ウォーレン・バフェットは、「私が私の秘書より低い税率しか国税を払っていないことはおかしい」と言ったことは世界中で大きな話題になった。だけど、バフェットの収入の多くが投資の収益であって、これに関しては、税率が15%のキャピタルゲイン税が適用されているから純粋に比較するのはおかしい。投資活動に関する低税率によって利益を享受しているのは、何も富裕層に限定されるわけではなくて、所得上位層もさることながら、中間層世帯も十分に恩恵を受けている。そうなるとキャピタルゲイン税を引き上げれば、上位層よりも中間層に打撃を与えてしまい、本来の趣旨である富裕層増税という目的とは違った方向に行ってしまうのだ。

「アメリカン・ドリーム」という言葉に代表されるように、米国では競争に勝ちあがることは大変な名誉なことであるし、その対価としての報酬も多額だ。だからこそリスクマネーが大量に溢れ、優良ベンチャー企業がひっきりなしに誕生し、経済を活性化させている。つまり富裕層に対し増税を行なうということは、それほど単純な話ではなくて、アメリカの税制システム、ひいては社会システムを揺るがすほどの問題なのだ。もちろん富裕層に対して一定の増税をすることに反対するわけではないけれど。

こうした一連のデモ活動は、債務危機で揺れる欧州にも飛び火した。欧州中央銀行(ECB)前の広場にもユーロ通貨記号のモニュメントを取り囲むように、デモ参加者のテントが張られていたようだ。『YOU PLAY, WE PAY(お前らが勝手に始めたマネーゲームの代償をおれ達に負わせるな)』など金融システムや銀行に対する強い不満を訴える横断幕やプラカードがいたる所に点在した。

だけど一連の抗議デモはどことなく緊張感がない。ウォール街占拠デモでは、ダンスに興じる若者、ピザの出前にかぶりついている人達、ピクニック気分の子連れ、公園でのフリーセックスなどが紙面を踊った。また欧州に波及したデモ活動でも、ギターを爪弾く若者や酒瓶を片手に仲間と話し込む男性がいる。炊き出しやたき火まで用意され、キャンプさながらの様相だ。

こうした何気ない社会不安や不満が拡大し、日本でも小規模ながらもデモ活動が起きた。長引く就職活動に嫌気がさしたのかどうかは分からないけれど、「就活ぶっこわせデモ」も起きた。さらにツイッターでは「今の就活を知ってください」というメッセージが世の中に発信されている。内容はと言えば、10年前の就職活動と比較しても、むしろシステムが向上していて「いいじゃん!オレも今が良かった!」と言ってしまいたくなるような内容ばかりで、ここで紹介すらできないのが心苦しい。

こうした鬱屈とした世の中で、20~30代の論者による同世代論が注目を集めているようだ。彼らは過酷な現実を背負わされた社会的弱者という従来の若者像に意義を唱え「今が幸せ」と主張する。変革の意志を社会ではなく個人に向けて、物質的には豊かさを享受しながら、不透明な時代を生きる心理を代弁しているらしい。(参照:「日本経済新聞12月17日朝刊」)

とりわけ古市憲寿は著書『絶望の国の幸福な若者たち』では、「未来を信じられないからこそ、今の幸福が際立つ」未来は暗い、だから今が一番幸せなのだという論理展開を行なっている。さらに本書で「だって、どんなに悪い労働環境で働いていても、どんなに不安を抱いていたとしても、仲間のいるコミュニティに戻ればいいのだ。経済的な不満も、未来に感じる不安も、様々な形で提供されるコミュニティが癒してくれる。それこそが若者が反乱を起こさない理由の1つでもあるのだけど、他に選択肢がないんだからしょうがない(P253)」と述べている。

これには少々困惑した。もし古市のような考え方をもった若者ばかりであれば、それこそが絶望の国と言えると思うからだ。様々な社会システムが若者を虐げ、さらに壊されようとしている中で「今が幸せ」とはなんとも心細い感情だ。でも僕は彼のような考え方を持った若者は少数派だと信じている。なぜなら変革をしようとしている若者は一定数以上存在するし、抗議デモはお粗末だったけれど、色々やり方を模索している若者はいるようだ。

僕は何も、60年代の学生活動のように「革命的な抗議活動をすべし」と言いたいわけでも、「日本のシステムぶっこわせ」と主張したいわけでもない。少なくとも現状に対して一定の疑問なり、意志を持つことが重要なのではないかと思うのだ。ウォール街占拠デモもそうだけど、緊張感もなく、不満の矛先の現状でさえも理解していない抗議活動は見ているものを呆れさせる。ここでも述べたように若者世代の格差はこれから益々上昇していくだろう。(参照 )そしてグローバル企業は日本の高税率やがんじがらめの規制に降参し、出て行くかもしれない。

「国家や社会の問題はイメージしにくいが、自分の身の丈にあった問題には現実に取り組んでいくのが今の若者だという。社会を変えるより、どんな社会がきても生き残れるように自分を変える(参照:日本経済新聞)」

これは言うなれば、企業なり一定の組織に属した際も、組織を変えるより、決められたルールや制度に対して自分を合わせていくということだろう。僕は恐らくこうした考えが格差を生じさせているのではないかと考えている。少数の高い志を持った若者は、一定のルールや規則の中で、さらに利益追求なり、効率性向上なりを模索し、「集団」へ適切に訴えかけ、個人のみならず、組織全体を高めながら活動している。近年の社会や企業組織は、それに見合った報酬を彼らに付与する。成果に対する報酬という側面で考えれば、実に平等な時代になっているのかもしれない。僕はしたたかに個人で生き残ることもいいと思うけれど、帰属した組織を変革し、誘導できる力こそが幸福(成功)への近道だと確信している。クールに「今が幸せ」と呟くのもいいけれど、ほんの少し熱を持って活動すると、意外と未来は明るく、そうした「個」を理解し、能力を見出すための「場所」を提供してくれる別の「個」なり「集団」が存在しているのも事実だ。

参考文献
絶望の国の幸福な若者たち 画像を見る
「上から目線」の構造 (日経プレミアシリーズ) 画像を見る
リトル・ピープルの時代
本当に若者は幸福だったのか リベラル日誌
ウォール街占拠デモの愚かな実態 リベラル日誌
日本経済新聞 12月17日朝刊

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