記事

格差の急拡大は社会保障基盤崩壊の元凶(4)―危ない日本の「国民皆保険・皆年金」

  前回のコラムでは、格差社会の進行は社会保険の性格を大きく変えているということを述べたが、それは、日本の社会保険制度における保険料納付特別措置を見ても明らかである。

(1)国民年金の保険料納付

  国民年金の給付費のうち毎年度の基礎年金給付費は、保険料と国庫負担によって賄われる。国庫負担は2004年改正により、改正前の基礎年金給付費の3分の1から2009年度に2分の1に引き上げられた。それにしても、保険料の納付が困難な被保険者は大勢いる。そういった被保険者に用意している特別の措置は以下の通りである。

1.第1号被保険者の保険料と免除制度・猶予制度

  自営業者、農林水産業従事者、無職者、学生などの第1号被保険者については、法定免除と申請免除の二つの保険料免除の制度がある。法定免除は、生活保護法の生活扶助を受けるとき、障害基礎年金の受給権者であるとき等で、保険料の全額が免除される。申請免除は、所得がない者、生活保護法による生活扶助以外の扶助を受けるとき、その他保険料の納付が困難であるときなどで、申請に基づいて保険料の全額、4分の3、2分の1、4分の1が免除される。

  免除期間は、年金の受給資格期間に算入される。年金額の算定では、障害基礎年金と遺族基礎年金は免除期間があっても全額が支給されるが、老齢基礎年金は免除期間と免除の程度に応じて年金額が減額される。免除期間分の保険料は10年以内の期間分に限って追納できる。追納保険料の額は、免除を受けた当時の保険料に一定額を加算した額である。

2.学生納付特例制度

  国民年金では、20歳になると、強制加入する。その際、学校に通っている者でも、例外なく加入しなければならない。

一方、学生は、本人所得が一定額以下の場合(例えば、平成20年度の所得基準(本人のみ)=118万円+社会保険料控除(実際に支払った社会保険料の金額))、親の所得に関係なく、申請により保険料の納付が猶予される。この制度では、猶予期間中の事故であっても、一般被保険者と同様に障害基礎年金と遺族基礎年金は全額が支給されるが、老齢基礎年金については、保険料を追納しない限り、受給資格期間にはなるが年金額には反映しない「カラ期間」として扱われる。学生納付特例期間分の保険料は、10年以内の期間分に限って追納できる。

3.若年者納付猶予制度

  若年者についても、2004年改正により、独自の若年者納付猶予制度が導入され、30歳未満の第1号被保険者については、親と同居していても、独身であれば本人の所得のみ、既婚者であれば本人と配偶者の所得のみを基準に、申請により保険料の納付が猶予されている。給付や追納の扱いは、上記の学生納付特例制度と同様である。失業者やフリーターの増加に対応するもので、2015年6月までの時限措置である。

(2)国民健康保険の保険料納付

  被用者(いわゆるサラリーマン)の健康保険と比べ、市町村国民健康保険には低所得者が多く、財政基盤もぜい弱である。低所得者の多い市町村国保特有の制度として、保険料の軽減制度が設けられている。これは低所得者でも負担しなければならない応益割(被保険者均等割と世帯別平等割)部分について、前年中の所得が一定額以下の場合に、保険料を7割、5割、2割の3段階で減額する制度である。

  また、財政基盤がぜい弱であることに対応して公費による保険料軽減制度等の支援を行っている。具体的には、低所得者の保険料軽減分について、公費で補填することとし、都道府県が4分の3、市町村が4分の1を負担している。低所得者数に応じて、保険料額の一定割合を公費で補填する保険者支援事業も行われており、こちらは、国が2分の1、都道府県が4分の1、市町村が4分の1を負担している。

  こうして手厚い公費による補助を行っているのは、ヨーロッパの社会保険方式の各国と異なる、日本の医療財政上の特徴の一つである。

  その補助は市町村国民健康保険だけではなくて、ほかの健康保険にも及んでいる。協会けんぽ(旧・政府管掌健康保険、中小企業)の国庫補助は給付費の13%(後期高齢者支援金分については給付費の16.4%、2006年3月末現在)、組合健康保険(大企業)の国庫補助は定額、国民健康保険の国庫補助は給付費の43%(市町村国保)と32%~55%(国民健康保険組合)となっている。協会けんぽと国民健康保険にみられるように、極めて手厚い公費による補助が投入されている。

  マクロの国民医療費ベースで見ると、国民医療費の財源別負担構造(2007年度)は、公費36.7%(国庫負担24.7%、地方負担 12.0%)、保険料49.2%、患者負担14.1%と推計されている。「社会保険方式」といいながら、保険料のシェアは5割足らずに過ぎず、実に医療費総額の3割を超える公費が投入されている。これは同じく社会保険方式をとっているヨーロッパの国々と大きく異なるところである。一方、中国の新型農村合作医療(農村部の医療保障制度)、都市住民基本医療保険も日本に類似する点がある。

  手厚い公費投入の背景には、以下のような要因が考えられる。

  第一は、「国民皆保険」体制を維持するためである。低所得者も公的医療保険の対象になる以上、保険料だけで医療財源を賄っていくことにはそもそも無理がある。市町村国保における低所得者に対する保険料軽減制度が典型的である。「国民皆保険」体制を維持するためには、社会保険の原理を修正せざるをえない。

  第二は、老人保健制度を維持するためである。同制度は2008年度から後期高齢者医療制度(長寿医療制度)に移行したが、拠出金(現・後期高齢者支援金)に対する財政支援に加えて、老人医療費はその医療給付費総額の50%が公費による補助であった。

  日本は、「国民皆保険」、すなわちすべての国民が医療保険に加入することになっているが、近年、その前提が崩れ始めている。

  被用者の加入する健康保険は、給与に比例して保険料が決まり、労使が折半(半額ずつ)負担、給与から天引きされるため、未納が発生しにくい。しかし、国民健康保険は非正規雇用者、パート・アルバイト、自営業者、農林水産業従事者、無職者などが加入する制度で、低所得層がもっとも多いこともあって、深刻な未加入と保険料未納の問題が発生している。

  「国民皆保険」体制が確立された1961年当時、国民健康保険の世帯主は農林水産業と自営業で7割近くを占めており、国保は文字通り「農民と自営業者の制度」であったといえる。しかし今、状況は大きく変わっている。市町村国保の世帯主職業別被保険者数の割合を1961年と2008年の2時点で見ると、農林水産業は44.7%から3.4%へと大幅に減少、自営業も24.2%から17.3%に下がった。一方、被用者は13.9%から33.7%へと大きく上昇、特に無職者は9.4%から39.6%へと4倍強に膨れ上がった。つまり、現在の市町村国保では、被保険者世帯主の最多を占めているのは「無職者」であり、次いで「被用者」となっている。この両者を合わせると、全体の7割強にも達した。

  「無職者」の多くは退職後の高齢者であり、「被用者」は健康保険や共済組合等の適用外の零細事業所や非正規雇用の被用者であると考えられる。これら被保険者のうち低所得者が非常に多いことは他の健康保険と大きく異なる点である。

  長引く不況や雇用の多様化などにより、日本の雇用情勢は一向に好転しない。就業形態別の動向をみると、1980年代以降、正規の職員・従業員の割合の低下、パート、派遣・契約社員等の非正規の職員・従業員の割合の増加という傾向が長期的に続いていた。2009年には一転して、非正規職員・従業員の割合が減少したが、2010年平均で再び34.3%と上昇し、比較可能な2002年以降で最高となった。

  非正規雇用者

  国保の保険料は市町村によって計算方法が少しずつ異なるが、基本的には定額の基本保険料に加え、家族の人数、所得、資産に応じて保険料が決まり、加入者が自ら保険料を支払うことになる。家族が多いほど負担額が高くなり、低所得者ほど基本保険料部分の負担が重荷になる。国保は、低所得者には減免措置があるものの、国民年金と異なり免除という仕組みがない。そのため低所得者でも必ず保険料を支払う必要があり、これが未納者の増加の原因にもなっている。

  厚生労働省国民健康保険課の「国民健康保険事業年報」によると、最近は保険料の未納率(100%-収納率)が10%近くになっている。2009 年度、保険料の収納率は全国平均で前年度より0.34%ポイント低下し88.01%となり、「国民皆保険」になって以降の最低を更新した。未納率の上昇の要因としては、2008年度以降の景気悪化の影響があるものと考えられる(「平成21年度国民健康保険(市町村)の財政状況等について(速報)」)。

(3)後期高齢者医療の保険料納付

  日本の社会保険制度においては、巨額の国庫負担を導入しており、さらに保険料の減免(軽減)措置を多く講じている。いずれも所得格差およびその拡大を背景とするものである。場合によっては、減免措置や軽減措置を多く設けることで社会保険の性格が大きく損なわれることになりかねない。後期高齢者医療制度は典型的な例である。   高期高齢者医療制度において、健康保険(被用者保険)の被扶養者など、いままで保険料が免除されていた人などは、保険料の負担が急激に増加する可能性があるため、以下のようにいくつかの軽減措置(負担凍結措置・激変緩和措置)が設けられている。一方、軽減措置は期間限定となっているものが多く、それらの期間が過ぎれば通常通りの保険料を支払わなければならなくなる。

1.被扶養者であった者に対する軽減措置(負担凍結措置)

  健康保険の被扶養者として保険料を負担してなかった人(子供の扶養者となっていた人など)が後期高齢者医療制度の対象者(被保険者)となった場合(制度開始時に約200万人が対象といわれている)、突如、保険料の負担が重くのしかかることが予想されるため、以下の軽減措置(負担凍結措置・激変緩和措置)が設けられている。

  いままで子供などの被扶養者となっていたが、後期高齢者医療制度が始まったため、被保険者となり、新たに後期高齢者医療保険料を支払わなければならなくなった人は以下の軽減措置が受けられる。

・2008年4月から9月まで⇒「保険料負担を凍結(保険料全額免除)」
・後期高齢者医療制度の被保険者となった時から2年間⇒「所得割額部分を0円(激変緩和措置)」
・後期高齢者医療制度の被保険者となった時から2年間⇒「均等割額部分が5割軽減」
・2008年10月から2009年3月まで⇒「均等割額部分が9割軽減(均等割額の1割負担)」

2.低所得者に対する軽減措置

  2008年6月の制度見直しによって、低所得者世帯(同一世帯の総所得合計額で計算)に該当する後期高齢者医療制度の被保険者は、均等割額の軽減措置が受けられる。

3.新たに国民健康保険に加入しなければならなくなった場合

  いままで国民健康保険に加入していた人が75歳になった場合、国民健康保険を自動的に脱退し、後期高齢者医療制度へ加入することとなり、後期高齢者医療保険料を支払うこととなる。一方、いままで国民健康保険の加入者の被扶養者であった人は、その扶養者が国民健康保険を脱退したため、単独で国民健康保険に加入し、保険料を支払わなければならなくなる。その結果、世帯単位の保険料負担額が大幅に上がることとなる。そのため、国民健康保険料の減免措置として、この場合、被扶養者は「旧被扶養者」として扱われ、旧被扶養者が1人だけ国民健康保険に加入する場合、2年間、所得割が全額免除、均等割、平等割部分は半額とされている。

  また、2010年度から、7割軽減の世帯については、後期高齢者医療制度の被保険者全員が年金収入80万円以下の場合には9割軽減、それ以外の世帯は8.5割軽減とされている。所得割についても、所得の低い者(年金収入153~211万円)については5割が軽減されている。

  では、こうした保険料負担の軽減措置はどのくらいの後期高齢者が対象者になっているのだろうか。

  厚生労働省保険局がまとめた「平成21年度後期高齢者医療制度被保険者実態調査報告」によると、2009年9月末現在、保険料軽減を受けている被保険者は全体の57.7%を占め、このうち所得割軽減被保険者は8.2%、112万人。均等割軽減は758万人、55.6%と前年度より0.6ポイント増加し、被保険者の2人に1人が均等割軽減を受けている。均等割軽減のうち9割軽減被保険者は全加入者の34%、8.5割軽減14%、5割軽減2%、2割軽減6%を占める。9割軽減は被用者保険の元被扶養者のみが対象だったが、09年度からは年金収入80万円以下の世帯にも拡大したため、軽減者数が 458.7万人に大幅に増加した。

  以上見てきたように、日本において所得格差の拡大およびそれに伴う低所得層の増大は、社会保障体系の中核を担う「国民皆保険・皆年金」体制の基盤を根底から掘り崩していることがわかる。

  公的年金と医療保険は社会保険として強制加入を法的に求めている以上、当然ながら、被保険者全員による保険料の全額納付は極力果たさなければならない。しかし、それはもともと「一億総中流」、すなわち、被保険者は所得に大きな格差がなく、ほとんど保険料を負担できるといったことを前提条件とするはずだった。

  一方、格差の急拡大は何を意味するかといえば、被保険者全員による保険料の全額納付という前提条件はすでに崩れているということである。国庫負担の引き上げや保険料納付特別措置の多用などはすべて格差社会の進行に対応するために採った苦肉の策としかいいようがない。

  格差拡大の阻止には社会保障の所得再分配機能が期待される。逆に、格差社会の進行をこれ以上放置すれば、社会保障は間違いなく崩壊していく。これこそ、現在の日本が抱えている最大のジレンマであり、危機的な状況ともいえるのではないだろうか。
(執筆者:王文亮 金城学院大学教授  編集担当:サーチナ・メディア事業部)

参考文献
厚生労働統計協会編集・発行『国民の福祉の動向(2011/2012年版)』2011年
社会福祉士養成講座編集委員会編集『社会保障(第2版)』中央法規2010年
厚生労働省保険局「平成20年度国民健康保険実態調査報告」
中川秀空「国民健康保険の現状と課題」『レファレンス』2009年8月号

あわせて読みたい

「社会保障」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    よしのり氏 慰安婦像は不可侵か

    小林よしのり

  2. 2

    橋下氏 百田氏の方が反日本人的

    橋下徹

  3. 3

    ガンダムOVAは原作準拠の劇中劇

    上伊由毘男

  4. 4

    謝罪なく逃走の津田大介氏に呆れ

    やまもといちろう

  5. 5

    冷房つけぬ実家 帰省拒否に共感

    キャリコネニュース

  6. 6

    陛下と対照的な安倍首相の式辞

    小宮山洋子

  7. 7

    文在寅氏にゴマする愚かな韓国紙

    団藤保晴

  8. 8

    慰安婦問題が脅かす欧米の正統性

    NEXT MEDIA "Japan In-depth"

  9. 9

    N国立花氏の戦略は「つたない」

    早川忠孝

  10. 10

    安倍首相の飛翔体巡る対応に苦言

    大串博志

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。