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グローバル環境下での新たな大学教育を模索

全国各地の大学で「グローバル人材の育成」をテーマにしたシンポジウムや研究会が頻繁に開かれている。日本企業の海外シフトが急ピッチに展開し、海外での事業や業務が拡大するのに伴い、採用面でも日本人、外国人の国籍を問わないいわゆるグローバル採用が通例になり始めたからだ。これまで一部有力大学ではグローバルエリートの養成を目的に英語による専門教育の拡充や海外留学の義務化などの教育プログラムを展開してきたが、今、全国の大学で拡がりつつある議論は「(普通の)学生が日本企業のどういう業種、職種に就職し、日本の職場にいてもグローバルに関わる事業活動を担い、多様な文化的背景を持つ異質な人々と共に働き、競争する環境になる。このためグローバル化社会を生きるための資質能力の形成が大学教育の課題になる」として、そのあり方を模索しようというものだ。

増える国籍不問の採用、求められる英語力

企業のグローバル人材獲得・育成の動きは目覚しく速くなっている。楽天の三木谷浩史社長が世間をあっと驚かせた「英語社内公用語」“宣言”を行ったのが2010年の新年会の挨拶だ。その時点では「社長はお屠蘇気分で発言したのだろう、と受け止めた社員が少なくなかった」(人事部課長葛城崇氏)というが、2月に入ると役員会や経営会議、それと毎週月曜日(現在は火曜日)の早朝に実施されている全社員参加の「朝会」が英語に変わり、4月から社内資料も英語化、12月からはTOEICのスコアが昇格要件に加わった。現在では部課長会での公用語はすべて英語に切り替わっており、2012年7月から会議、文書、社内コミュニケーションの完全英語化を目指す。11年春に入った新人もTOEIC650点の英語力を求められ、クリアするまでは配属がお預けになるという厳しさだ。12年春入社組からは730点にハードルが上がる。

楽天がこれほど英語化を急ぐのは「世界一のインターネットサービス企業」をミッションに掲げており、世界に打って出るためには英語が必要との考えからだ。宣言後、海外進出も急展開で、11年11月現在で10カ国に上っている。現在の流通総額2兆円を20年までに20兆円に、海外比率1%を実に70%にまで引き上げる計画で、そのために国籍不問の採用に切り替えたという。「海外の楽天グループと時間のロスなくコミュニケーションを図り、米国発のインターネット技術の最新情報をリアルタイムで取り込むためにも英語化が必至だった」(葛城氏)。

楽天や「外国人採用8割」のユニクロ(ファーストリテイリング)、パナソニックだけが例外なのではない。日本企業は変わるのに時間がかかるが、変わり始めると速い。いまや業種を問わず、国籍を問わない採用が増え、日本人学生の採用でも英語力を求め、若手社員に対しては海外派遣や英語力をキャリアアップの条件に加える企業が急増している。人口減から国内市場が縮小し、海外売上比率が今後急速に拡大する見通しだからである。

2020年には企業の海外生産比率が50%に

自動車ではトヨタ、日産、ホンダがいずれも既に8割前後であるし、海外展開ではソニー、パナソニックに後れを取っている日立も12年には50%に、東芝が13年に65%に引き上げる計画だ。

海外シフトを急展開しているのはこうした輸出型企業だけではない。アサヒビールなど食品産業は15年までに海外比率を3割程度に増やす方針だし、大手コンビニなど小売りや一部の外食企業では海外の出店数が国内を上回る「内外逆転」が加速、例えばファミリーマートの海外店舗数は既に国内を上回っているが、20年には国内1万1000店に対し、海外は2万9000店と全体の7割を海外店舗にする計画だ。資生堂も17年度には海外比率を5割に、玩具のタカラトミーも米大手玩具企業を買収し、5割を海外売上とする方針である。

このように輸出型企業にとどまらず、日用品、食品、製薬、玩具、小売、金融など内需型と見られていた企業もこぞって売り上げと利益の拡大を海外に求めるようになっている。部品、材料を供給する中堅・中小企業も例外ではない。日本総合研究所の「成長戦略としての『人材開国』政策」によれば、2020年には海外生産比率が50%を突破し、海外事業の業績が企業全体の業績を左右するようになるという。

さらに東日本大震災以降の国内拠点の立地リスク、電力不安、円高などを背景にここにきて行き過ぎとも見られるほどの海外シフトが加速。これに伴い、多くの企業が海外事業展開を担うための人材確保に躍起になりだしている。

採用したい優秀な学生=グローバル人材

大学キャリアセンターの側から見てみよう。外国人留学生に対する企業の採用意欲が急速に高まったのは大手企業による11年春採用の内定出しがヤマ場を越えた2010年5、6月ごろからだったという。「大企業を中心に厳選採用の傾向が強まり、優秀な人材しか採らないという動きが目立っていたが、優秀な人材=グローバル人材であるとわかってきた。日本人学生だけでは採用計画を充たせないため、日本での生活体験があり、勉強熱心でハングリー精神のある外国人留学生に着目したようだ」(早稲田大学・前キャリアセンター課長 西尾昌樹氏)。

企業の人事担当者に取材しても「日本人の新卒採用と同じプロセスで、優秀かどうかの基準で外国人留学生を採っている。勉強熱心でタフな精神力を持つ外国人が日本人社員への刺激となる効果も期待している」という声が多い。「日本の大学が優秀な人材を送り出すのであれば出来る限り日本人を採用したいが、そうでなければ企業間競争で生き残るため優秀な外国人を積極採用せざるを得ない」。

まさに日本人学生は就活で優秀な外国人留学生と競い合う時代に入っているのだ。日本人学生が国内外を問わず、日本企業と外国企業を問わず働く意志と意欲を持つことが重要となっており、そうした意志、意欲を形成しなければ日本人の若者の雇用機会の拡大に結びつかないわけだ。

グローバル人材育成という課題に対し、政府は経済産業省と文部科学省による「産学人材育成パートナーシップ」に置かれた「グローバル人材育成委員会」の報告書(09年7月)や日本経団連による「グローバル人材育成に向けた提言」(11年6月)、政府の「グローバル人材育成推進会議」の「中間まとめ」(11年6月)でそれぞれ大学教育を通じたグローバル人材育成の必要性を強調し、産学連携による教育の充実を提言している。

一部有力大学はグローバルエリートの育成に力

そうした中、留学生の受け入れ30万人、海外派遣30万人の実現を目指す「グローバル30」が動き出し、すべての授業を英語で行い、留学を義務付ける大学や専門科目を英語で学ぶ外国語教育プログラムを拡充する大学が増えつつある。外国人教員や留学生を増やし、多文化共生のキャンパス作りで、学生同士が切磋琢磨する教育効果を狙う大学もある。

英語力と教養教育を拡充、グローバル人材の育成を掲げるのが国際教養大学、早稲田大学国際教養学部、上智大学国際教養学部、明治大学国際日本学部、法政大学グローバル教養学部、国際基督教大学、関西外国語大学、立命館アジア太平洋大学などだ。

これら大学に共通するのは、世界を舞台に活躍できるグローバルエリートの養成と言ってよい。企業はもちろん、語学力やタフな精神力を持ち、グローバルに活躍できる人材を求めており、大学に取り組みの拡充強化を要望しているが、全体から見れば一部の大学や学部、授業で実施されているに過ぎない。語学力や国際経験を重視したいが、すべての学生に求めるのは無理だ。

グローバル社会を生きるための資質能力の育成が課題に

そこで今、大学が喫緊の課題として検討し始めているのは、(普通の)学生たちがグローバル化社会を生きるための資質能力の形成だ。グローバル化はもはや一部の学部や教育課程で意識されるべき問題ではない。学生がどのような業種・業務に就いても、グローバルな環境下で働き、生きていくことを求められる時代に入っているからだ。日本製テレビなどに典型的だが、グローバル競争の激化で商品・サービスのコモディティ化が著しく、ビジネスモデルの陳腐化も速くなっている。そうした中、仕事の内容も職種も常に変化し、新しいことを生涯学び続けることが大切になっている。「グローバル社会とはどういうものか」を学生に理解させ、国内外を問わず働く意志、意欲を醸成するような教育の場が設定されなければならないのだ。

グローバル化社会を生きるうえで求められる資質能力とはどういうものか。(1)論理的思考力 (2)一般教養の修得 (3)多様な文化的背景を持つ異質な人々と共に働ける など、「バックグラウンドが異なる人間関係にあっても自分の考えや立場について論理的思考力を持って相手に伝え、交渉できるコミュニケーション能力」や「めまぐるしく変わる企業環境の中で、指示待ちでなく、自ら考え、行動する力」ということになろう。これらは「社会人基礎力」や「人間力」そのものである。

こうした能力資質はアクティブラーニング(発表・討論重視の授業、フィールドワーク、ワークショップ型授業など)、とりわけ企業や地域と連携した問題解決型授業で身に付くことが分かっている。企業も「ビジネスのリアリティのような感覚が身に付く教育、外国人や企業人など、自分と異質なグループと接する経験」を求めている。しかし、こうした教育手法はほとんどの教員が苦手としており、手間隙かかると敬遠しているものだ。理事長、学長が要望しても教授会が反対するケースは少なくない。

しかし、教員はグローバル化の現実からいつまでも逃げてはいられないだろう。これからの大学改革で求められているのは (1)まず若者がグローバル化社会を生き抜く上で必要となる資質能力を整理した上で、(2)それが身に付くような専門教育、教養教育を通じた体系的なカリキュラムを構築し、(3)何よりアクティブラーニングのような授業形態や教育手法を導入、体系的・組織的な教育活動を提供していく必要がある。とりわけ、そうした授業形態をいかに全学的に推進していくことができるかにかかっている。教員がそれを拒めば学生たちの雇用機会を縮小することになりかねないのだ。

進学率の上昇にもかかわらず、18歳人口の減少で今年入学者数が減少に転じた。17年まではほぼ横ばいが続く18歳人口も18年から再び減少フェーズに陥り、25年には109万人と今より11万人減となる。大学進学率が50%と現状と変わらないとすると、大学進学者数が5万人減と100校近くが淘汰される可能性があるのだ。大学生き残り競争の厳しさを踏まえれば、まさにグローバル環境下での大学教育改革を急がなければならない。

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