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大学の「情報公開」幕開け 求められるミッションの明確化

大学・短大等を対象にした「教育情報の公表」が義務化されて5カ月が経過、大半の大学のホームページに多様なデータが載るようになった。しかし、最大の利用者であるはずの受験生や保護者、高校教員から見て、情報公開の現状はデータの羅列だけでわかりづらく、「その大学・学部に入ればどのような教育が受けられ、どんな知識や能力を身に付けられるのか」、「その大学でどの程度の成績をとると、どんな会社に就職できるのか」といった本来知りたい情報発信が不足している。受験生が分かりやすい情報に接してじっくり考え、納得して自分にふさわしい大学選びを可能にするためにも、数値だけでなく概要を示す解説などを提供すると共に「ウチの大学にはこんな生徒に来て欲しい。特色ある教育できちんと付加価値を付けて社会に送り出す」といった現実に即した教育目的、ミッションを明確化し発信することが急がれるべきだろう。

情報公開義務化の狙いは「大学教育の質向上」

そもそも教育情報公表の義務化は、各大学が多様な教育情報を「見える化」し、自ら点検・評価すると共に、受験生や高校教員、企業などの声をカリキュラムや授業方法の改善等に反映させることにより、大学教育の質向上を促進させるのが狙いだ。背景には少子化と大学の作り過ぎという問題がある。私立大学の4割が赤字に陥り、経営を保持するため、これまでなら大学に来なかった層を掘り起こし、無試験で学生を獲得。結果、学力不足で就職できない学生が3割にも上るようになり、社会問題化してきている。「大学全入時代」となり、大学は志願者を選ぶ側から選ばれる立場となった。高校生や保護者からは分かりやすい情報提供を求められるようになり、企業のグローバル化が加速する中、「国際通用性ある人材を育てていない」との不満が産業界から噴出していたことなどから、大学業界にとって「教育の質向上」は何より喫緊の課題で、それを促す仕掛けとして情報公開が義務化されたという事情があった。

情報公開を機に大学価値をアピールするチャンスと捉える大学も増えている。例えば慶應義塾大学のように、学部ごとにどのような人材を求め、育てようとしているかを分かりやすく解説を交えて示し、学生が日々どういう研究・教育活動やキャンパスライフを送っているか、生の姿をライブ情報で伝える大学がある一方、文科省の要請で渋々、一部データを公表したレベルにとどまり、しかも「情報公開」のバナーからアクセスしても必要な情報になかなかたどり着けない大学も少なくない。中には「学校教育法施行規則第172条の2に基づく情報公開」という見出しで、公表している大学もいくつかあり、思わず文科省を向いて公開しているのかと勘ぐりたくなる。

情報公開は利用者の視点で

言うまでもないことだが、情報公開は情報の利用者のために行われるべきだ。大学が「情報を公開したいか公開したくないか」ではなく、「情報の主たる利用者である受験生や保護者、高校教員に求められている情報を公開しているかどうか」である。この点、高校教員たちから現状の情報公開に不満の声が聞かれる。「その大学でどのような教育が行われているか。他大学とどこが違うのか。大学の特色や強みを具体的な根拠とともに示して欲しい」、「数値だけでなく、高校生にも分かるように解説を加え、表現を変えて発信して欲しい」などである。大学は利用者の声に耳を傾けて「分かりやすい情報提供」を心がけて欲しいし、大学団体等はフォーマットや情報の定義を統一して比較可能な形で公開すべきだろう。

ミッションが明解になればカリキュラムや授業の進め方など教育改革が進む

ところで、こんどの情報公開を機に痛感するのが、大学は自らのミッションの明確化を迫られる時代を迎えたということである。ミッションとは教育理念や建学の精神とも無関係ではないが、「この大学で学べば、こういう教育を受けることができ、こんな人間として卒業できる」という、いわば大学価値を社会に示すものだ。2005年には中教審の「将来像答申」で大学は生き残りのため、「世界的研究・教育拠点」、「高度専門職業人養成」、「幅広い職業人養成」、「総合的教養教育」、「特定の専門分野(芸術・体育等)の教育研究」、「地域の生涯学習機会の拠点」、「社会貢献機能(地域貢献・産学官連携・国際交流)」の7つの機能別分化に基づき、それぞれ特色ある大学に変革すべきとの方向性が打ち出されていたが、今こそその取り組みを急ぎ、明確化すべきだろう。

2人に1人が大学に進学する時代、学力不足の学生が多く存在し、「学問の府」としてもっぱら学生の知的成長を担ってきた役割も実際に多くの大学では「就業力の育成」に重点が置かれるようになっている。世界標準としての研究機関的な大学はせいぜい上位20校くらいで、圧倒的に多くは教育機関としての役割を求められている。その中で機能別分化を現実に即して具体的に打ち出すべきである。

例えば関西外国語大学英語キャリア学部は「世界を舞台にリーダーとして活躍できるビジネスパーソンや国際機関の職員等『高度国際職業人』の育成」を具体的なミッションとして掲げているし、千葉商科大学サービス創造学部は「新サ-ビスを創造できる人材の養成」と明解だ。嘉悦大学のように「中小企業のエースを育てる」という形で大学価値を売り込むところもある。

「この大学は何をするところか」などミッションが明解になれば、それに連動してカリキュラムが編成され、教員が配置される。授業の進め方など教員側も教育改革に取り組みやすくなる。生徒も大学が提示したミッションに合意して入学し、4年後、自分の成長に納得して卒業できれば大学と学生はマッチングに成功したということになる。大学側からいえば自らのミッションに合致する学生を集め、ミッションに沿って教育することが求められる時代になったといえよう。

米国の大学では1970年代後半に「大学全入」、「大学ユニバーサル化」に突入し、多くが経営危機に直面した。社会や学生のニーズに合った教育改革を迫られ、独自の大学価値を打ち出し、ミッションを明確化したところが存続し、それが出来なかった大学は消滅したといわれる。わが国も大学の作りすぎで私立の4割が定員割れ、赤字経営に陥るなど「淘汰」の時代を迎えており、情報公開にはそれを促す側面もある。教育目的を明確にして、ミッションに沿った教育を行い、市民生活を送れるだけの素養を持った人材として社会に送り出すことを保証する、そういう大学のあり方が求められている。

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