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日本社会の隘路を考える――三重苦はいかにしてもたらされたのか - 田中拓道

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1980年代からのレジーム転換

同じ1980年代に、他の先進国は戦後レジームの転換を迫られていく。そのきっかけとなったのは、国際的なブレトンウッズ体制の崩壊と、国内のフォーディズムの変容であった。1970年代に固定相場制から変動相場制への移行が起こり、国境を超えた資本移動の自由化が進んでいく。金融を中心とした「グローバル化」の時代が幕を開ける。

この動きと並行して国内の産業構造も変化する。製造業が途上国へと移行していくと、先進国内では情報・サービスなどの第三次産業が中心となっていった。大量生産―大量消費の循環は機能しなくなり、失業率が上昇していく。さらにサービスセクターを中心として女性の就労が進むと、家族のあり方も多様化していった。

グローバル化、産業構造の変化、家族の変容は、それぞれ先進国の社会に複雑なインパクトを与えていく。ここでその全体像を詳述することはできないが、一つ確認しておくべきことは、どの国でも財政・雇用・社会保障を横断する「レジーム」全体の転換が迫られた、ということである。

大きく見ると、その後の先進国ではおよそ二つの方向で改革が進められた。一つは新自由主義と呼ばれる方向である。アメリカやイギリスで見られたように、ケインズ主義からマネタリズムへの転換が起き、雇用の規制が緩和され、減税や社会保障の削減によって経済を活性化することが試みられた。特に貧困層向けの公的扶助(生活保護)、失業給付が大幅に削減され、就労を条件とした給付へと変えられていった(ワークフェア)。

一方、スウェーデンやフランスでは福祉の一律削減ではなく、その中身を修正することが試みられた。高齢者向けの医療や年金は抑制される一方、失業層への就労支援、子供や若者への公教育や職業教育、女性の就労支援、育児支援などはむしろ拡充された。職種・年齢・ジェンダーによる線引きをなくし、すべての人が社会に参画し、就労できるよう国家が積極的に支援する政策が進められた(社会的包摂)。

日本はこれらの変化にどう対応しようとしたのだろうか。少しタイムラグがあったものの、日本も1990年代には他の先進国と同じ問題に直面していった。金融の自由化が進み、1990年代初めのバブル崩壊以降は低成長期に入った。グローバル化の圧力のもとで国内産業への保護・規制は徐々に撤廃され、2000年代には地方への公共事業も減らされていった。民間企業では「日本型雇用」の見なおしが進み、長期雇用の対象となる労働者が絞り込まれることで、不安定な非正規労働に従事する人が増えていった。働く女性が増え、家族のあり方が多様化するとともに、仕事との両立に苦しむ女性も増えた。1990年には「1.57ショック」と呼ばれたように少子化問題が顕在化する。1990年代の半ばごろには、日本の戦後レジームがうまく機能しなくなっているのは明らかとなっていた。

なぜ日本では改革が進まなかったのか

小さな公的福祉、民間の企業福祉、中小自営業への保護規制、地方への公共事業、そして男女役割分業を前提とした家族という組み合わせは、1990年代には行き詰まりを迎えた。これらの区分が維持されたまま、それぞれの中で保護や規制が縮小していったため、既存の制度によって守られた「インサイダー」(特に中高年男性の正規労働者)と、そこから排除された「アウトサイダー」(若者、女性、非正規労働者など)との亀裂が顕在化していった。

それでは日本でも他の先進国と同様に、財政・雇用・社会保障を横断する「レジーム転換」が進んだのだろうか。結論から言えば、アメリカやイギリス型の新自由主義改革、あるいはスウェーデンやフランス型の福祉改革、どちらも体系的に行われることはなかった。むしろ過去20年の日本では、一貫したビジョンのない場当たり的な「改革」が積み重ねられてきた。なぜそうなってしまったのかを考えるために、この間の政治の動きを振り返っておこう。

過去20年の日本政治を特徴づけるのは「政治改革」であった。大きく二つの側面を挙げることができる。一つは選挙制度改革による二大政党制の実現という目標である。自民党の長期支配のもとで「利益誘導」が腐敗を生み出しているという批判が高まり、1994年には衆議院選挙制度が改革された。中選挙区制に代わって小選挙区比例代表並立制が導入され、二大政党を軸とした政権交代によって「政治のダイナミズムを取り戻す」ことが目指された。その後、自民党に代わって政権を担いうるもう一つの政党を作り出すことが試みられてきた。もう一つは、トップダウン型の意思決定を可能にするための統治機構改革である。内閣府の機能が強化され、首相直属の会議体が設けられ、幹部官僚の人事権が官邸に集約されるなど、過去20年にわたって「官邸主導」「政治家主導」を実現するための改革が繰り返されてきた。

これらの改革に対する評価は、今日でも政治学者や専門家の間で分かれている。2009~2012年の民主党政権への交代を評価する声もあれば、今日の「一強多弱」を嘆き、政治改革の失敗を指摘する声もある。首相権力の強化を評価する声もあれば、その行きすぎを危惧する声もあり、まだ改革が不十分だと指摘する声もある。とはいえ、過去の経緯を振り返ると、少なくとも次の二つの点を指摘することができるように思われる。

第一に、過去20年の日本政治のエネルギーは、政界内部の離合集散や、統治機構・制度の改革に向けられてきた。「どのような社会を目指すのか」という大きなビジョンをめぐる議論はきわめて乏しく、財政・雇用・社会保障を横断する一貫した政策のパッケージを実現しようとする動きも乏しかった。むしろ時々の世論の動きにしたがった場当たり的な改革がくり返されてきた。

第二に、この動きに拍車をかけたのが「トップダウン」の強化であった。強いリーダーシップを実現すること自体は重要であるが、この間の首相や官邸への権力集中が、中長期的な課題に取り組むリーダーシップをもたらしたとは言いがたい。むしろ時々の首相個人の関心による短期的な支持を見込んだ「改革」競争が続いてきた。小泉政権での「構造改革」や郵政民営化は、福田・麻生政権の路線転換によって修正され、民主党政権期に導入された子ども手当や高速道路無料化は、自民党の政権復帰にともなって廃止された。第四次安倍内閣では保育無償化、高等教育一部無償化が突如浮上したが、他の政策や財源などの調整は進んでいない。

冒頭に述べた「三重苦」に対応するには、中長期的な視野に基づき、短期的には不人気に見える政策を含めた一貫したパッケージを実施する必要がある。不人気政策とは、財政再建、高齢者向け支出(医療・年金)の伸びの抑制、若年層向け支援への財源の振り向け、労働市場の柔軟化などである。さらに就労形態・年齢・地域・ジェンダーなどによる線引きをできるかぎり取り払ったうえで、どこまでを自由な市場に委ねるのか、どこからを国家の責任とするのか、将来の社会ビジョンを改めて議論しなおし、決定しなければならない。これらの要請に応えるためには、中長期的な視点をもって政策の優先順位を決めることのできる政党同士の競争を実現することが不可欠である。また、単なるトップダウンではなく、社会の中のさまざまなニーズを集約できるような、社会に根ざした政党を育てることも重要になる。

はたして今後、日本の政治はこれらの条件を満たせるだろうか。政治を機能させ、「三重苦」に対応することはできるだろうか。私たち自身の政治の見方、政治との関わり方が問われている。


福祉政治史: 格差に抗するデモクラシー
著者/訳者:田中 拓道
出版社:勁草書房( 2017-02-14 )
定価:
Amazon価格:¥ 3,240
単行本 ( 326 ページ )
ISBN-10 : 4326351691
ISBN-13 : 9784326351695


来たるべき市民社会のための研究紹介(SYNODOS Lab)
新しい市民社会を築くためのリソースとして、社会調査分析、市民社会の歴史と理論、政治動向分析、市民運動分析、地方自治の動向、高校生向け主権者教育、などの各領域における優れた研究を紹介していきます。

田中拓道(たなか・たくじ)
政治理論、比較政治
1971年兵庫県生まれ。国際基督教大学教養学部卒業、フランス社会科学高等研究院DEA課程修了、北海道大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(法学)。北海道大学法学部講師、新潟大学法学部准教授などを経て、現在、一橋大学大学院社会学研究科教授。専門は政治理論、比較政治。主な著作は『貧困と共和国――社会的連帯の誕生』(人文書院、2006年、社会政策学会奨励賞)、『よい社会の探求――労働・自己・相互性』(風行社、2014年)、『承認――社会哲学と社会政策の対話』(編著、法政大学出版局、2016年)、『福祉政治史――格差に抗するデモクラシー』(勁草書房、2017年)など。

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