記事

安保法制をめぐる「神学論争」をこえて――PSIと自衛隊の「武力の行使」 - 『「軍」としての自衛隊』著者、津山謙氏インタビュー

2/2

――とてもクリアに理解できました。日本政府はPSIにおける自衛隊の活動を、「国際貢献アプローチ」として正当化したいのですね?

はい。日本政府はPSIを「法執行の枠組」ととらえ、その限りにおいて大量破壊兵器等の拡散阻止活動、つまり「PSI阻止活動」を行うとしています。そして日本政府が主張する通り、実際のPSI阻止活動において自衛隊が「武力の行使」を行う可能性がなく、その任務が「武器の使用」にとどまるのであれば、それは「国際貢献アプローチ」に分類される政策類型となります。

しかし、実際にそうであるかは非常に疑わしいものがあります。まず、現行法上、自衛隊が「法執行」としてのPSI活動を行う国内法的な根拠が乏しいことは、PSI参加当初から、外務省条約局(現・国際法局)や防衛庁が認めてきたことです。

また、実際のオペレーションにおいて、相手国の同意を得ずに「臨検」を行えば、それは「武力の行使」にあたり、「戦争」状態になりかねないことは先に述べた通りです。実際のところ、公海上等で外国船への「臨検」を行わずに大量破壊兵器等の拡散が阻止できるのかはきわめて疑問ですが、にもかかわらず、自衛隊がPSI阻止活動に従事しているのは「奇妙な状況」といえます。

また、自衛隊はPSI阻止活動の実効性を確保するために、多国間枠組での共同訓練(PSI合同阻止訓練)を繰り返し実施していることも先に述べた通りです。PSI合同阻止訓練では、「武力の行使」にあたる軍事作戦の演習が行われているようですが、自衛隊がどのような法的根拠にもとづいてこうした任務に従事できるのか、まったく曖昧なまま訓練への参加が行われ、他国軍との「軍・軍関係」が拡大・深化してきたという事実があります。

さらに自衛隊は、「警戒監視活動」によって得た情報を、他のPSI参加国に提供しているとされます。しかし、自衛隊から提供された情報をもとに他国軍が「武力の行使」を行えば、「武力行使との一体化」の議論を惹起する恐れがあるはずです。実際、2015年の安保法制の審議の際には、この点を疑問視する議論も聞かれましたが、これについて政府はまだ明確な説明をしていません。

これらの点を勘案すると、自衛隊のPSI活動は第一義的には「国際貢献アプローチ」に分類されるとはいえ、「同盟深化アプローチ」に接続、あるいは転換する可能性があるといえます。繰り返しになりますが、こうしたレジームに2003年から参加してきたということは、日本の安全保障政策史上、特筆されるべき事柄ではないでしょうか。

――そうした経緯を踏まえて、自衛隊は「軍」としての活動実態を備えるに至ったと述べられていますね。

自衛隊は「個別的自衛権」を行使するために、他国軍と遜色ない要員・装備、そして、法的根拠を整備してきました。しかし、近年では自国のみならず、「国際社会の安定」を維持したり、「集団的自衛権」を行使して他国を防衛しようとしています。その際には、PSIのような国際的取組を推進したり、多国間枠組での緊密な安全保障ネットワークを構築し、海外での「武力の行使」も可能にしたりしています。これらは一般的な通念上、「軍」としての活動実態といえるのではないでしょうか。

事実、自衛隊は「軍」として他国軍と接し、「軍・軍関係」を拡大・深化させています。安倍総理が国会答弁で多国間共同訓練の意義を説明する際に、自衛隊を指して「我が軍」と口を滑らせたのは、こうした実態をみると頷ける話ではありますね。

――お聞きしていると、PSIでの自衛隊の活動は、「戦争」行為に転化しかねないという印象を持ちます。

現実に今、北朝鮮の核・ミサイル戦力が完成しつつあります。そして、米国トランプ政権は、北朝鮮に対するPSI活動を強化するよう、国際社会に訴えています。

もし、北朝鮮が核搭載ミサイルを米国の敵性国に運搬しようとしているのを発見したら、自衛隊は黙ってこれを見過ごすことができるでしょうか。あるいは北朝鮮に対する制裁のレベルがさらに上がり、我が国の同盟国もしくは準・同盟国が本格的な海上封鎖を実施するとします。そのような状況下で、北朝鮮に大量破壊兵器等を積み込もうとする船舶を自衛隊が発見した場合、そのまま運搬を許すことは現実的でしょうか。

しかし、それらのケースにおいて自衛隊が実際にPSI阻止活動を行い、旗国の同意なく船舶を臨検、拿捕、破壊、そして積載貨物の押収といったことを行えば、それは「武力の行使」にあたり、「同盟深化アプローチ」に転換することになります。それは「集団的自衛権の行使」にあたる可能性が高く、自衛隊は「戦争」をすることを意味します。

PSIとは本質的にそうした可能性を孕んでいるわけです。そして、そうした可能性のある活動枠組に、日本は2003年から参加し続けてきたことは事実なのです。

――津山先生は先の安保法制審議の際の喧騒をどう見ていましたか? 「集団的自衛権」をめぐって侃々諤々の議論がなされましたが、お話を聞いていると、そのときにはすでに「集団的自衛権」の行使は実質的になされていたとみなしてよいと思うのですが。

安保法制が成立する10年以上も前から、自衛隊は「多国間安全保障協力」の実績を積み重ねてきました。この間、自公政権、民主党政権、そして自公政権へと2度にわたる政権交代がありましたが、この「多国間安全保障協力」という政策軸は一貫しており、それは「国際貢献アプローチ」だけでなく、「同盟深化アプローチ」も含むかたちで展開されてきました。この間、立法府において「多国間安全保障協力」が少なくとも合憲性の観点から争点となったことはありません。

とくにPSI参加以後、自衛隊は「訓練」とはいえ他国軍との間で「武力の行使」を含む本格的な多国間の軍事演習を繰り広げ、「軍」として「軍・軍関係」を拡大・深化させてきたという事実があります。こうした「多国間安全保障協力」の実績が、重要な前提事実であったはずです。先の安保法制の審議をするにあたっては、これらを「立法事実」として踏まえた上で、戦略あるいは政策としての必要性、妥当性が議論されると私は考えていました。

しかし、政府・与党側は安保法制の前提となる具体的な「立法事実」を何ひとつ示しませんでした。法案作成に至る経緯も不明であり、どんな作戦を想定して法案が提出されたのかもわからない。これでは、国益の観点から必要性、妥当性を審議することは困難です。

一方、野党側の批判の多くは憲法論議に終始しました。とくに、一部野党が法案全体に「戦争法」という「レッテル貼り」をしてしまったことで、戦略あるいは政策としての必要性、妥当性がほとんど議論されなくなりました。「護憲」を主張する人々は、現行憲法下でどのように国が守られてきたのか、今後どのように人々の幸福を守っていくのか、具体的に提示する必要があったはずです。

そのため、与野党双方の議論がまったく噛み合わないまま、全体として「神学論争」に終始してしまい、国民としては何がどう変わるのかほとんどわからないまま、ただ国論が分裂して終わったきらいがあります。将来の日本国民のためにも、非常に残念なことであったと思います。

――政府は自衛隊の多国間演習参加については言及しなかったのですか?

いえ。国会審議の最後の段階において、安倍政権は「自衛隊はすでに共同訓練に参加している」という事実をもって、安保法制を成立させるべき理由のひとつだと言い出しました。自衛隊が海外で「武力の行使」を含む多国間共同訓練に参加しているという事実があるにもかかわらず、その根拠法がないというのです。

本来ならば一番先にこうした前提が「立法事実」として確認されるべきだったのではないでしょうか。根拠法もないのに、なぜ、自衛隊はこうした海外活動を拡大・深化させてきたのか。

他国軍との協力関係の拡大・深化は、自衛隊の能力構築にどのような効果があり、我が国の安全にどのように貢献してきたのか。今後、具体的にどのような任務が必要とされ、どのような法的措置が必要になるのか。こうしたことがきちんと議論され、国民の間で共有されるべきだったと考えますが、審議最終盤の喧噪の中ではそうしたことは望むべくもありませんでした。

――違憲か合憲かという憲法論議から、「現実」ははるか遠くに来てしまっているのだと実感します。

戦後、自衛隊の創設時からずっと、日本は「吉田ドクトリン」と称される基本政策を採用してきました。安全保障政策という点では、自衛隊の「防衛力」は日本を防衛する目的に限定され、活動領域は日本本土および近海に限られていました。

当然ながら、海外における自衛隊の活動はまったく想定されていませんでした。自衛隊は「個別的自衛権の行使」のみの「専守防衛」に徹し、敵の根拠地を叩くことなど、たとえ自衛のためであっても「できない」とされてきました(ただし、「敵基地攻撃」自体は「合憲」とされてきましたが)。仮にこの「当初の政策群」を「安全保障政策1.0」とします。

先に申し上げた通り、冷戦終結を契機として、自衛隊の任務および地理的な活動領域は徐々に拡大・深化を遂げてきました。それはいわば、「安全保障政策1.1」、「安全保障政策1.2」、「安全保障政策1.3」…と変容していく過程だったといえます。

本土および近海に限定されていた自衛隊の活動領域は、「国際貢献アプローチ」の採用を契機に海外に拡大しました。また、自衛隊が米国とともに使用する「軍事力」は、世界規模の米軍戦略との関連で再定義され、海外における「武力の行使」も排除されない「同盟深化アプローチ」も、法的、能力的に可能となっています。

今や「集団的自衛権の行使」は合法とされ、自衛隊は本格的に敵基地攻撃能力の獲得を検討する段階に差し掛かっており、ついに憲法9条の改正が政治日程に乗る可能性が取り沙汰されています。こうして少しづつ変容した結果としての「現在の政策群」を「安全保障政策2.0」と名づけ、かつての「安全保障政策1.0」と比較してみると、もはやまるで違う姿になっていることに気づかされます。

――そうしたなか、日本の安全保障について、今後どのような議論が必要なのでしょうか?

今後の議論について言えば、これまで日本の安全保障政策が変容してきた経緯と、そうした変容を余儀なくさせた安全保障環境の変化を正しく認識することが大切だと思います。これは左右どちらの政治的立場であっても同じです。

先の安保法制の議論の際、首相補佐官が「法的安定性」を無視する発言をして物議を醸しましたが、「法的安定性」を重要視する人々こそ、安全保障環境が変化し続け、安全保障政策も変容してきたという事実を踏まえて、一連の政策群のどこに「法的安定性」があり、どこが変容してきたのかを精緻に議論すべきでしょう。

理想主義は結構ですが、教条的な「絶対平和主義」を唱えるだけでは、永遠に「神学論争」からは脱却できません。かえって我が国の平和と安全を害する主張をし、いたずらに国論を分裂させて終わりにし、平和とは逆の方向に国家を導きかねません。

それは、現実主義(リアリズム)の立場から安全保障政策を積極的に推進したい人々も同様です。現実的な必要性、妥当性を論理的に示すことなく、いたずらに「危機」や「脅威」を喧伝し、国民の不安心理を煽って特定の政策を推進することは厳に慎むべきです。

国家の防衛体制に隙があっては困りますが、国家の実力装置が民主的統制、立憲的統制から離れ、暴走することがあれば、途方もない悲劇に直結しかねないことも、厳然とした歴史の教訓です。現実の安全保障環境がいかに変化し、具体的にどのような政策が必要なのか、主権者たる国民にきちんとその「立法事実」とともに説明し、民主的、立憲的手続きに沿って国策を決定していくことが、長い目でみて真の国益に叶うことではないでしょうか。

その意味で、海外での「武力の行使」も想定され得るPSIへの参加、そして、これを契機とした多国間安全保障協力の拡大・深化という、すでに進行中の安全保障政策の大変化が国民にほとんど認識されないまま、安保法制をめぐる「神学論争」で国論が分裂したことは、きわめて重大な事態だったと私は考えています。アカデミアに属する研究者として、そして現実の政策実務に従事する者として、私がこの本を執筆した最大の理由はここにあります。



「軍」としての自衛隊:PSI参加と日本の安全保障政策
著者/訳者:津山 謙
出版社:慶應義塾大学出版会( 2017-10-14 )
定価:
Amazon価格:¥ 5,832
単行本 ( 448 ページ )
ISBN-10 : 4766424670
ISBN-13 : 9784766424676

津山謙(つやま・ゆずる)

国会議員政策担当秘書

1973年生まれ。筑波大学大学院国際政治経済学研究科博士課程前期修了(国際政治経済学修士)。ハーバード大学ケネディ行政大学院修了(公共政策学修士:MPA)。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科国際関係学専攻後期博士課程修了(学術博士:Ph.D.)。
国会議員政策担当秘書資格試験に合格し、2012年より現職。NSC設置法、特定秘密保護法、平和安全法制など安全保障関連をはじめ、多くの法律の審議・成立に携わる。政策実務の傍ら、ハーバード大学ベルファー研究所リサーチ・アソシエート、星槎大学客員研究員を兼務。
主要論文に、Rising Sun in the New West, The American Interest, Vol.7, No.5, 2012(Richard Rosecrance, Mayumi Fukushimaと共著)、「「新しい西洋」を主導するのは日本だ――日本のNATO加盟が世界を変える」『中央公論』2012年6月号(R. ローズクランス、福島麻友美と共著)、「PSIスキームと日本外交・安全保障政策――その経緯、法的基盤、意義」『早稲田大学アジア太平洋研究科論集』第28号(2014年)、「自衛隊の多国間共同訓練――「多国間安全保障協力」のひとつの態様として」『早稲田大学アジア太平洋研究科論集』第31号(2016年)など。

あわせて読みたい

「国防」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    「自民党は嫌いでも、投票するのは自民党」立憲民主党が自民党に勝てない最大の理由

    御田寺圭

    09月23日 08:07

  2. 2

    「レジ袋の有料化」と「レジ袋の減少化」が生んだ本末転倒な事態

    自由人

    09月22日 22:07

  3. 3

    専門家の感染者数予想はなぜ実数とかけ離れてしまうのか

    中村ゆきつぐ

    09月23日 10:26

  4. 4

    NHK党・立花孝志氏 へずまりゅう擁立も「二度と信頼しない」と支持者が続々離脱

    女性自身

    09月23日 10:32

  5. 5

    河野氏は論戦巧者 他の候補者3人がほぼ無防備な年金問題に手を付けたのは上手い

    ヒロ

    09月23日 10:39

  6. 6

    菅さんの水面下での仕事の成果が今になって出て来たようだ

    早川忠孝

    09月22日 15:52

  7. 7

    横浜市長就任後も疑惑について説明しない山中竹春氏 ウソと恫喝の追及は続く

    郷原信郎

    09月22日 10:56

  8. 8

    賃上げ・労働分配率向上策は、河野氏の法人税減税よりも高市氏の人材育成投資が有効

    赤池 まさあき

    09月22日 09:04

  9. 9

    華々しい総裁選の裏で…隠蔽体質の政府与党・自民党の闇はまったく変わっていない

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    09月23日 08:32

  10. 10

    アメリカの輸入規制撤廃に福島から喜びの声 「菅首相の置き土産?」指摘も

    BLOGOS編集部

    09月22日 16:26

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。