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金総書記の死を市民があんなにも大声で泣くのはなぜか

17日午前8時半に死亡したと伝えられている金正日総書記。

大きな声を挙げて泣き叫ぶ北朝鮮の市民の声が各種メディアで報道されていますが、その光景に異様なものを感じた人は多いと思います。

金正日総書記の死に対して、大声をあげて泣く市民。そこには、しみじみと泣く人も、さめざめと泣く人もいません。

なぜこんなにも多くの市民が大声をあげて泣くものなのか。市民のあまりの号泣ぶりに対して、北朝鮮の人民たちに対して、一層の距離感を感じてしまうようになってしまった人も少なくないだろうと思います。

そのとおり、実際、金正日総書記に対して、多くの市民が深い哀悼の意を捧げていることは、報道の通りであろうとは察せられます。

しかし、その前に北朝鮮には「」「哭礼の儀式」と呼ばれる、人がなくなったときの儀礼的習慣があることを多くの人は知っているでしょうか。

これは儒教式葬儀の一種のマナーやしきたりのようなもので、李氏朝鮮の頃から、朝鮮に根付いたものです。「アイゴー、アイゴー」と大声で泣く叫び声は、本能的なものではなく、あえて自発的に大声を出しながら泣くもので、この泣き声は自らの感情から出すものではありません。死者の子どもはあまりの深い悲しみのために自分では泣くことができないので、代わりに周囲の者が大声を上げて泣くのです。

遺族のかわりに「悲しい」「辛い」「寂しい」などの感情を表現しながらおおげさに泣きわめくことを仕事とする「泣き女」という伝統的職業もあるほどです。朝鮮文化において、大声をあげてなくということは、際立って不自然なことではなく、大切な人が死んだ時には当たり前のように人々が行うことのひとつなのです。葬儀の期間中はずっとこれが必要で、喪服を脱ぐときまで続けなくてはならないとされているので、総書記の喪に服すこととなった北朝鮮の市民は相当泣き疲れるのではないかと思います。

みながみな号泣し、ひとりもさめざめと泣いたりしないということの裏には、かような儀礼的文化を持つ側面があるのです。

北朝鮮という国の体制は異様で、確かに日本とは異なる文化を持つ国です。しかし、彼らが一見理解出来ない異様な振る舞いをしているからといって、まるで違う生き物であるかのように自分たちと切り離して考えてしまってはならないと僕は思います。政治がつくりあげた文化に染まり、行動も言動も支配された歴史は、この日本にだってあるのだし、今なおそのような側面がないとは言い切れません。

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