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京大iPS細胞研究所の研究不正 悪いのは「何様メディア」か

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「メディアとは何様なのだ」

[ロンドン発]京大iPS細胞研究所(山中伸弥所長)で起きた研究不正の報道に関し「数年前、STAP細胞騒動で、メディアは日本の再生医療の牽引役を自殺に追い込んだ。いったい、メディアとは何様なのだ」とマスコミの報道姿勢を批判する中村祐輔シカゴ大学医学部教授のブログがBLOGOSに転載された。

中村教授は筆者が中学時代に通っていた学習塾の先生(学生アルバイト)だったので、興味深く記事を拝読した。ブログで中村教授は「辞任の必要なし」と山中所長を擁護した上で、記者会見で所長を辞任するかと質問したメディアを批判し、問題を起こした助教の資質を厳しく問うている。

中村教授は臨床試験中のがん治療ワクチンをめぐって朝日新聞に「悪意を持って」(中村教授)報じられたことがある。記者の1人は産経新聞から朝日新聞に移った筆者の1年上の先輩だった。中村教授のような高名な学者がブログで発信していること自体、マスメディアへの強い不信を感じさせる。

STAP細胞事件では理化学研究所CDB(当時は発生・再生科学総合研究センター)副センター長が「マスコミなどからの不当なバッシング、理研や研究室への責任から疲れ切ってしまった」という遺言を残し自殺した。副センター長はメディアに追い込まれたから自殺したのだろうか。

この事件を丹念に追いかけた毎日新聞科学記者、須田桃子さんの『捏造の科学者』を読むと「STAP細胞はあります」と言い続けた女性研究者のキャラクター、iPS細胞に対抗心を燃やす副センター長の秘密主義、理研の隠蔽体質が問題を大きくしてしまった構図が浮かび上がる。

専門性もなく、記者会見で責任を糾弾するメディアは確かに「何様」と批判されても仕方あるまい。しかし、科学者と同じように科学の未来を信じて取材している科学記者がいることも忘れてはならない。

一読者の立場からは科学ニュースは専門的すぎて分かりにくく、科学記者の的を射た解説は有り難い。自分自身、今回の研究不正についてよく分からないところがあるので、イギリスの大学で活躍されている3人の研究者に疑問点をぶつけた。

疑問1 iPS細胞研究所の研究不正防止策は十分だったか

A氏「企業においては実験ノートの定期チェックや論文データ提出のルール化は標準になっているので、特許につながる研究が多いiPS細胞研究所はそれにならっていた。大学はその水準に達していないことが多い」

ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)ロンドンセンターフォーナノテクノロジー、紅林秀和グループリーダー
「実験ノートを定期的に提出しなさいというiPS細胞研究所の監査レベルは正直言って非常に高い。私の大学では定期的に実験ノートをチェックするようなことは義務化されていない」

「監督責任は現場に委ねられている。iPS細胞研究所は研究不正ができるだけ起きないようなシステムを作っていたが、それでも不正をゼロにはできなかったというのが今回の印象だ」

疑問2 論文の共著者が10人いても不正には気づかないものか

A氏「筆頭著者は自分ができないことを共著者に頼んでやってもらうので、筆頭著者と同じ実験のできる共著者はいなかったのでは。研究の責任は責任執筆者にあり、責任執筆者は不正がないかチェックする立場にあるが、性善説に立ってやっている。不正を行う人は微々たる数で、本気で不正が行われると見抜くのは難しい」

紅林氏「共著者もどこかの段階でディスカッションに参加したと思うが、おそらく不正に気づくのは不可能に近い。学生が実験データを持ってきた際、本当に実験したのかと問いただしていたら効率が悪すぎる。そこは未だに信頼関係の上に成り立っている」

疑問3 博士号取得者を大量に増やしたことや予算削減による過当競争が背景にあるのか

A氏「研究者間のプレッシャーが強すぎる。あの論文を出さなかったら問題の助教は生き残れていなかったのだろう。30年間ぐらい勉強してきてそこで失敗するだけで社会の底辺に落とされる。ゼロになる。ノイローゼになったり、自殺したりする人が出てくる。それはおかしい」

「一生懸命勉強して良い大学を出て、博士号を取ったような人は国の財産だと思う。その財産をどう活かしていくかを真面目に考えないとダメだ。研究者の中でもおかしいと思っていても、そんなことは誰も言わない。その風潮がおかしい」

「日本での生存競争が特に厳しいということではないが、日本では研究を止めると敗北者としてレッテルを貼られて研究周辺で生きて行けなくなる。イギリスでは研究をサポートする立場とか、アドミニストレータとかいろいろな所で生きていける」

「日本では研究者は研究者として成功した場合だけが成功した人間で、それ以外は敗北者的な考え方。セカンドチャンスを認めない日本では、そこに追い込まれた時の心理的なプレッシャーが圧倒的に強いと思う」

「任期制は任期中に結果を出さないと次がない。英米にならって任期制が日本にも導入されたが、アメリカではテニュア(終身雇用制度)がある。イギリスも基本的に何年かしたら終身雇用。生産性が上がるだろうと思って任期制を導入したら、研究者の受けるプレッシャーが膨大になり、不正を働かざるを得ない状況に追い込んでいる可能性は高い」

紅林氏「特定拠点助教はプロジェクトの長さにもよるが、3年なら3年で結果を残さないと、パーマネントに近い次のポジションに行けないのは事実だが、この問題は日本に限らず世界中どこにでもあるプレッシャーだ」

「博士号を取った人が大学ポストに対して多すぎて、ある程度のふるいにかけないといけないのが現実である。パーマネントのポストを1つ作るのにはものすごく労力がかかる。イギリスでは博士号取得者のわずか1%しか教授になれないという統計もある。この競争は日本でもイギリスでもそれほど変わらない」

「日本では少子化が進んでポストが減って競争が厳しくなるとマスコミは報じるかもしれないが、イギリスでは世界中から大学の教授になりたい人が集まってくる。競争率はむしろイギリスの方が高いだろう」

C氏「イギリスと日本で(研究環境に)変わりは特にない。イギリスの方が(日本に比べて)期限付きポジションが多いので研究者としての生存ということであればより厳しいと思う」

疑問4 山中所長に責任はあるのか

A氏「日本のどこで起きてもおかしくないことが今回iPS細胞研究所でも起きたということだと思う」

「小さな研究室では教官が数人の生のデータを見て研究を進めていくということは多々ある。iPS細胞研究所のような大きな規模になると、山中所長が生のデータを見るということはまずない。意図的に不正が行われていたとしたら気づくのはかなり難しい」

紅林氏「日本的には不正を防止できなかった監督不行き届きの責任を問う声が出るのかもしれないが、辞職を考えさせるマスコミの質問の仕方もよくないと感じる。その質問による影響をどれだけ考えての問いだったのだろうか」

C氏「(関係者の間には)山中先生の辞任を求める声はないようだ。責任著者でも、著者でもないので当たり前だ」

疑問5 今後の研究不正防止策は

A氏「研究者に過剰なプレッシャーがかからないような社会にするべきだ。政府も研究人生がすべてではないという教育をしている。研究がダメでも他に生きる道があるということを教えようとしている」

「グーグルも基礎研究をたくさんやっている。ソフトバンクも次の人材を育成している。楽しく、厳しく研究できる環境をどうやって与えていくかが今、重要なことと思う」

紅林氏「不正を防止するため対策をもっと厳しくすることはできる。実験ノートの提出を週1回にするとか。しかし、そうすると実験の生産性は著しく悪くなるだろう」

「研究者の使命は、研究資金を使ってできるだけ良い研究をすることである。不正はもちろんいけないことであることはすべての研究者が認識している。しかし、今回のような不正は今後も起こるだろう」

「それをどのように取り締まるかは非常に難しい問題だ。社会が過剰に反応して、研究所そして国の研究競争力を必要以上に失うことはあってはならない」

「今回の研究不正を行った助教は日本の社会ではもう研究できないだろう。当たり前だが、ものすごく厳しい罰だ。研究不正防止には文書化したもっと明確な罰則が必要と感じる」

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