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【佐藤優の眼光紙背】金正日死去を契機に日本政府が大量破壊兵器不拡散メカニズムの構築を強調することが拉致問題の解決につながる

万寿台の丘に集結した人々。(AP/アフロ)
万寿台の丘に集結した人々。(AP/アフロ) 写真一覧
佐藤優の眼光紙背:第125回

 北朝鮮に関して、ロシアは独自の情報源と人脈を持っている。金正日死去に関し、12月19日の国営ラジオ「ロシアの声」(旧モスクワ放送)が伝えたロシア科学アカデミー経済研究所のゲオルギー・トロラヤ氏の見解が興味深い。トロラヤ氏は、ロシア外務省第1アジア局次長(韓国・北朝鮮担当)で、対北朝鮮外交の経験が豊富な専門家である。
露専門家 金正日死後は集団指導体制

 朝鮮民主主義人民共和国の指導者金正日氏死去後、一定の期間は、集団指導体制が取られるだろうが、国内での権力闘争は、まず起こらないだろう。ロシア科学アカデミー経済研究所コリア・プログラムの責任者ゲオルギイ・トロラヤ氏は、リア・ノーヴォスチ通信のインタビューにこのように述べた。
 北朝鮮のマスコミは「継承者であり領導者」つまり後継者として故人の三男の金正恩氏の名を挙げている。トロラヤ氏は「北朝鮮指導部にとって金正日氏の死はショックとなったが、すでに数ヶ月の間に、正恩氏は一定の地位を国内で得ていた」とし、中国の専門家の意見に同意して次のように続けた。
 「新しいリーダーを長とする北朝鮮の国内権力の新たなシステムは、一年以内に構築される。北朝鮮の核プログラムに関する6カ国協議の今後について言えば、ここ数週間の間に6カ国の間で始まった肯定的プロセスが今後も続いてゆくよう期待する。しかし恐らく、韓国と米国は、北朝鮮に圧力を加えるだろう。ロシアの課題は、北朝鮮指導部の交代にもかかわらず、又北朝鮮国内の現状にもかかわらず、外交的プロセスを促してゆく事だ。」


 ここでトロラヤ氏の主張を敷衍すると次のようになる。

 1.金正恩氏が過去数カ月の間にエリート層の中で一定の地位を獲得しているので、北朝鮮指導部で権力闘争が起きる可能性は低い。
 2.金正恩氏をトップとする集団指導体制が構築されるが、そのためには最大限1年の期間が必要とされる。
 3.ロシアの国益にとって重要なのは、外交的手段で北朝鮮の核を管理することだ。


 金正日死去をめぐる日本政府の対応において、大量兵器の不拡散問題に関する危機意識が極めて稀薄である。ヨーロッパやイスラエルなどは、地理的に遠いにもかかわらず、金正日死去後の北朝鮮情勢に強い関心を持っている。それは、北朝鮮が核開発を行っているからだ。核兵器だけでなく、それを運搬する弾道ミサイルも保有している。生物・化学兵器も製造している。さらに日本ではあまり注目されていないが、北朝鮮は地下施設建設のための優れた技術力を持っている。イランの核施設が発見しにくいのは、関連施設や工場がすべて地下に建設されているからだ。軍事偵察衛星でも地下施設を探知することはできない。また、地下40メートルよりも深い施設(イランの場合、100メートルの施設もある)、それを通常爆弾で破壊することは難しい。北朝鮮社会が混乱することにより、これらの技術が流出することが懸念されている。

 北朝鮮社会の混乱には、大きく分けて2つのシナリオがある。

 第1は、指導部で権力闘争が起き、社会が混乱する可能だ。この可能性については、さまざまな議論が展開されている。確かに北朝鮮指導部に権力闘争や路線闘争は存在するが、それが現体制の枠組みを破壊することは、いずれの政治エリートにとってもリスクが大きすぎる。従って、集団指導制の枠組みを破壊しない範囲内での闘争になると見るのが妥当と思う。

 そこで重要なのは、経済を原因とする社会的混乱が発生する可能性について、情報を収集し、今後6カ月から2年くらいの近未来情勢を分析することだ。想定される大まかなシナリオは次のようになる。

 北朝鮮で市場経済が占める比率は部分的で、大部分は計画管理経済だ。また、食料品、衣類なのど配給を重要である。国民レベルでのカリスマ性が金正日氏と比較して、金正恩氏は低い。その結果、職場での横流しや横領が急増する。そのため計画経済で想定された相互連関が断絶され、物品が十分に清算されなくなくなり、社会的な混乱が生じる。そのために経済難民が発生する。

 金日成体制下、さらに金正日体制下では、核兵器や弾道ミサイル開発に従事している研究者や技師に対しては、優先的な割り当てがなされていた。これが不可能なほどに経済的混乱が生じる可能性がある。これらの大量破壊兵器のノウハウを持つ人々、また地下施設建設の知識を持つ専門家を一部の中東諸国は喉から手が出る欲しがっている。大量破壊兵器の拡散防止というと核物質や弾道ミサイル、あるいは生物・化学兵器が北朝鮮から物理的に別の国家(あるいは国家を持たない国際テロ組織)に移転することの阻止が頭に浮かぶが、それ以上に危険なのはこれらのノウハウを持った人間が北朝鮮から出国し、そのノウハウを提供することだ。北朝鮮は情報管理が厳しくなされているので、誰がそのような科学者や技師であるかを特定することは不可能である。イラン、シリア、エジプト、レバノンなどは北朝鮮と武器売買のネットワークを持っている。これらのネットワークを用いて、中国に出国した北朝鮮人が中南米に渡り、そこで名前と国籍を変更することはそれほど難しくない。その上で、大量破壊兵器の製造や地下施設の建設に対して、対価を払う国家に観光客を装って送り込むこともそれほど難しくない。このような形態での大量破壊兵器などの技術が北朝鮮から流出するのを防ぐ方策を今から日本政府が考えておく必要がある。

 例えば、日本、米国、EU、韓国などが資金を提供し、「平壌国際科学技術研究センター」(仮称)のような国際機関をつくることだ。現在、北朝鮮で核兵器、弾道ミサイル、生物・化学兵器などの大量破壊兵器や地下施設建設などに従事している研究者や技術者に、平和目的の研究を支援するプロジェクトを与え、生活を保障する。外国の政府機関だけでなく、民間企業も、このプロジェクトに参加できるようにする。当初、北朝鮮側は強い忌避反応を示すであろうが、徐々に北朝鮮の研究者、科学者がこのプロジェクトに魅力を感じるようになる。このような大量破壊兵器の不拡散メカニズム構築の必要性を日本政府が強調することが、拉致問題に対する実効性のある国際的支援を得る上でも役に立つと筆者は考える。

 北朝鮮情勢が流動化した状況を最大限に利用すべきと思う。「過渡期における北朝鮮の安定を支援することが関係国すべての利益に適う」という大義名分を掲げ、北朝鮮における影響力拡大を図る戦略を構築することだ。この機会に思い切って北朝鮮に対する制裁を解除し、「トロイの木馬」方式で、北朝鮮に入り込む工作を展開すべきと思う。拉致問題を解決するためにも、日本政府が北朝鮮、まずは平壌に拠点をつくることが重要だ。これまでのステレオタイプにとらわれない積極的な対北朝鮮外交を進める必要がある。(2011年12月20日脱稿)

プロフィール

佐藤優(さとう まさる) 1960年生まれ。作家。1985年に外務省に入省後、在ロシア日本大使館勤務などを経て、1998年、国際情報局分析第一課主任分析官に就任。 2002年、鈴木宗男衆議院議員を巡る事件に絡む背任容疑で逮捕・起訴。捜査の過程や拘留中の模様を記録した著書「国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社、第59回毎日出版文化賞特別賞受賞)、「獄中記」(岩波書店)が話題を呼んだ。
2009年、懲役2年6ヶ月・執行猶予4年の有罪判決が確定し外務省を失職。現在は作家として、日本の政治・外交問題について講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。近著に「予兆とインテリジェンス」(扶桑社)がある。

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