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【赤木智弘の眼光紙背】不誠実な批判の帰結を考えよう

赤木智弘の眼光紙背:第204回
 明治の粉ミルクから、「22から31Bq/kg」という微量のセシウムが検出された。明治は該当ロットの商品を回収し、新しい商品に交換するという。(*1)

 これに対して、放射性物質を忌避する人たちは「子供用の粉ミルクに、放射性物質が混入するなどトンデモない」として、明治を批判している。

 2週連続、放射性物質の話で申し訳無いが、前回とは少し毛色の違う話をしたい。
 この件について私が分からないのは、今回なぜか「ベラルーシの基準」が、全く話題にも上がらないということだ。
 ベラルーシにおける現在の子供用食品の暫定基準値は「37Bq/kg」という値である。(*2)
 これまで、放射性物質を過剰に忌避する人たちは、このベラルーシの数値を振りかざし、政府や東京電力に対して「ベラルーシを見習え! 声を聞け!」と、盛んに批判を加えてきた。
 今回、問題とされた明治の粉ミルクに含まれるセシウムの値は「22から31Bq/kg」であり、このベラルーシの基準よりも低い値である。ならば「ベラルーシの基準内だから問題はないだろう」と、判断するのが筋のはずである。ところが、これを聞いた彼らは、なぜか「明治不買だ!」などと憤っている。そうした一連の対応が、私にはひどく不誠実としか思えないのである。
 「ベラルーシの基準でやれ」というなら、それを要求する側もベラルーシの基準を受け入れなければならないはずである。にも関わらず、彼らはベラルーシ基準以下の粉ミルクまでもを「セシウムが含まれているから」というだけで攻撃し、不買運動などを呼びかけている。
 もっとも、最近の彼らのトレンドは「ドイツ放射線防護協会」のようで、ここが基準として「成人は8Bq/kg、子供は4Bq/kg」という値を出しているようで、政府はこれに従うべきだ!と大騒ぎ。ベラルーシの基準など忘れてしまったかのようだ。

 大抵のジャーナリストは彼らの不誠実さに気づいた所で「市民は政府の対応に不信を抱いている。市民は悪くない」とお茶を濁して話を丸めてしてしまうのが常だが、それは軽く飛び越えるとして、そうした不誠実な対応が、どういう結果を産むのだろうか。
 一番予想できる結果としては、その数値にかかわらず放射性物質が含まれるだけで不買運動などを呼びかけられ、企業イメージを貶められると考えてしまえば、できるだけ放射性物質に関わる数値を隠蔽しようとしてしまう。放射性物質を過剰に忌避する人たちは、よく「安全側に倒す」という言葉を使うが、企業にとっては、どんな値であっても数値を公表しない方が「安全側に倒す」ということになるかもしれない。
 放射性物質を過剰に忌避する人たちは、政府や東電を信用していないかもしれないが、自らの行動に明確な指針を持たず、コロコロと主張を変えてしまうような彼らの運動も、同じように信用できない。企業が信用できない運動体の言うことを聞くとは到底思えない。

 逆に良心的な企業は、できるだけ放射性物質の数値を低くしようと努め、例えば10Bq/kg以上の放射性物質が検出されたミルクは全部出荷をしないということをするかもしれない。しかし、そうしたコストは商品の価格や、生産工程などにおけるコスト削減によって穴埋めするしかない。商品価格が上昇は裕福な家庭であれば問題がないかもしれないが、母子家庭などの貧しい家庭にとっては大変な負担になる。(*3)
 また、生産工程などによるコスト削減は、そのまま非正規労働者の労働を奪うことになる。雇用数の削減ならまだしも、日本国内で放射性物質が混入する危険があると判断すれば、工場などをそのまま中国やタイやベトナムなどに移転するかもしれない。
 安全へのコストは決してタダではない。どこかで誰かがそのコストを負担している。そのことに一切目を向けず、「子供の安全」を錦の美旗に、「経済性を犠牲にしてでも子供の安全を守れ」と主張するのであれば、少なくとも私は、貧しい人達が経済性の犠牲に巻き込まれないように、貧困者の人権を掲げて、彼らに対抗していくしかない。

 私は、放射性物質に対して危機感を覚える人の気持を揶揄するつもりはない。
 しかし、前回扱ったような、7倍と7%の区別もつかず、デマを「本当だった!」と強弁する姿勢や、今回のように自ら持ちだした基準を自ら受け入れず、目立った企業を攻撃して溜飲を下すような姿勢では、本当にちゃんと放射性物質のことを考えているのか疑わしい。
 放射性物質の問題は、けっしてそれだけではなく、社会の多くの問題と結びつく。子供たちや、子を持つ親の安全安心だけではなく、もっと多くの人達の安全安心を含めて、今一度、運動のありようを考えなおすべきではないだろうか。

*1:「明治ステップ(850g缶)」のお取り替えに関するお詫びとお知らせ(株式会社 明治)http://www.meiji.co.jp/notice/2011/detail/20111206.html
*2:ベラルーシの25年 段階的な対策に学ぶ(FOOCOM.NET)http://www.foocom.net/column/answer/4441/
*3:単身女性、3人に1人が貧困 母子世帯は57%(asahi.com)http://www.asahi.com/national/update/1208/TKY201112080764.html プロフィール 画像を見る赤木智弘(あかぎ・ともひろ)
1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。

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