- 2018年01月09日 12:36
「笑ってはいけない」と「笑えない」ということの話
1/2今日は「笑ってはいけない」の話。
年明けから物議を醸しているけれど、人権とか差別とか、そういう話は置いておいて、あれを観て感じた、今の時代に「笑える」と「笑えない」の基準が変わりつつあるんじゃないかという話。
【ガキ使速報】
— ダウンタウンのガキの使いやあらへんで! (@gakitsukatter) 2017年12月31日
浜田が着替えたらエディ・マーフィーになりました。#ガキ使 pic.twitter.com/OstIKlP5Vq
年末恒例のお笑い番組「笑ってはいけない」シリーズは、今年は『絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時!』。僕はいつも紅白歌合戦を観ているのでリアルタイムで観てはいないのだけど、後日放映された『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』で総集編をちょっと観た。
正直言うと、少しも笑えなかった。
前から嫌いだったというわけじゃない。10年前くらいはずいぶん好きで観てた記憶がある。「笑ってはいけない警察24時!」とか「笑ってはいけない病院24時!」とか。「板尾の嫁」みたいな名物キャラクターにゲラゲラ笑ってた。でも、久しぶりに見たら、なんか、いい大人がケツを叩かれたり蹴られたりしているのを見て「あれ? なんでこの絵を見て笑えてたんだろう?」と思ってしまった。昭和のお笑いを見てるような気持ち。
あれだ。『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ!!』を再放送で観たときの感覚と近いかもしれない。

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あれも子供のころは大好きだった。でも久々に観た番組は「あれ? なんでこれ面白かったんだっけ?」だった。「リアクション芸」という言葉があるのはわかる。芸人たちが身体を張っているのもおもしろい。でも、罰ゲームと称して人がひどい目にあっている様子そのものに冷めるというか、それを見世物として提供している制作側の視線を感じて笑えなくなった。多くの人が指摘していることだけど、やっぱりこれ、いじめの構造だよね。
時代が変わったのだろうか。僕の感覚が加齢で変わったのだろうか。
後者の可能性もある。『絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時!』は、視聴率的には17.3%ということでかなりの好成績だったらしいし。
でも、やっぱり時代が変わったのも大きいと思う。何が笑えるか、何がおもしろいか。その基準が変わってきたのだと思う。
■海外に問題が広がった「ブラックフェイス」
『笑ってはいけない』では、番組内でダウンタウンの浜田雅功がエディー・マーフィに扮して肌を黒くメイクしたことが物議を醸している。
www.huffingtonpost.jp問題はBBCやニューヨーク・タイムズが報じるなど海外にも広まった。
ベッキーに「不倫の禊だ」ということでタイの格闘家がサプライズで蹴りを入れるシーンもあった。それを周りの男性芸人たちが笑いながら見ているというシーンも問題になった。
僕としては、今の時代の文脈に即して言えば、ブラックフェイスはもはや人種差別的表現にあたると思う。ベッキーにキックをしたのも、やっぱりいじめの構造だと思う。
ただ、僕は別に番組を糾弾したいわけじゃない。じゃあココリコ田中が蹴られるのはいいのか、とかそういうことじゃない。
「海外に比べて日本は〜」という話にしてしまうのも一面的だと思う。たとえばオーストラリア出身のお笑い芸人、チャド・マレーンが「笑ってはいけない」シリーズが海外で大人気になっているという話を書いていたりもする。
僕が考えているのは「笑えるかどうか」ということ。笑えるってなんだろう。おもしろいってなんだろう。