記事

地球温暖化がイスラエル-パレスチナ紛争を加熱させる 火種としての水

2/2

イスラエルとパレスチナの水利

 このように水の問題は、まさに地下水脈のように表面からは分かりにくいものの、パレスチナ問題の底流としてあり続けてきたといえます。なかでもヨルダン川の水利は、両者にとって死活的な重要性をもつものです。

 ヨルダン川はシリアとレバノン、イスラエルの国境付近にあるアンチレバノン山脈やゴラン高原からガリラヤ湖(ティベリアス湖)を経由し、ヨルダンとの国境に沿って死海に注ぎます。その距離は約425キロメートルに及び、古くはイエスがその水で洗礼を受けたと伝えられます。

 このヨルダン川はイスラエルにとってまさに生命線。とりわけ、ヨルダン川西岸に入植しているユダヤ人にとって沿岸のヨルダン川の水は、生活用水としてはもちろん、農業開発に不可欠の資源でもあります。

 ただし、水の不十分さによる「水ストレス」は、パレスチナの方が深刻です。1967年以来、ヨルダン川西岸はイスラエルによって占領されているため、パレスチナ自治政府は自由に水資源の開発をできません。その結果、2010年段階で約760万人のイスラエルが利用した水が約12億立方メートルだったのに対して、約378万人のパレスチナが利用した水は約3億3360万立法メートルに過ぎませんでした。このうち、ヨルダン川西岸に暮らすパレスチナ人の水の消費量は一人当たり平均一日70リットルで、これは世界保健機関(WHO)が定める基準値、一日100リットルを下回ります

犬猿の仲の水外交

 両者にとって水の利用が重要テーマであるだけに、イスラエルとパレスチナ自治政府は他の問題での交渉が行き詰まりながらも、この問題に関する協議を続けてきました。2013年12月にヨルダンを交えた三者は以下の内容に関して合意しました

  • 紅海に面した(イスラエルと国交のある数少ないアラブの国の一つ)ヨルダンのアカバに淡水化プラントを建設し、年間3000万立法メートルの淡水をヨルダンに、年間5000万立法メートルの淡水をイスラエルに、それぞれ供給する。
  • 淡水の輸送のため、3億ドルを投じてパイプラインを建設する。
  • 海水を淡水化する過程で発生する、濃縮された塩水は、やはりパイプラインを通じて、水位が低下している(沿岸の一部が国連決議で定められたパレスチナ領にあたる)死海に輸送して廃棄する。
  • パレスチナ自治政府もイスラエルから年間3000万立方メートル購入できる。

 この合意に関して、濃縮された海水を死海に放棄することが環境にもたらす悪影響への懸念も指摘されましたが、既に水不足が深刻化していたイスラエルのシャロン水・地域協力相(当時)は「歴史的」と自賛。ただし、パレスチナへの水輸出はヨルダン川西岸に限定され、イスラエルへの攻撃を辞さないイスラーム組織ハマスが支配するガザ地区は除外されました。

 これに続いて2017年7月に両者は、2013年の内容を拡張させて以下の各点に合意しました

  • アカバの淡水プラントからパレスチナのヨルダン川西岸(2200万立法メートル)、ガザ(1000万立法メートル)に年間3200万立法メートルの淡水を輸送すること。
  • 5年以内に世界銀行の支援のもとでパイプラインを建設すること。
  • パレスチナ自治政府はイスラエルから淡水を購入すること。

水外交の「現実性」

 この合意の成立後、イスラエルのハネグビ協力相は「双方の緊張を緩め、融和に繋がる」と評し、仲介役となった米国のグリーンブラット特使も「この新たな取り決めが相互の利益のための協力を促すことを期待する」と述べました。犬猿の仲であっても、どちらか一方が全ての水利を握れない、言い換えるならどちらかが全面的に勝てない状況にあっては、「合意できるところから合意していく」ことは現実的ともいえます。

 ただし、この合意が結ばれても、イスラエルがヨルダン川西岸の占領を継続している以上、パレスチナ自治政府による水資源の利用は制限されています。したがって、この取り決めでイスラエルへの依存度が高まれば、「パレスチナ国家の独立」に関する最終交渉におけるイスラエルの優位を固定するものになりかねないという懸念がパレスチナ側にあることは、不思議ではありません

 2017年7月の交渉結果を受けて、パレスチナ自治政府の水問題担当のゴネイム氏は「イスラエルの占領が続く限り危機は終わらない」、「今回、認められた我々の水に関する権利は、もともと我々の権利だ。なぜなら死海にはパレスチナの領海線もあるからだ。したがって、この取り決めが我々の独立に関する最終合意に影響を及ぼすことはない」と強調しています

水トラブルの導火線

 この背景のもと、冒頭に述べたように、イスラエル-パレスチナの一帯では近年、降雨量が減少しているのです。

 2013年や2017年の取り決めは、主に紅海沿岸のアカバにおける淡水プラントで生産された淡水の流通を主なテーマとしており、水の安定的確保を重視しています。ただし、ヨルダン川沿岸での水量が今後さらに不足した場合、海水を淡水にするプラントの需要はさらに高まることが想定されます。ところが、干ばつが発生した場合、イスラエルからパレスチナにどの程度が販売されるのかの対応は、確認される範囲で、2017年の取り決めで定められていません

 2016年6月、水が最も不足する時期に、イスラエルからパレスチナへの水供給量が突如として通常の30~40パーセントに激減。ヨルダン川西岸では水価格が高騰しました。これに関してイスラエル当局は「技術的な問題」と説明しましたが、パレスチナ側では「水を兵器にしている」という批判が高まりました

 今後ヨルダン川沿岸での水量が減少すれば、イスラエル政府は国内政治の観点からユダヤ人入植者のニーズを優先的に満たさなければならず、2017年の取り決めで定められたパレスチナへの水供給が実現しない可能性すらあります。それはひいては生活状況のさらなる悪化とともに、イスラエルへの不満を増幅させかねないといえるのです。

※Yahoo!ニュースからの転載

あわせて読みたい

「イスラエル」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    河野太郎は自民総裁選で勝てるか? 父と祖父があと一歩で届かなかった首相の座

    田原総一朗

    09月21日 08:02

  2. 2

    全国フェミニスト議員連盟の釈明は、明らかに虚偽を含み極めて不誠実である

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    09月20日 16:58

  3. 3

    「テレビ報道が自民党一色になっていることへの懸念はあった」立民・安住淳議員に呆れ

    鈴木宗男

    09月20日 15:48

  4. 4

    引きずり下ろされた菅首相の逆襲が始まる「河野内閣」で官房長官で復活説も

    NEWSポストセブン

    09月21日 08:42

  5. 5

    「感染ゼロではなく、重症化ゼロを目指す。医療と経済は両立できる」現場医師の提案

    中村ゆきつぐ

    09月21日 08:28

  6. 6

    <オダギリジョー脚本・演出・編集>連続ドラマ『オリバーな犬』に危惧

    メディアゴン

    09月20日 10:32

  7. 7

    「論文ランク1位は中国」ノーベル賞常連の日本が貧乏研究者ばかりになってしまった根本原因

    PRESIDENT Online

    09月20日 14:10

  8. 8

    混雑する観光地、お休み中の飲食店…「国民の祝日」が多すぎることのデメリットを痛感

    内藤忍

    09月21日 11:56

  9. 9

    医療逼迫招いたのは日本医師会か 医師不足に触れず「病床増やそう」は欺瞞

    NEWSポストセブン

    09月20日 17:06

  10. 10

    コロナ第五波の新規感染者数が減少 原因を医学博士が推察

    先見創意の会

    09月21日 09:24

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。