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子育てにおける「長与千種メソッド」のジレンマ

ちょっと遅くなってしまいましたが、以下のエントリを読んで、いろいろ考えたことなど。
参考リンク(1):アルファケンタウリに到着しました! - 北沢かえるの働けば自由になる日記

これを読んでいて、思い出したのが、クラッシュ・ギャルズの長与千種さんのことでした。

参考リンク(2):『1985年のクラッシュ・ギャルズ』感想(琥珀色の戯言)

クラッシュ・ギャルズのふたりは、全日本女子プロレス(全女)の同期だったのですが、対称的なポジションにいたのです。
体格・運動神経に恵まれ、トップの成績でオーディションに合格し、将来を嘱望されていた飛鳥と、男の子が欲しかった父親からは露骨に失望を見せられ、周囲からは「バーの子」と蔑まれながら、女子プロレスラーになることだけを夢見て「補欠合格」のような形で入門してきた長与千種。
同期のなかにも、強烈なライバル意識やイジメがあり、経営陣からは「使い捨て」にされてしまう。

なぜ、そこまでして、プロレスラーになりたがるのか?
 新人の基本給はわずか1万円。合宿所は自炊で、米だけは支給されるものの、おかずや調味料はすべて自費で購入する。
 金のない雑草組は夜遅い時間に酒屋に行き、ビールやコーラの大瓶を盗んだ。朝になって、盗んだ瓶を同じ酒屋に持っていくと、一本30円か40円で引き取ってくれた。酒屋のおじさんはすべてを知っていて騙されてくれたのだろう、と千種は今になって思う。
 酒屋でもらった金を持って八百屋に行き、じゃがいもだけを買ってふかして塩を振って食べたり、マヨネーズを直接ご飯の上にかけたりした。経理担当の女性からは「あなたたちはお米を食べ過ぎです!」と叱られたが、米しかないのだから仕方がなかった。
 長与千種さんがプロデビューしたのは1980年。日本も、けっこう豊かになった時代でした。

 ハードな練習に耐えていくには、厳しすぎる環境です。
 あらゆるマイナスの感情をぶつけあう炎の中で、全女の選手たちは精神的にも、肉体的にも鍛え上げられていく。
 1986年にジャパン女子が旗揚げするまで、女子プロレス団体は全女ただひとつしかなかった。全女を去ることは、そのままプロレスラー引退を意味した。
 ジャンボ堀は新人の頃、足首を粉砕骨折する重傷を負い、「痛いから病院に行かせて下さい」とコーチに必死に頼んでも「サボるんじゃないよ」と縄跳びをさせられた。
 ライオネス飛鳥もまた、アバラ骨を骨折したことがあったが、自転車のタイヤのチューブを開いて何重にも巻きつけて、何でもないフリをした。試合に出してもらえなくなるからだ。

「無理したら一生歩けなくなりますよ」と医者に一か月の絶対安静を言い渡された時にも一週間で戻った。
 全女とは「狂犬を作るためのシステム」(長与千種)なのである。
 だが一方では、大勢の同期の中から自分ひとりが抜擢されたことは、若い選手にとって大きな誇りでもある。
 態度には出さずとも、残された同期との間には徐々に溝ができてくる。
 いやもう本当に、スパルタ教育というか、酷い扱いです。

 憧れのプロレスラーになるためには、この「全女」の言いなりになるしかない、という状況を最大限に利用して、若者たちから搾取しているようにしか思えません。
 もし当時ネットがあって、誰かがこんな状況を書き込んだら、「そんなブラック企業は辞めてしまえ!」という批判のレスがたくさんついたことでしょう。
 当事者たちも「これはおかしい」と思いながら、結局、自分たちが若手のあいだは、改革することはできなかったのです。
 先輩たちも「自分たちだって、これで鍛えられて(これが「鍛える」ことなのか疑問ではあるとしても)きたのだから」と、その「伝統」を受け継いでしまっていました。

 後年、長与千種さんは、GAEA・JAPANという自らの団体を立ち上げます。
 この団体は、全女で長与さんが受けた仕打ちへの「反省」をもとに、若手の育成を目指したのです。
 長与千種は里村たち若いレスラーを”自分の子供”と呼ぶ。

 愛する子供のために、母親は必死に環境を整えるものだ。
 寮費も食費もタダ、プロレスの技術と表現を教える最高の教師も用意した。
 試合数を減らして健康管理に万全を期し、負傷した際には治療費入院費を出した。
 夏には竹を切って流しそうめん大会をやり、冬にはみそちゃんこをふるまった。畑を借りてGAEAファームと名づけ、種蒔きの時にはみんなでシュウマイ弁当を食べた。
 かゆいところに手がとどくような細やかな配慮がそこにはあった。
 しかし、優しい母親は、同時に支配者でもあった。

  新横浜にある道場の二階で暮らす選手たちの生活は、軍隊以上の厳しさで管理されている。長与千種は朝の8時に道場にやってきて、夜の12時1時まで延々と道場で過ごす。その間、ずっと若手の練習を見て、面倒を見る。
 プロレス雑誌を読む時は付き人の里村明衣子をつかまえて「この選手のこの表情を見てみろ。この目線がいいんだよ」「このロープをつかんだ手の表情を見てみろ。手だけで伝わってくるものがあるだろう? ここなんだよ」と、プロレスのディテールを延々と解説するのだ。
 GAEAの選手たちには一切の自由がなく、心の余裕を持つことができなかった。
 こうして長与さんが心を込めて「育成」したGAEAの選手から、「第二のクラッシュ・ギャルズ」が登場することはありませんでした。

 不遇な子供時代、冷遇された若手時代から、自分で自分をプロデュースすることによって這い上がってきた「長与千種」のようなカリスマ性を、彼女の「子供たち」は、身につけることができなかったのです。
 プロレスは巧いのだけれど、「子供たち」には、観客を魅了する「何か」が足りなかった。
 女子プロレスそのものが、時代に合わなくなっていたのだとしても。

 こういうのは、「特殊な世界のこと」だけなのかもしれません。

 というか、そうであってもらいたい。
 おそらく、「平均的にみれば」この「長与千種メソッド」のほうが「良い子」になると思うんですよ。
 しかしながら、「イビツな環境」が、「突き抜けた能力」を生み出すこともある(もちろん、低い確率ではありますが)。
 その一方で、「雑草のうたれ強さ」と同時に、「世間の常識との乖離」や「過剰な独善性」が助長されてしまうこともある。
 たとえば、あの金メダルを2回も穫った柔道家のように。

 「トマトは肥料を極力与えないようにしたほうが、おいしくなる」という話があるじゃないですか。
(参考リンク(3):永田農法のトマト栽培)
 飢餓状態になると、かえって、「生きる力」が養われるのかもしれません。

 でも、相手がトマトであれば、そういう試みも可能でしょうけど、自分の子供で「実験」ができる親は、ほとんどいないはず。
 どのくらいかが「適度な飢餓状態」かを調べるために、さまざまな状態に子供をおいてみる、なんてことが許されるはずもない。

 もちろん、そうやってみるべきだとも、僕には思えませんし。

 結局、「うまくいけば、それが『正解』だったのだ」と考えるしかないのかな、などと半ば諦め気分でもあるのです。
 子供に対して、「やりたいことをしてあげられない」のもつらいけど、「やれることを、あえてやらないようにする」のも、けっこうつらいですよね、実際。

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