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習近平一強体制を支えるのは誰か:「浮遊者」にみる「トランプ政権を生んだ米国」との共通性

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米国社会を支えてきた者

 ところで、浮遊者によって占められる社会が強権的な支配を容認する点で、「民主化しない中国」は「トランプ政権を生んだ米国」と共通します

 もちろん、中国と米国では政治体制や社会の成り立ちが大きく異なり、自他ともに認める「民主主義の一つの中心地」です。1930年代に世界を覆った全体主義も、米国での影響はわずかでした。これに関して、自由主義経済の主導者の一人であったフリードリヒ・ハイエクは1944年、「ヨーロッパ大陸における全体主義の発生の一つの要因‐それは英国や米国にはまだない‐が、最近、剥奪された大きな中産階級の存在であるということを忘れてはならない」(『隷従への道』)と述べ、中間層が全体主義化という極端な道に進む防波堤になったと捉えました。

 米国の中間層は民主政を支えてきたわけですが、これは「極端な変更を嫌う」点で、共産党体制を受容してきた中国の中間層と共通するといえます。ところが、この点に関しては中国と対照的ですが、米国では中間層が衰退しつつあります。グローバル化が進んだ1990年代以降、米国では上位20パーセントの所得層の握る富が増え続けてきた一方、それ以外の人々の占める割合は減り続けてきました。

 この点に関して、「グローバル化を推進した者が米国から中間層を奪い、アジアに中間層を生んだ」というトランプ氏の主張は、その限りにおいて正鵠を射ているといえるでしょう。その一方で、トランプ氏は中間層の衰退と格差の拡大に基づく憎悪と不満を背景に、議員や裁判官とのバランスに顧慮する三権分立や立憲主義に否定的な姿勢を隠さず、保護貿易や大規模な公共事業など国家主義的な経済政策を訴える「国民の声」の代弁者として台頭しました。ハイエクが称揚した「米国社会の健全さ」が失われたことを、他ならぬトランプ氏が指摘したことは、皮肉と言わざるを得ません。

 つまり、中国で「中間層が増えたことで、政治的に不活発になることで国家主義が受容されてきた」のと対照的に、米国では「中間層が減ったことで、その改善を求める気運によって国家主義が台頭した」のです。言い換えると、正反対の端緒が類似した結果をもたらしたといえるでしょう。

米国社会の液状化

 その一方で、社会のなかで浮遊する者が増え、結果的に結束や団結が失われつつある点で、米国は中国とほぼ同じといえます。

 もともと各地からの移民によって建国された米国では、中国と対照的に、個々人が自発的に組織に参入することがむしろ当然でした。個々人はそれぞれキリスト教会やその関連団体(YMCAなど)、地域のスポーツクラブ、職業団体、趣味や学術団体など、さまざまな組織に参加し、それらを通じて自分たちの意見や要望を政治に反映させようとします。500万人以上の会員を抱え、銃器取り締まりに否定的な全米ライフル協会(NRA)は、その典型です。米国社会に色濃くみられる、各種の団体が競い合うように林立するあり様は、政治学において多元主義と呼ばれます。

 しかし、近年では米国でもやはり「浮遊者」が増えつつあります。例えば、米国社会で最も基礎的な組織はキリスト教会に代表される宗教団体ですが、それに定期的に通う人は減少し続けています。ギャラップ社の調査によると、1956年には「過去1週間に教会に行った人」は49パーセントでしたが、2016年には36パーセントにまで下落しています

 米国の政治学者R.パットナムは、1995年の「ひとりでボウリングをする」という論文で、1980年から1993年までの間にボウリング人口が10パーセント増えたにもかかわらず、クラブに所属する人は40パーセント減少したと報告しています。そのうえで、あらゆる行為の個人化が進む社会では、他人に対する信頼感が低くなりがちで、それは政府への不信感に結びつきやすく、結果的に政治的な不活発に至ると論じました。

 中間層の衰退に象徴されるように格差が拡大し、それにつれて社会全体に憎悪や不信感が増す状況のもとで、自発的な組織に加入しない個人が増加することは、保護欲求などを満たすために、それらの中間にある団体をバイパスして国家と自らを直結させた視点をもちやすくしがちです。つまり、浮遊者の増加は「米国第一」を掲げ、その短期的利益のためには他国からの評価や少数者の権利を無視しがちなトランプ政権の台頭を促したといえるでしょう。

リアルな人間関係は回復できるか

 こうしてみたとき、中国で民主化が進まないことと、米国でトランプ政権が生まれたことには、浮遊者が少なからず影響を及ぼしているといえるでしょう。ただし、国家主義の潮流は中国と米国に限ったものではありません。それは厳しさを増す国際環境の結果であると同時に、新たな緊張や対立をもたらす原因ともなっています。いわば、個人がバラバラになっていくのと連動して、世界の底が抜け始めているといえるでしょう。

 独立から間もない19世紀に米国を視察したフランス人裁判官で、後に大著『アメリカのデモクラシー』を著した哲学者でもあるアレクシ・ド・トクヴィルによると、当時の米国人はそれぞれの地域の問題を寄り集まって協力して解決するなかで、単純に多数決で物事を決めることが各自の自由を脅かすことがあることを学んでいました。いわば「自由の味に慣れる」ことが、国家主義や専制を免れる道であるとトクヴィルは示したといえます。

 日本でも年代間や地域間の格差は大きい一方、限界集落が増え、都会では近隣との付き合いも疎遠になりがちで、浮遊者が増え続けています。ソーシャルネットワークが全盛の現代において、その利点を活かしつつ、リアルな人間関係をいかに築くかは、個々人レベルだけでなく、一国単位、果ては国家間の関係にまでおよぶ課題であり、日本もそれと無縁でないといえるでしょう。

※Yahoo!ニュースからの転載

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