記事

【読書感想】底辺への競争 格差放置社会ニッポンの末路

1/2

底辺への競争 格差放置社会ニッポンの末路 (朝日新書)

底辺への競争 格差放置社会ニッポンの末路 (朝日新書)

Kindle版もあります。底辺への競争 格差放置社会ニッポンの末路 (朝日新書)

底辺への競争 格差放置社会ニッポンの末路 (朝日新書)

内容(「BOOK」データベースより)
「パラサイト・シングル」の発見から20年、「婚活」ブームから10年―「家族形成格差」の拡大が社会を引き裂く。“アリ地獄”から抜け出すにはどうすればいいか?日本を覆う「怯え」の正体。
 「底辺への競争」って、なんというか、そんなものに向かって競争する人なんていないだろうに……という感じなのですが、このタイトルについて、著者は冒頭で説明しています。
 15年ほど前にアメリカでベストセラーになった『The Race To The Bottom』(2000年、日本未訳)という論考があります。

 本書のタイトル「底辺への競争」は、その米経済学者のアラン・トネルソン氏が上梓した論考の日本語訳にあたる言葉を借りて、今日の日本社会の現状を表すものとして、私の中で初めて提示する言葉です。

 トネルソン氏は、グローバリゼーションが進む中、世界規模で繰り広げられる経済競争によって、労働者の賃金も社会保障も、最低水準まで落ち込んでいく様相を「底辺への競争」と名付けました。

 日本では、1990年代半ばからグローバリゼーションの波が押し寄せました。その結果、私が『希望格差社会——「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』(2004年、筑摩書房)で述べたように、フリーターや派遣社員など非正規雇用の人たちが増えていくという労働状況の変化が起こります。

 アメリカでは、そうした労働状況の変化がすぐに、生活できない若者の増大という貧困化・下層化に直結するのですが、日本では、それが最低限の生活もできないほどの貧困化・下層化には直結しませんでした。

 日本でまず起こったことは「下流化」というものでした。

 私の定義では、下流とは「最低限の生活はできるけれども、いまよりも裕福になること(上昇移動=中流になること)が期待できない状態」のことです。日本では、たとえばフリーターであっても親と同居していれば、将来に希望はもてなくても、とりあえず生活を楽しむくらいのことはできるわけです。また、生活保護という制度として優れたものがあるので、食べ物に困ることもめったに起こりません。しかし、「将来」ゆとりのある中流生活ができるという見通しを描くことはできない。そんな状況です。それが当時の若者の状況だったと思います。

 同じ「底辺」でも、日本とアメリカでは、その意味する内実が異なっているのです。

 著者は、「底辺への競争」の内実は、中流生活を維持するための競争だと書いています。
 かつては「一億総中流社会」と言われていた日本なのですが、いつのまにか格差が広がり、相対的貧困に陥る人たちが増えてきたのです。

 いま「中流」にいる人たちには、「給食が一日の主食の子どもがいる」とか、「奨学金が払えなくて、自己破産してしまう」なんていう人たちの姿は、かなり見えづらくなっているんですよね。

 こんなことを書いている僕自身も、本で読むような「貧困にあえぐ人たち」と直に接する機会はほとんどなくて、実感がわかないところもあるのです。

 現在の日本では、一部の「意識の高い若者」を除けば、「結婚したい」「正社員になりたい」というような、「上昇志向」というより、一昔前に「あたりまえ」だとされていたことが、「夢」になりつつあるんですよね。

 人間、期待したものを得られないより、すでに持っているものを失いほうが精神的にずっときつい、という研究結果があるそうです。

 アメリカでトランプ政権を誕生させたのも、これまでずっと真面目に働いてきたはずなのに、いつのまにか安い労働力の前に仕事を失い、「中流」から「下層」に落ちてしまいそうな白人労働者層の投票行動の結果だと言われています。

 1990年代、私が当時20歳代の親同居未婚者、つまり「パラサイト・シングル」を調査したときには、彼・彼女たちは親が子どもだった頃よりもはるかに「リッチな生活」をしていました。当時の若者は親が経験した以上の豊かさを享受できていたのです。

 おおむね、1940年代生まれの親の大部分は、自分たちが若い頃、海外旅行に行くなんて考えられなかったわけです。ブランド品は自分たちとは無縁の存在でしたし、フレンチレストランで食事も、レジャーでスキーもできなかった。けれども、1990年代の親同居未婚者たちは、親にパラサイト(寄生)しているおかげで、そうした親が経験さきなかった豊かな消費生活を送れるようになったのです。

 しかも1990年代に20歳代だった人たちは、将来、親以上の生活が送れるはずと考えていたのです。
 女性であれば父親以上に稼ぐ男性と結婚できるはずだし、男性であれば自分が中年であったときには、親以上の収入を得ているはずでした。そして自分たちが親になっても、自分たちは親以上のリッチな生活ができて、自分たちの子どもは、自分たち以上に豊かな生活を送れるはずでした。

 つまり、当時のパラサイト・シングルには、いわば「パラサイト・ドリーム」を見ることができたわけです。

 ところが今日、あれから20年ほど経っていま40歳代になってみたら、親以上の生活が送れないかもしれないし、そうなるのは無理という人が増えています。パラサイト・ドリームはすっかり崩壊して、アラフォー世代をめぐる状況は、むしろ逆になっているのです。
 僕はまさにこの「1990年代に20歳代だった人たち」のひとりなので、ここに書かれていることは実感してきました。
 日本の、世界の人口はどんどん増えていって、人口問題が将来の課題になるとか、科学の発展で、人々はもっと豊かで幸せな生活を送れるようになっていくはずだ、とか。

 たしかにいろんなことが便利にはなってきたけれど、少子化とか下山の思想とか、2017年の日本は「右肩下がりの時代」だと多くの人が言っています。

 こんなはずじゃなかったのに。
 いままでけっこう贅沢な生活をしてきた中流の人たちに、「お前たちは右肩下がりの時代をつつましく生きるように」と押しつけられた若者たちは、「なんだよ、それ!」って思っているんだろうな。

あわせて読みたい

「格差社会」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    医師が語る現状「医療崩壊ない」

    名月論

  2. 2

    秋篠宮夫妻 公用車傷だらけの訳

    NEWSポストセブン

  3. 3

    昭和の悪習 忘年会が絶滅する日

    かさこ

  4. 4

    貯金がない…京都市を襲った悲劇

    PRESIDENT Online

  5. 5

    宗男氏 桜疑惑めぐる報道に苦言

    鈴木宗男

  6. 6

    医師 GoTo自粛要請は過剰な対応

    中村ゆきつぐ

  7. 7

    感染増の原因はGoToだけではない

    NEXT MEDIA "Japan In-depth"

  8. 8

    早慶はいずれ「慶應一人勝ち」に

    内藤忍

  9. 9

    在宅勤務でも都心に住むべき理由

    PRESIDENT Online

  10. 10

    脆弱な医療体制に危機感ない政府

    青山まさゆき

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。