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美術品以上に人材は慎重に判断しなければならない

都心を歩いていると、あちらこちらに小さなギャラリーが点在しているのが分かる。そのほとんどが入館料を取るわけでもなく、あくまで個人の趣味として営業している印象を受ける。ニューヨークのソーホーとまでは言わないけれど、それなりに日本の文化に根付いていると言えるのではないだろうか。



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(出所:Wikipedia NYC SoHo Green Street )

日本にも様々な伝統工芸品があり、中には非常に高価なものもあって、世の収集家を魅了している。僕は先日、ある日本刀展示会に出席した。我が国における上代の刀剣は、反りのない切刃平造、鋒両刃造の直刀で、大刀、横刀、横剣などと書き、いずれも「たち」と読み、短いものを「小刀」、「刀子」と書いて「こがたな」「とうす」と読まれ、広く普及している。

日本刀の文化で何よりも興味深いのが入札鑑定である。これは事前に用意された日本刀の作者を当てる刀剣愛好家どうしの一種のゲームであり、その作法は、江戸時代より続く刀剣鑑定の名門木阿弥家に始まるとされている。ただ日本刀の千二百年余りにわたる長い制作年代に、巨匠の名を知られるものだけでも二万余名あり、さらに同一人物が作成したものであっても、出来不出来があったり、変作があったりと千差万別なので、これを各々区別することは、専門家でも難しい。でも昔の武士にとっては、外せば武士のたしなみを知らぬものとして恥をかくので、真剣勝負であったようだ。

入札鑑定は、入札一回で「当り」または「同然」の答えがでれば、それでその鑑定刀の入札は終わる。「当り」とは作者本人が的中した場合を意味し、「同然」とは個人自身の名前ではないけれど、父子、兄弟、師弟など作者に最も近い刀工を入札した場合を意味する。もし一度の入札で当たらない時は、一般的に第3回まで入札するけれど、入札の回数は必ずしも3回に決まったものではなく、当たるまで何回でも入札を許可されている場合があるなど、事前に定めれば良いようだ。ただ、専門家でも当てることが難しいのに、素人が当てることは、はっきり言って無理だ。もちろん色々な専門書を読んだり、実際に何度も刀剣を見ることによって、ある程度の鑑定能力は養われるけれど。

このように物の判断さえ難しいのだから、人を判断することはもっと難しい。企業で働くうえで、上司が部下の能力を適切に把握したり、新たな人材を雇う時には正確な判断が求められる。だけど僕達は、時に感情移入をしたり、恣意的に資料を見てしまい判断を見失う。また時に刀剣の正しい作成者が分かっているのにも関わらず、あえて誤った作成者を入札することによって、わざと勝負に負けたり、相手に賄賂を渡すことによって、勝負を捻じ曲げるようなことをしているかもしれない。

厚生労働省の調べによって、2010年10月1日時点で関東地区の来春卒業予定の大学生の就職内定率は64.9%であり、1996年度の調査開始以来、過去最低だった前年に比べ3.9ポイント高くなったものの、依然水準は低く厳しいことが分かる。そうした中、「新卒一括採用廃止」を訴えかけ、就活ぶっこわせデモが起きたり、ツイッターでは学生の不安や不満の声が浸透している。確かに企業側は採用活動に対して慎重になり、就職活動は長期化し、学生の学業負担は重くなっているかもしれない。まあそれは別に今に始まったことではないのだけれど。

学生の不満が企業に届いたのかどうかは分からないけれど、ユニクロを展開するファーストリテイリングは、来年にも大学新卒の一括採用を見直す検討に入り、従来の慣行にとらわれない採用方式が企業に広がる可能性がありそうだ。不況が続くことが予想される中、新卒一括採用制度が廃止されることになれば、学生を採用するメリットは減少し、益々学生間格差は助長されることになるだろう。だけど、果たして企業側も正しく人材を判断できているのだろうか。

学生に人気がある企業は軒並み数百倍という高倍率となっていて、そこでは一般的に、SPIや性格診断テストなどの足きり学力検査問題が用意されている。だけどこうした適性テストは、本当に実際の仕事力を正しく判断できているのだろうか。村上宣寛は著書『心理テストはウソでした』で、実に周到な議論を展開し、その診断方法に疑問を投げかけている。さらにSPI高得点者が会社に入るとスゴイ仕事ができるということがあればいいけれど、ほとんど証拠はないと述べている。

僕は刀剣の入札鑑定と同じように、専門家(人事部)であっても人の能力を判断するのは難しいし、きっと間違うこともあると思っている。だから適性検査を外部に委託して、高い経費を払うのであれば、企業独自が研究し、統計的にも有意性がある診断方法を追求したほうがいいと思うのだ。

グローバル化に備えTOEIC750点以上の語学力を持ち、尚且つ仕事力のある優秀な学生を熱望する企業が増えてきたようだ。僕は、はっきり言ってペーパーテストの点数も、面接での学生のPR話もあまり参考にはならないと思っている。だから、例えば特定の業種にあった英語の論文や記事などを用意し、PCを1台学生に与え、制限時間を設けて英語でプレゼンテーションをさせるような採用システムを実施すればいいのではないだろうか。これだけでもかなり精度の高い仕事力と語学力を把握することができるように思うのだ。もちろんこうした方法は、その企業の業種や業態によるので一律に横並びで行なう必要性はない。そうすれば、困った学生をターゲットとした就職ビジネスを行なう腐った業者は淘汰されるだろうし、研究やノウハウを蓄積した優良な就職アドバイス企業だけが残ることになり、こうした産業界にも正の影響を与えることができる。

著名で価値の高い美術品が世に出回ると同時に、多くの贋作も広く普及している。美術館で働くで高度な知識を持つキュレーター(学芸員)でさえも贋作と見抜けずに展示してしまうこともあるようだ。入札鑑定も同じように、何十年とその道に精通した人でさえも、1度の鑑定で「当り」や「同然」を出すのは困難だ。だからこそ、人材の判断においても、企業の専門家(人事部)が毎年恒例行事のように、何の変化もなく、同じような採用活動を実施するのではなくて、常に時代にあった採用方式に改めなくてはいけないはずだ。多くの外資系企業では基本的には現場の人間が面接や試験を実施し、採用を決定する。人材が財産であり、コストであるので、日本の企業と比較してもかなり慎重に判断しているだろうし、採用方式も企業ごとに相違しているはずだ。

これからは、益々人材獲得競争が熾烈化するだろう。それはTOEICや資格などの小手先の知識やテクニックを重視するのではなく、確固たる潜在能力を判断しなければ、企業も生き残れないからだ。学生側にばかり負担を強いるのではなく、企業側も採用方式を色々模索しなければならない時がきたのかもしれない。「当り」や「同然」の出す確率を上げることが、より一層企業業績向上やコスト削減に繋がる時代が到来したのだから。

参考文献

心理テストはウソでした 画像を見る
日本刀事典 画像を見る
僕は君達に武器を配りたい 画像を見る

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