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- 2011年12月10日 09:58
適切な経済運営
1990年ぐらいから中国という国の経済に多少なりとも関わってきたが、ずっと感じてきた事は中国という国のしたたさかと言うか、経済政策において非常に深くそして効率的によく考えて実行され続けてきたことである。
私が中国で会社を設立した1990年頃、中国では三資法という法律ができたばかりであった。三資法とは、外国資本は「合弁、合作、合資」の3つのスタイルのいずれかを選択し中国において会社を作るという法律である。当時はとにかく外貨不足で、とにかく外貨を取り入れる事、そして一度取り込んだ外貨を再度流出させないような政策がとられていた。
その見返りとして、三資法に基づいて設立した外国資本企業にはいくつかの特権や優遇措置があった。その中でも一番大きなものは税金の免除であろう。法人税は利益が出た年度から2年間無税、3年間半額だった。あと外国から持ち込む物品に対する関税も優遇された。特に自動車なんて当時は100%とかの関税率だったから、車を無税で輸入する為だけに合弁会社を作る者、また主に日本人経営者を狙い自動車を3台ぐらい輸入した後経営的に赤字を続けて日本人の出資金を丸々奪うという詐欺が横行した。外資系企業所有の車のナンバーは黒だったのでそれがステータスにもなっていた。
とにかく、国全体に「外国からお金を吸い取るぞ」という勢いがあった。工場誘致などにおいても5年間は地代だけじゃなく水道光熱費無料、そして無税などの優遇措置が取られていた。工場回りのインフラ整備も今から見ればお粗末なものだったが、中国側は外資を呼び込む事に真剣だった。人件費高騰による競争力低下に悩む先進国はどんどん工場を中国に移転していった。先陣を切ったのは台湾企業だったと思う。そして中国は「世界の工場」として外貨を稼ぎまくり、今や外貨保有額世界一の国になった。
鄧小平が共産主義を捨て経済大国を目指した時以降、中国は綿密な長期的経済成長計画を着実に遂行してきた、これは日本のように単年でコロコロと政策が変わる国ではとても成し遂げられない事である。誰がそして今や外国企業に対しては優遇どころか、外国人駐在員に対しても社会保険料を徴収するという話である。
経済マクロ政策に関しても、引き締めと緩和を上手く繰り返し8~10%程度の経済成長を持続している。
そのような中国の経済成長を見ていて強く感じるのは、一体誰がどのようにして政策を決定しているのかという事。中国が改革開放路線に舵をきってから30年、まるで当時作成した30年後までの計画表をそのまま実行していかのようである。政策の継続性がすばらしい。あと中国と日本の政策の一番の違いは何かと言うと、中国の場合物事が実現するまでの長い時間を政治が許容できる事にあるとと思う。「20年後には実現します」日本ではそんな事言っても誰も信じないし、また実現できる訳はない。しかし、中国の政治ではそれが可能と思えてくる。
そんな中国の2012年経済政策が政治局会議で決定された。この政治局会議こそが中国の長期的にブレない経済政策を堅持しているものと思われる。
2011年の引き締め重視から「成長の確保」へと軸足が移すことが決定された。この内容を見て「さすが」と思ったのは、リーマンショック時のような単純ばら撒き政策ではなく、「不動産価格の抑制策を堅持」とある所だ。
これは今の規模の不動産バブルがある程度崩壊した姿をきちんと予想し、それに対する対応ができているという自信の表れと共に「絶対にやらなければならない事は多少痛みが伴っても初期の内に解決する」という物事を成功に導く大前提に沿ったものである。
私が中国で会社を設立した1990年頃、中国では三資法という法律ができたばかりであった。三資法とは、外国資本は「合弁、合作、合資」の3つのスタイルのいずれかを選択し中国において会社を作るという法律である。当時はとにかく外貨不足で、とにかく外貨を取り入れる事、そして一度取り込んだ外貨を再度流出させないような政策がとられていた。
その見返りとして、三資法に基づいて設立した外国資本企業にはいくつかの特権や優遇措置があった。その中でも一番大きなものは税金の免除であろう。法人税は利益が出た年度から2年間無税、3年間半額だった。あと外国から持ち込む物品に対する関税も優遇された。特に自動車なんて当時は100%とかの関税率だったから、車を無税で輸入する為だけに合弁会社を作る者、また主に日本人経営者を狙い自動車を3台ぐらい輸入した後経営的に赤字を続けて日本人の出資金を丸々奪うという詐欺が横行した。外資系企業所有の車のナンバーは黒だったのでそれがステータスにもなっていた。
とにかく、国全体に「外国からお金を吸い取るぞ」という勢いがあった。工場誘致などにおいても5年間は地代だけじゃなく水道光熱費無料、そして無税などの優遇措置が取られていた。工場回りのインフラ整備も今から見ればお粗末なものだったが、中国側は外資を呼び込む事に真剣だった。人件費高騰による競争力低下に悩む先進国はどんどん工場を中国に移転していった。先陣を切ったのは台湾企業だったと思う。そして中国は「世界の工場」として外貨を稼ぎまくり、今や外貨保有額世界一の国になった。
鄧小平が共産主義を捨て経済大国を目指した時以降、中国は綿密な長期的経済成長計画を着実に遂行してきた、これは日本のように単年でコロコロと政策が変わる国ではとても成し遂げられない事である。誰がそして今や外国企業に対しては優遇どころか、外国人駐在員に対しても社会保険料を徴収するという話である。
経済マクロ政策に関しても、引き締めと緩和を上手く繰り返し8~10%程度の経済成長を持続している。
そのような中国の経済成長を見ていて強く感じるのは、一体誰がどのようにして政策を決定しているのかという事。中国が改革開放路線に舵をきってから30年、まるで当時作成した30年後までの計画表をそのまま実行していかのようである。政策の継続性がすばらしい。あと中国と日本の政策の一番の違いは何かと言うと、中国の場合物事が実現するまでの長い時間を政治が許容できる事にあるとと思う。「20年後には実現します」日本ではそんな事言っても誰も信じないし、また実現できる訳はない。しかし、中国の政治ではそれが可能と思えてくる。
そんな中国の2012年経済政策が政治局会議で決定された。この政治局会議こそが中国の長期的にブレない経済政策を堅持しているものと思われる。
2011年の引き締め重視から「成長の確保」へと軸足が移すことが決定された。この内容を見て「さすが」と思ったのは、リーマンショック時のような単純ばら撒き政策ではなく、「不動産価格の抑制策を堅持」とある所だ。
これは今の規模の不動産バブルがある程度崩壊した姿をきちんと予想し、それに対する対応ができているという自信の表れと共に「絶対にやらなければならない事は多少痛みが伴っても初期の内に解決する」という物事を成功に導く大前提に沿ったものである。



