記事

うわべだけで「深セン」を語る恥ずかしさ

2/2

■「深セン流モノ作り」を内側から解剖

そこに出てきたのが、本書『深センに学ぶ』だ。

本書の著者藤岡氏は、10年前から深センで、まさにその生態系にどっぷり浸かったモノ作りを実践してきた珍しい人物だ。当然ながら、その中で中国の業界慣習や日本の期待とのずれなどについても、身をもって学んできている。単純なコピー商品もどきから、次第にオリジナルな製品開発を行い、やがて独立して深センに自社ラインを設置して深センのエコシステムを最大限に活用した、高速開発と生産の仕組みを構築する一方、日本側のニーズに応えるための品質管理システムをあわせて構築している。本書にはそのすべてが描かれている。

深センが速くて安いのは事実ながら、それにはそれなりのトレードオフがある。それを理解したうえで、自分の製品の中でそのトレードオフをどこまで受け入れるか、という覚悟と決断が必須だ。無数の業者がいるエコシステムは、その無数の中から選択を迫られるということだ。安さはしばしば、信頼性や品質の犠牲の上に成り立っている。でも高品質の部分は日本製、あとは深センといったやり方は、ここのエコシステムでは使えない(その理由も説明されている)。

一方で、特にエレクトロニクス分野では製品の改良サイクルが(特に深センでは)極めて速い。変に品質を重視するより、1年で壊れて買い換えることを前提に安く速く市場に出す戦略もあり得る。そうした判断は、部品調達も含めた現場の状況に応じ、ほぼその場で決める必要がある。それができるだろうか?

本書のおもしろさは、それが深センでのモノ作りの苦労と同時に、それを使おうとする日本企業などのダメさかげんに対するかなり厳しい批判になっていることもある。日本の決断の遅さ、中国にいるのに日本人ばかりで固まり何も学ばない単なるコストセンターとしての海外駐在、深センのメリット活用を阻害する柔軟性のなさ、変な優越感と上から目線――それは冒頭に述べた、日本の製造業が直面しているさまざまなトラブルとも通底するものだ。

■日本企業が忘れた、アイデアと商品化の「速度」

いまだに深センをはじめ中国産というと、低品質だ、安かろう悪かろうだ、使えない、信用できない、といった揚げ足取りに終始して、日本ものづくり幻想に安住したがる人も多い。でも本書を読むと、もはやそんな状況ではないことがわかる。すでに中国での生産はかなりの品質も担保できる。ただしそれなりの対価が必要になるというだけだ。また失敗に鷹揚(おうよう)でこれからの可能性に着目して、事業トラブルに直面した著者を受け入れてくれる中国企業に対し、昔の失敗をグチグチあげつらうだけの日本企業への論難もある。

日本の経営者は、しばしば松下幸之助などのつまらない(とぼくは思う)経営哲学本などを読んで悦に入る。でもおそらく、松下幸之助で見習うべきなのは、そんな変な経営理念だのではないはずだ。大正時代に勢いだけの思いつきで廉価な二股ソケット製造法を考案し、それを速攻で商品化して売りさばいたアイデアと商品化の速度のほうなのだ。経営理念だのなんだのは、それが成功した後のあとづけの理屈でしかない。

たぶん深センの現状、そして藤岡のこの本が教えてくれるのも、まさにその、すばやく条件にあわせてさまざまなものを作り込んでいく能力が持つパワーであり、そしてそのプロセス自体が持つおもしろさだ。経営理念なんてのは、そのプロセスの中にしか存在しないのだ。

いまや、各種の深セン見学ツアーなども増えてきた。読者のみなさんで、まだこの街を訪れたことがない人は、ぜひプライベートでも業務視察でもかまわないので、一度観てみてほしい。香港から電車でわずか1時間弱だ。できれば、事前によく調べて皮相的なレベルで終わらない訪問にしてほしいけれど、でもまずはQRコード決済や街を走り回るホバーボードや飛び交うドローンに驚くだけでもいい。そして実際に訪れる前と後で、本書をざっと読んでみてほしい。日本製造業の将来に不安を感じている人なら、何かしら得るものがあるはずだ。

ある意味で『深センに学ぶ』は、簡潔ながらいささかディープでもある。もう少し軽いレベルでの深センモノ作りに触れたい読者は、同じシリーズの高須正和編著『メイカーズのエコシステム』を見てほしい。

ディスクロージャーしておくと、この本にはこの山形も、歳寄りとして深センの歴史解説を寄稿しているけれど、本書はまだ本格的な製造には至らないながらも、ホビーレベルで深センを訪れた人々が何を感じたか、そこにどんな可能性を見いだしているかについて述べている。深センを(多くの人は初めて)訪れた際の素直な驚きと、まだ量産には至らないながらもさまざまなモノ作り活動を行うにあたり、深センのエコシステムがいかに活用できそうかについての実に多様な考察を行っている。

■日本製造業復活の最後のチャンス

それはまさに、メイカーズ運動(編集部注:オンラインコミュニティや3Dプリンターなどのデジタル・テクノロジーの力を借りて、個人や小集団が主役となる新しいモノ作りの動き)のメッカとしての深センを扱ったものだ。藤岡の本にもある通り、このメイカーズ運動はひょっとすると、過去20年以上にわたり景気停滞に見舞われ、それに対応するために内にこもった縮小(そして時に偽装)に頼ってきた日本製造業復活の最後のチャンスかもしれない。

なるべく多くの人が、この藤岡なり高須なりの本を手に取り(というか、いずれもAmazon Kindleの電子本が基本で、手に取れる物理的な書籍はオンデマンド刊行だ)、いま生まれつつある新しいモノ作りの仕組みに自ら触れ、活用しようという気概と希望を抱いてほしい。

----------

山形浩生(やまがた・ひろお)
評論家、翻訳家。1964年生まれ、マサチューセッツ工科大学修士課程修了。大手シンクタンクで地域開発や政府開発援助(ODA)関連調査を手がけるかたわら、経済、文学、コンピュータなど幅広い分野で翻訳・執筆を手がける。著書に『新教養主義宣言』、訳書にポール・クルーグマン『クルーグマン教授の経済入門』、トマ・ピケティ『21世紀の資本』、フィリップ・K・ディック『ヴァリス』など多数。

----------

(評論家、翻訳家 山形 浩生)

あわせて読みたい

「中国」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    BLOGOSサービス終了のお知らせ

    BLOGOS編集部

    03月31日 16:00

  2. 2

    なぜ日本からは韓国の姿が理解しにくいのか 識者が語る日韓関係の行方

    島村優

    03月31日 15:41

  3. 3

    「いまの正義」だけが語られるネット社会とウェブ言論の未来

    御田寺圭

    03月31日 10:09

  4. 4

    カーオーディオの文化史 〜ドライブミュージックを支えた、技術の結晶たち〜

    速水健朗

    03月30日 16:30

  5. 5

    BLOGOS執筆を通じて垣間見たリーマンショック後10年の企業経営

    大関暁夫

    03月31日 08:27

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。