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美濃加茂市長の上告棄却 証拠評価は本当に正しかったのか

 一審で無罪、高裁で逆転有罪、最高裁が上告棄却で美濃加茂市の藤井浩人市長の上告を棄却しました。その結果、高裁の有罪判決(懲役1年6月、執行猶予3年)が確定することになります。
上告棄却受け美濃加茂市長、失職を待たず辞職へ」(読売新聞2017年12月13日)
「被告を無罪とした1審・名古屋地裁判決を破棄し、懲役1年6月、執行猶予3年、追徴金30万円の逆転有罪とした2審・名古屋高裁判決が確定する。藤井被告は14日付で辞職する意向。」
 この事件は、唯一共犯者とされる業者の証言によってのみ有罪が支えられる構造でした。共犯者とされる業者は有罪として実刑判決を受け、収監されています。
 自ら有罪(実刑)となるのに虚偽の自白をするわけがない、裁判所は、これまでこのような発想だけで刑事裁判を運用してきました。

 被告人自身が捜査段階で自白している場合も同じです。公判廷において捜査段階の自白を翻すことも少なくありませんが、結局、捜査段階の自白は任意になされたというお決まりの認定により有罪判決が下ります。裁判官がこういった供述証拠にかなり依拠(依存)していることになります。
 これは裁判官が「自分が不利になることは言うはずがない」というドグマから抜け出せていないことになります。
贈賄側が有罪で収賄側が無罪の怪 共犯事件での矛盾は裁判所が自白偏重の問題

検察にも同様の責任がある

検察官バッジ

 名古屋高裁は、「供述に不合理な点はない」としてその信用性を肯定したのですが、この発想ではすべてが有罪です。

 共犯者の自白とされるものは、そのほとんどが真実、虚偽はその一部であるという特徴が指摘されていますが、そうなると字面だけを読めば全体として「不合理な点はない」というのはむしろ当然のこととなってしまいます。共犯者の自白が危険とされる由縁です。これでは、共犯者の自白(証言)はある、しかし、それでも有罪認定して良いのかどうかという一番、重要な点がすっぽりと抜け落ちてしまうことになります。

 形式的な有罪証拠はそろっている、しかし、本当に有罪なんだろうか、被告人の主張にも筋が通っているのであれば、有罪とすべき根拠が揺らぐことになります。無罪の可能性が否定しきれなくなるからです。これこそが疑わしきは罰せずという刑事訴訟における大原則です。
 裁判所のような発想のままでは日本の刑事裁判でのえん罪はなくなりません。

高裁判決の問題点
美濃加茂市長事件、弁護団は、なぜ“再逆転無罪”を確信するのか

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