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- 2017年12月12日 22:08
ノーベル平和賞、ICAN授与
ノーベル平和賞の授賞式が、10日、ノルウェーの首都オスロで開かれ、広島、長崎の被爆者などと連携して、核兵器禁止条約の採択に尽力したNGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」に記念メダルが送られました。
ICANのフィン事務局長、活動に協力してきたカナダ在住のサーロー節子さん(85)が被爆者として初めて授与式で演説しました。
ICANは、約100ヶ国の450余りのNGOが集まって作られていて、20~30代の若い人が中心になっている、とのこと。
未来に希望が持てると感じられます。
核兵器禁止条約の採択に至った行動力は、新たな活動として高く評価され、受賞は、非核保有国が主役になり、主体的に廃絶へ導こうという流れを核廃絶の一歩に、という期待もこめられている、とされています。
フィン事務局長は、「核兵器が使われるリスクは冷戦末期より高い」と述べ、「唯一の理性的な行動は、突発的なかんしゃくによって、私たちが互いに破壊されてしまうような状況で生きることをやめることだ」と述べ、大きな拍手を浴びました。
サーロー節子さんは、広島で13歳の時に被爆し、「都市は1発の爆弾に消し去られ、住民は黒こげに焼かれた。私の家族と級友351人も。」と述べ、4歳の甥が肉が溶けた、とも語りました。
そして、「核兵器は必要悪でなく絶対悪だ」と強調しました。
現実には、1万5千発近くの核弾頭のうち、9割以上を持つ米ロの交渉は、進んでいません。
核兵器禁止条約は採択されましたが、核保有国と非核保有国の分断が進み、平和賞の授賞式にさえ、核保有国の米ロ英仏中の駐ノルウェー大使は欠席した、ということです。
日本は、安倍総理が、今年8月、広島で「(核兵器禁止条約には)署名・批准は行わない」と語り、廃絶に向けた新たな動きに背を向けています。
北朝鮮の核の問題などがあり、アメリカの核の傘に守られているから、ということは理解はしますが、核保有国と非核保有国の橋渡しをするのでは、なかったのですか。
唯一の被爆国なのに消極的な対応で、日本が国連に毎年提出している核廃絶の決議案に賛同する国が、今年は大幅に減ったことは、日本の対応への反発とも受け止められます。
ノーベル文学賞を受賞した、長崎生まれの英国人作家カズオ・イシグロさんは、スウェーデンのストックホルムで開かれたノーベル賞の晩さん会で、長崎で被爆した母(91)から「ノーベル賞は、ヘイワを広めるためにつくられた」と聞いたと日本語を交えて挨拶した、ということです。
また、「文学という分野がそうであるように、ノーベル賞は、互いを分断する壁を越え、人類として何に立ち向かっていくべきなのかを思い出させてくれる」と話し、穏やかな語りに、1000人の聴衆の温かい拍手に包まました。
そうであることを願います。
ICANのフィン事務局長、活動に協力してきたカナダ在住のサーロー節子さん(85)が被爆者として初めて授与式で演説しました。
ICANは、約100ヶ国の450余りのNGOが集まって作られていて、20~30代の若い人が中心になっている、とのこと。
未来に希望が持てると感じられます。
核兵器禁止条約の採択に至った行動力は、新たな活動として高く評価され、受賞は、非核保有国が主役になり、主体的に廃絶へ導こうという流れを核廃絶の一歩に、という期待もこめられている、とされています。
フィン事務局長は、「核兵器が使われるリスクは冷戦末期より高い」と述べ、「唯一の理性的な行動は、突発的なかんしゃくによって、私たちが互いに破壊されてしまうような状況で生きることをやめることだ」と述べ、大きな拍手を浴びました。
サーロー節子さんは、広島で13歳の時に被爆し、「都市は1発の爆弾に消し去られ、住民は黒こげに焼かれた。私の家族と級友351人も。」と述べ、4歳の甥が肉が溶けた、とも語りました。
そして、「核兵器は必要悪でなく絶対悪だ」と強調しました。
現実には、1万5千発近くの核弾頭のうち、9割以上を持つ米ロの交渉は、進んでいません。
核兵器禁止条約は採択されましたが、核保有国と非核保有国の分断が進み、平和賞の授賞式にさえ、核保有国の米ロ英仏中の駐ノルウェー大使は欠席した、ということです。
日本は、安倍総理が、今年8月、広島で「(核兵器禁止条約には)署名・批准は行わない」と語り、廃絶に向けた新たな動きに背を向けています。
北朝鮮の核の問題などがあり、アメリカの核の傘に守られているから、ということは理解はしますが、核保有国と非核保有国の橋渡しをするのでは、なかったのですか。
唯一の被爆国なのに消極的な対応で、日本が国連に毎年提出している核廃絶の決議案に賛同する国が、今年は大幅に減ったことは、日本の対応への反発とも受け止められます。
ノーベル文学賞を受賞した、長崎生まれの英国人作家カズオ・イシグロさんは、スウェーデンのストックホルムで開かれたノーベル賞の晩さん会で、長崎で被爆した母(91)から「ノーベル賞は、ヘイワを広めるためにつくられた」と聞いたと日本語を交えて挨拶した、ということです。
また、「文学という分野がそうであるように、ノーベル賞は、互いを分断する壁を越え、人類として何に立ち向かっていくべきなのかを思い出させてくれる」と話し、穏やかな語りに、1000人の聴衆の温かい拍手に包まました。
そうであることを願います。



