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【読書感想】戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗

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 さて、皆様はどちらを選ばれたでしょうか?

 僕はA、C、Fと、まさに「多数派の選択」をしてしまったのですが、「期待値」を計算すると、「正解」は違うのです。

 第3問で初めて「確実に」という言葉が設問の文章からなくなっています。Eの場合、何度も実験を繰り返したとすれば、手に入ると期待できる金額は、30ドル×0.25で7.5ドルになります。Fの場合は、45ドル×0.2で9ドルになる。Eの7.5ドルとFの9ドルをくらべて、これはFを選んだほうが得だと考える。だから、Fを選ぶ人は58%にも上ります。

 ですが、そろそろおわかりでしょうか。第2問は「第2ステージまで進めるのが25%」という前提条件が、最初に入っていました。文が違うだけで、第2問と第3問は、数学的に全く同じことをいっているのです。Cに進めるまでの確率は25%ですから、Cの設問を素直に描き直せば、「25%の確率で30ドルを手に入れる」となり、これは、設問のEと全く同じになります。ただ、Cを選択した人は74%にも上るのに、Eを選択した人は42%にしかならない。

 正直に、第3問のような聞き方で設問をつくって問いかければ、獲得金額の可能性が高いほうを選ぶ人が多くなる。

 第2問のCの「確実に30ドルを手に入れる」の場合、もともと75%の確率でゲームオーバーとなるので、ここには本当は、確実さというものはなかったのです。人は、この「確実に」という言い方、見せかけの100%に、本当に騙されやすい。 

 トヴェルスキーさんは、これを「偽の確実性効果」と呼びます。本当は偶然に左右されているのに、「確実」という言葉に惑わされて誘導される。それを明らかにした実験です。

 こういう聞き方でこれだけ差が出るということは、新聞の見出し、政府の情報の流し方という点で加工すれば、いくらでも国民を誘導できるということになりそうです。

 設問のフレームの設定の仕方一つで、その時々の為政者にとって好ましい方向を選択させることができる。逆に言えば、私たちが、EとFのような正直な選択肢に設問のかたちを変えて、国民の目の前に示すことができれば、合理的な選択が可能となり、より良い選択肢を手にすることができそうです。

 人は「見出し」に引きずられてしまうもので、「絶対」とか「100%」に弱い。というか、僕も弱いです。

 著者によると、イスラエルの軍人だったトヴェルスキーさんは、もともとこんな例を考えていたそうです。

 敵に囲まれた民主国家において、現在まだ占領中の国外領土を返還するかどうかについて政治議論があるとする。戦争において、これらの領土はまちがなく勝利に寄与する切り札である。他面で、この領土を返還すれば戦争の可能性は減少するだろうが、ただしそれは根底では不確実なことがらである。この場合、政治的議論において占領維持派が優勢となることは賭けてもよい。

 この「敵に囲まれた民主国家」というのは、イスラエルを想定しているのではないか、ということなんですね。

 この問いは、どこかで起こった話とそっくりだと思いませんか。「戦争になったときは間違いなく勝利に寄与する場所」という偶発的な確実さが、端的な確率「占領地を返還すれば、戦争に至る可能性は減る」より優位に見えてしまう。

 「なるほどなあ」と頷かずにはいられません。

 領土を返還しよう、という人には、「イギリスのチェンバレンはヒトラーに対して宥和政策を行ったけれど、結局、戦争は起こったではないか」という反論も可能です。

 逆に、譲って争いを回避できた例を挙げれば(それがすぐにはなかなか思いつかないのですが)、戦争を避けるためにここは返還しよう、という人の割合が増えるはず。

 一度得たものを失うのは、最初から得られないよりもダメージが大きい、とも言われているんですよね。

 選択肢はあるはずなのに、誰かの都合で覆い隠されたり、声が大きいほうに引きずられたりしてしまう。

 著者は、日独伊三国同盟についての、こんな「背景」を紹介しています。

 海軍としては、本当に悩ましかった。どうにか予算はとりたい。三国同盟を結べば、英米との対立は不可避のものとなる。しかし、結ばなければ、戦争相手国は中国だけになり、日中戦争を戦っている陸軍の言い分、比率のままで、将来の予算配分が決まってしまう。イギリスやアメリカとの対立が強まれば、香港や英領マレーやフィリピンの米軍基地まで飛んでいける飛行機をつくり、航空基地を整備しなければならない。そのようなアルミニウムの購入や割当において、実際に日本軍の戦っている場所が中国だけであるというのは、海軍にとって交渉しづらいのです。

 軍事予算の陸海軍の比率を変えないといけない。となれば、どうにかして日中戦争の戦面を小さくして、ソビエトと仲良くしてもらわなければいけない。それが海軍の望みで、日独伊三国軍事同盟を、対英米戦争を覚悟しなければ、なんて言いながらも結ぼうとした理由は、ここにあります。陸軍がソ連や中国と和解してくれるのであれば、南方へ向けた軍事充実に振り向けられるのではないか。海軍がドイツを仲介とした対ソ関係改善を望み、三国同盟に賛成してゆく動機は、このような軍事予算をめぐる相克がありました。

 「予算を確保したい」という動機が、あの悲惨な戦争に繋がってしまったなんて……

 もちろん、それだけじゃなのでしょうし、そう思いたいのだけれど、歴史って、けっこう「そういうところ」で動いているのかな、とも考えさせられる話でもありますね。

 この本のなかでは、一次史料から検証した「アメリカは日本の真珠湾攻撃を知っていて、参戦するためにあえて攻撃させた」という俗説の嘘や、開戦前に日米が真剣に和解交渉していたことについても紹介されています。

 ヨーロッパの情勢をずっと睨んでいたアメリカもまだ準備不足で、少なくとも、あの時期に日本と開戦したくはなかったのです。

 歴史に「必然」というのは無いのだ、ということを、あらためて考えさせられる好著だと思います。

 けっこう厚い本なのですが、高校生に講義したものがもとになっているので、読みやすく、わかりやすいですよ。

fujipon.hatenadiary.com

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