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過労死・過労自殺は殺人的強制労働による死者、ごまかすなちゃんと言え

カロウシが「国際語」になってどれほどの月日が流れたろうか。

過労死、そしてその原因ともなっている残業、おかしいおかしいと言われつつ、一向に根絶する気配がない。

それどころか、長引く不況、就職難を背景に、常態化というか、都合の悪いことは見なかったことにしようという空気すら醸成されている感がある。

異常な事態を定義し、あぶり出すはずの「カロウシ」「サビザン」という言葉が、まるでコギャルやアムラーのように、人々の文化や生活形態を表す言葉として、市民権を得てしまってる皮肉な状態だ。


過労死、過労自殺という言葉には、過労、すなわち自己管理がなってないニュアンスが含まれる。

だが、今の雇用や収入を維持しなければ、家族を支えられないだとか、今の生活を失ってホームレスになってしまう、といった恐怖により、死に追いつめられたり、疲労から精神を病み自殺に追いつめられているというのが実態ではないか。中途退職や無職(求職中)であることが白眼視される世情において、職業選択の自由は無きに等しいのだから。

死人に口なしとはよく言ったもので、死ぬまで追いつめて殺してしまえば「本人に」訴えられることもない。遺族がなんと言おうと、「憶測」で片付けられる。

過労死や過労自殺は事実上の強制労働による殺人だ。それを、本人の責任であるかのような言葉に言い換えるべきではない。

労働者は、殺人的強制労働によって、日夜殺されているのだ。

雇用主はすぐに、嫌ならやめればいい、と言う。ならば、人手が足りなければ雇えばいい、人が集まらなければ給料を上げればいい、と言わせてもらおう。


サービス残業だってそうだ。これは本来雇用主が残業代を払わないと指摘された時に「従業員が自主的にやっている」という言い訳に使った言葉ではないのか。その言葉が定着し、現状を追認してるかのようになっているのはよろしくない。

サービス残業などと言うな。それは雇用主による、残業代の不払いだ。従業員が勝手にやっているというなら、それをやらせないよう監督するのが雇用主の責任だろう。有給をとらせないのも、働かずとももらえる給料を支払ってないという意味では給料泥棒、賃金不払いである。


言葉というのは考え方を規定するものだ。

いくら雇い主とはいえ、財布から現金を抜かれて怒らない人はいないだろうが、サビ残は平気でする。それはサービスという言葉にごまかされているからだ。

会社ぐるみで従業員を殺したら「殺人企業だ!」と避難されるだろうが、「過労」という言葉がついてると、あたかも本人の責任であるかのように思わされてしまう。


言葉狩りをしても実態は何もかわらないというのはその通りだ。ならば、「サービス残業」「過労死」「過労自殺」といった表現で過酷な実態から目を背けたりせず、現状にふさわしい表現を使うべきだ。

「サービス残業」は、残業代不払い、給料泥棒だ。

「過労死」「過労自殺」は強制労働による殺人だ。

そして改めて言わせてもらう。

人はより良く生きるために働くのだ。死ぬために働いているんじゃない。

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