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  • 橘玲

書評:東浩紀『一般意志2.0』

話題になっている東浩紀『一般意志2.0』をとても興味深く読んだので、その感想を書いておきたい。

本書のいちばんの美点は、きわめて平易かつ明晰に書かれていることだ。私のような哲学の専門外の者でも、著者の思考の航跡を正確に追っていくことができる。

すでのたくさんのレビューが出ているが、東氏はここで、「複雑になりすぎた現代社会では、ひとびとが集まって熟議によってものごとを決める理想的な民主主義はとうのむかしに不可能になった」と指摘したうえで、そのことを前提として、熟議なしでも機能するアップデートされた政治制度(民主主義2.0)や国家(統治2.0)の可能性を論じている。

本書についての議論は、東氏が「ツイッター民主主義」と名づけたような、SNSを組み込んだ政治制度(アーキテクチャ)がほんとうに機能するのか、ということに集まるのだろう。だが私にとって本書のもっとも美しい場面は、東氏の語る「夢」が、ロバート・ノージックの『アナーキー・国家・ユートピア』と出会う瞬間だった。

ノージックの本は“リバタリアニズムの古典”とされているが、それが「夢」について書かれたものであることはあまり言及されることがない。

東氏が簡潔に説明しているように、ノージックはここで、「ユートピアのためのフレームワーク」を構想している。

近代というのは、地縁・血縁の伝統的な共同体を離れ、一人ひとりが「自立した個人」として生きることを余儀なくされた時代のことだ。しかしその一方で、ひとは社会的な動物であり、だれもがなんらかの共同体(コミュニティ)に属さなければ生きていくことができない(ひとは一人では生きていけない)。共同体は構成員を拘束し、自由を奪うが、その代わりに安全や帰属意識(アイデンティティ)といった大切なものを与えてもくれるのだ。

だからノージックは、共同体を否定するのではなく、いかにしたら個人の自由と共同体の掟が共存できるかを考えた。

ノージックが国家を否定したのは、それが共同体としては大きすぎ、構成員(国民)を過剰に拘束するからだ。多様な価値観を持つ国民を国家というひとつの器に収めようとすれば、かなりの無理を強いなければならず、それに抵抗するひとたちは排除されてしまう。

そこでノージックは、国家は共同体ではなく、たんなるフレームワーク(枠組)であるべきだと考えた。その枠組は、基本的人権や私的所有権の保護などの基本ルール(憲法)と、外交や治安維持のような最低限の安全保障(暴力の独占)でつくられていて、それ以外の価値観に対しては中立だ。

ひとびとはこの枠組のなかで、宗教的・政治的・文化的な共同体を自由につくることができる。だがそこには、ひとつ大事な原則がある。どのような共同体も、本人の意思で自由に退出できることだ。

この約束事さえ守られていれば、ひとびとは最小国家(フレームワーク)のなかで、さまざまなユートピアを試してみることが許されている。ノージックは、「ユートピアの自由市場」を構想したのだ。

私は十数年前にノージックの本をはじめて読んだとき、この“ユートピア思想”に大きな衝撃を受けた。マルクス主義の「夢」が無残に潰えた後、ノージックの語る「フレームワークとしての国家」だけが、実現可能なユートピアへの道を指し示していると思えたからだ。

しかし残念なことに、この国ではノージックの「夢」はほとんど理解されず、「ネオリベ(新自由主義)」や「ネオコン(新保守主義)」や「グローバリズム」という言葉とともに、リバタリアニズムは弱肉強食の世界における強者の論理として、“国家の品格”を汚す唾棄すべき思想として打ち捨てられてしまった。

『一般意志2.0』において、若いひとたちに大きな影響力を持つ思想家が、リバタリアニズムの「夢」をゴミ箱の底から拾い出し、自らの「夢」と接続して、その大きな(あるいは荒唐無稽な)可能性を正当に評価してくれた。

この魅力的な本を読みながら、ユートピア(夢)にこころを震わせたむかしの自分をひさしぶりに思い出した。そんな体験をさせてくれたことを感謝したい。

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