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映画『新地町の漁師たち』が描く「もう1つの福島」 - 寺島英弥

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風評に脅かされる未来

 釣師浜から近い高台にある神後団地(災害公営住宅)に、筆者が小野さんを訪ねたのはこの11月8日。津波で家を流されたが、無事だった家族と仮設住宅で2カ月暮らした後、亡くなった弟・常吉さんの家に同居し、応募した同団地の完成とともに、新しい住まいを得た。

 原発事故前の収入を基に毎年、東電から「営業被害」の補償金が支払われ、生活に困ることはないが、「将来の不安を、息子たちを思うたびに感じる」と言う。

 震災前は3人の息子と一緒に船に乗っていたが、震災、原発事故とともに陸に上げ、土木建設業の現場で働かせた。「試験操業が始まったとき、3人を船に呼び戻した。うちだけじゃなく、新地町の浜では後継者が多い。年に1人、2人は必ず若い人が入ってくる。今の試験操業に張り合いはないが、皆、再び自由な漁ができる未来に期待しているんだ。しかし、その未来は脅かされ続けている」と小野さんは言う。

 理由は「風評被害」だ。試験操業の魚が水揚げされる相馬市松川浦漁港では、2016年秋に荷さばき場(魚市場施設)が完成し、17年春には仲買業者による競り入札が復活。一歩一歩、当たり前の状態に近づけようとする地元の努力に、小野さんは「俺たちも本気になってきた」と話すが、「(原発事故の)風評がこの先も続けば、試験でない本格操業が始まったとしても、 地元の魚に常に値崩れが起きるのでは」。

 その懸念は、福島産米が国内一厳しい全袋検査にもかかわらず、県外では匿名の「国産米」で売られ、「安く、うまく、便利な業務米」として流通するなど、市場で「風評」が固定化され、現在も安値に甘んじる多くの福島産農産物とダブる。

「ただ『福島』というだけで」

 本格操業への実現についても、漁師たちの立場は一様でない。

「60代以上は『早くやってほしい。待っている時間がない』と言うのに対し、若い世代は『まず早く汚染の源を除去してきれいにし、風評を完全になくしてからでいい』と食い違う。彼らの若い奥さんらにも『子どもを守るために地元の魚は食べたくない』という姿勢が珍しくなく、逆に言えば、地元の人たちから安心して魚を食べてもらえなくては、福島の海の復興もないんだ」(小野さん)

 これまで福島第1原発の汚染水の海洋流出事故がたびたび報じられ、東電や経済産業省 は、その謝罪と対策の説明会を地元で開いてきた。映画『新地町の漁師たち』には、2014年 3月に相馬市で開かれた東電の「地下水バイパス」計画(大量の地下水が原子炉建屋の汚染源に触れる前に井戸でくみ上げ放流する案)の説明会で、憤る小野さんの厳しい声を記録している。

「船方(漁船乗り)は風評被害が一番怖いです。また魚が売れなくなったら、どうするんですか? 誰が責任を取るんですか? これは我々の代の話じゃない。孫、ひ孫の代の福島県の海が汚されちゃったら、どうにもならない。海は除染できないんですよ」

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津波で流された釣師浜の集落跡に立つ小野さん。震災前をしのぶよすがもない(11月8日)

 小野さんらが暮らした釣師浜の集落跡は現在、防潮堤建設などの大規模工事の現場になっており、「あの辺に家があった」と指差されても想像できない。相馬双葉漁協の新地支所も新しい事務所が建てられ、たくさんの漁船がたゆたう岸壁の向こうの海の風景に、小野さんは複雑で理不尽な思いも抱いている。新地町は浜通りの北端にあり、その北には何の境もなく宮城県の海域が続いているのだが、「こちらではいまだに、コウナゴやサバなど季節季節の魚のサンプリング調査をやっている。ところが、宮城県側では何の制約もなく漁をしている。魚が増えて、水揚げも値も上がっているそうだ。増えて当たり前だろう、こちらで獲っていないのだもの。新地町と請戸(浪江町)の水産加工業者が、工場を宮城県側に再建し、こっちに魚を買いに来ている。わずか数キロの距離なのに、ただ『福島』というだけで」。

「安波祭」に見た希望

 映画のラストはどこまでも美しい、青い海と空だ。裸の漁師たちが神輿を担いで海に 浸かり、潮垢離をしながら、子どもに戻ったように無邪気にはしゃぐ。2016 年11月3日、大震災があった11年の中止を挟んで10年ぶりに催された「安波祭」のシーンだ。

 山田監督のカメラは、すぐ間近で彼らの輝くばかりの表情を捉える。「山田さんは合羽を着てきたのだが結局、深い所まで一緒に入って、ずぶ濡れだったよ」と、小野さんは笑う。

「昔は、集落を練り歩く神輿を担いだまま海に入ったが、一度流されたことがあり、樽(たる)神輿に変わったんだ」

 映画は祭りの前に1度完成したが、山田監督にとっても念願の「安波祭」。「5年余り前には津波が押し寄せ、漁師たちの運命を変えた海だった。 いろんな思いが彼らにこみ上げただろう」(山田監督)という場面が、2017年3月の公開に合わせて付け加えられた。

 民俗学の解釈では「神が海の潮で力を取り戻す」神事だが、映画を観る者には、それまで語られてきた理不尽と苦難の歳月から、漁師たち自身が再生する姿のように映る。

「東電の説明会で感情をあらわに訴える小野さんに、海と家族を守ろうとする漁師の誇りを感じた。生きがいって何だろう? それを失うと人間はどうなるのだろう? 生きる環境そのものが仕事の場である人々にとって、生業(なりわい)を奪われるとは、どういうことなのか? 自分はリストラをされた経験はないが、失業すれば『次がある』と探すだろう。しかし、漁師たちに『次』はない。映画を見る人に、それを知ってもらえたら」

 山田監督はそう語りながら、漁師たちの気持ちが1つになる「安波祭」に希望を見たと言う。

 小野さんは、「100歳になるまで漁師を続けるつもり」と真顔で言う。常吉さんとともに沈んだ、2隻目の漁船も再建造した。小野さんは言う。「家族に反対されたが、息子たちのために残すんだ」。

 新地町には、阿武隈山地の名山で標高429.3メートルの鹿狼山(かろうさん)がある。大昔、山頂に手の長い神が住まい、新地の海に手を伸ばして魚介を食したという、漁業事始ともいえる伝説がある。小野さんは毎日、その山に登っているという。日常生活でも両足首に1キロずつの重しを付けて歩く。「富士山にも登ったぞ。月山にも那須の茶臼岳にも。100歳まで現役を目標に、まずは本格操業に備えるのさ」。海の男は不屈である。

「震災ものはもう見られない」

「安波祭」のラストシーンを除いたオリジナル版は2016年3月、東京で開催された「グリーンイメージ国際環境映画祭」に出品して、大賞に選ばれた。山田監督が最初に得た手応えだった。

 これを励みに「次は映画館のロードショーにかけたい」と願い、売り込みに歩いた。だが、「商業的となると難しい壁があった。何館も断られ、『震災ものの映画なんて、もう観る人はいない』とはっきりと言われたこともあった。それでも、映画は人に観てもらわなくては」と、自主上映を始める覚悟を決め、同年4月、まず新地町で「完成記念上映会」を開いた。主役である漁師たちに観てもらいたかった。町役場の隣の施設で、相馬双葉漁協新地支部の青年部が、旬のコウナゴの試食会をにぎやかに催してくれ、1日2回上映で計2日間の入りが400人に上った。「20~30人くらいかと思ったので、びっくりした」(山田監督)。観客の1人だった小野さんは、「(山田監督が)撮って歩いてるのを見ていたが、映画になるとは思わなかったよ。俺もあんなに(映画に)出るなんてね。東電さんに異議申し立てをした場面など、俺は早口だし、その先がどうなるか分からんかった時の思いがよく出てたな」と笑う。

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12月3日からの上映を前に、仙台の桜井薬局セントラルホールで打ち合わせる山田監督(右)と遠藤支配人

 東京でも同年5月から、教会などを会場に自主上映を重ねた。また震災の被災地、宮城県唐桑町に移り住んだ同級生が、現地で企画してくれた上映会もあった。

 やがて評判や支援の声がメディアやネットに広がり始め、本格的に映画館でのロードショーが実現したのが今年3月。祭りのシーンを加えた最終完成版を東京都内の「ポレポレ東中野」で披露することができた。売り込みの成果も現われ、大阪、名古屋、そして7月には地元となる福島市の映画館で1週間上映した。映画のきっかけを生んだ和合亮一さんが初日の舞台あいさつに駆け付け、上映の応援で新地町の女性らが「浜の母ちゃん食堂」と銘打って、名物ホッキ飯やシラウオの吸い物を振る舞うイベントも行った。

「上映会のフィナーレも、ぜひ東北で」という山田監督の念願がかない、12月3日~15日に、仙台市の伝統館「桜井薬局セントラルホール」が上映を引き受けた。支配人の遠藤瑞知さん(55)はこう語る。

「震災、原発事故のドキュメンタリー映画を東北の館として上映してきたが、山田監督の熱さに打たれた。こちらでも普段の生活から震災の爪痕が見えなくなってきたが、今も間近な場所で何が起きているか、忘れ去られていく。『新地町の漁師たち』には当事者の生々しい証言が山のようにあるが、マイクを向けてのコメントではない。震災、原発事故は『俺たちだけでなく未来の世代にも関わる』という言葉を、見る人に共有してほしい」。

 仙台での初日には、午後1時からの上映後、山田監督と小野さんを筆者が舞台上でインタビューすることになっている。

「人影」の意味

 山田監督はいま、次回作のロケハンで浪江町に通っている。3月末に避難指示解除になった同町の荒廃状況を、筆者は拙稿『「3.11」から6年半:復興は遥かに遠い古里「浪江町」』(2017年9月17日)で紹介したが、後背地が失われた地元の請戸浜には、津波で破壊された漁港が再建されている。避難先の南相馬市や郡山市からの通い漁業であっても、「自分たちの港が欲しい」という漁師たちの切なる願いによるものだ。

 山田監督は、初めての映画の原点になった、和合さんの新地町の詩にある「人影」という言葉を、ほぼ誰に出会うこともない浪江町の崩れかけた街、漁村集落が消え去った請戸浜を歩くたびに思うという。その浜からは、真っすぐ南に福島第1原発の排気塔群がくっきりと見える。

「問題がより生のまま残された土地で、『人影』の意味を追求してみたい」と言う山田監督の周りには、冬の福島の浜の厳しい西風が、吹いていた。

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被災地に再建中の浪江町請戸漁港で次回作の想を練る山田監督(11月4日)

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