記事

中国の若者は月収10万でもクルマを買う

2/2

■バブル期の日本との共通点と危うさ

一方で、購入を見合わせたケースもある。チョウシュンである。

安徽省の農村に生まれ育ち、中学卒業後に上海へ働きに出て、シューの隣の物流倉庫に勤めていたチョウシュンも、友達がこぞってクルマを買おうとしているのに刺激された。そして、まずは運転免許だということで、母と妻の了承を得て、家の貯金から1万元(17万円)を出し2015年の夏、教習所に通った。ここでいう「家」というのは、チョウシュン一家と、彼の両親を合わせたものである。

実地で一度不合格になったものの二度目で無事合格。「さあ、春節前に今度はクルマを買うぞ。日産のティアナが欲しいな。でも、お金がないから中古でいいや。え? 2009年製でも11万元(190万円)もするの? でもローンで買えばいいや」などと楽しそうに夢を膨らませていた。

ところがそれから程なくしてチョウシュンはリストラに遭い、クルマの購入も見合わさざるを得なくなった。それでも、クルマを買おうとしていたほどなんだから、それなりに蓄えはあるんでしょ? と尋ねると、「うーん、無収入が2カ月目に入ったら、貯金は底が見え始めちゃうかな」との答え。そうなのか、それじゃあティアナのローンの途中でリストラされていたら大変なことになっていたねと重ねて聞くと、「払えなくなったらローン会社にクルマを取られてそれでチャラだからそれほどのプレッシャーはないけど、でも、危なかったね」との答えが返ってきた。

彼らがクルマを買った当時の「日本経済新聞」(2016年4月22日付)によると、中国の自動車メーカー上場8社の2015年12月期決算は、8社のうち7社が前期比2ケタの増収、特に15年10月から始まった小型車減税を背景に、小型車に強い中堅メーカーが収益を大きく伸ばしたと伝えている。

バブル全盛期の1980年代、日本では若者が6畳のワンルームに住んでBMWなどの高級車を買うという現象があった。中国の現状も、80年代の日本と類似しているといえるのかもしれないが、便器むき出しの独居房のような部屋に家族3人で住んでクルマの費用を捻出したシューや、リストラでローンが払えなくなってもクルマを取られるだけなのでそれほど怖くないというチョウシュンのケースを目の当たりにすると、彼らのマイカー購入は、実に危ういところで支えられていたものだということが分かる。

■敗残感が漂う家よりも、贅沢な車内を味わいたい

それにしても、彼らが当時、こぞってマイカー購入に走ったのはなぜなのか。

先の日経新聞の記事にもあったが、中国は2015年10月、排気量1.5リッター以下の自動車購入税をそれまでの1万2000元(20万円)から6000元(10万円)に半減した。シューとウェイも「減税が、買う一つのきっかけにはなった」と言う。しかし、「それが最大の理由ではない」とも言う。それでは、最も大きな理由は何かと尋ねると、購入を見合わせたチョウシュンも含め三人とも「なぜって……欲しいからだよ」と繰り返すのみ。

ただそのうちシューが「クルマに乗っていると、金持ちになった気分にはなるな」とつぶやいた。それを聞いたほかの二人は、「そうそう、クルマの中って、自分の家よりゴージャスだもんね」と同調した。

自分たちで明確に意識はしていないが、恐らくこれが、クルマを渇望する最大の理由なのだろう。当然のことだが、彼らとて、便器むき出しの家が快適だとは思っていないのだ。

シュー、ウェイ、チョウシュンの三人のうち、便器むき出しの家に住んでいるのはシューのみだ。ただ、彼らの家におじゃました際、共通して毎回感じるものがある。それは、部屋に漂う投げやりで、殺伐とした、よどんだ空気。さらに踏み込んでいえば、敗残感である。

上海では2016年に入って郊外の家賃が高騰、シューとウェイも今年(2017年)の春節を機に家賃が倍の1000元(1万7000円)になった。不景気で、チョウシュンのように突然失業するケースも増加。生活のプレッシャーは確実に増していた。

シューは「上海でマイホームを買うなんて100パーセント無理」と断言する。真面目に働いてもトイレすらまともにない家にしか住めない。せめてもの贅沢でクルマを買って、週末ぐらいは家族で日常を忘れたい――こんな思いが彼らをクルマの購入に走らせていた。

■近くて、 とてつもなく遠い上海ディズニーランド

親友であり、職種、家庭環境、資産状況も似たり寄ったりのチョウシュンが、リストラでクルマの購入をあきらめたのを目の当たりにしたシューとウェイは、一括で買ったとはいえ、さすがに少し怖くなっていたようだった。

「でもほら、失業しても、クルマがあれば、ウーバー(Uber)や滴滴(Didi)みたいな配車サービスで稼げるじゃないか。チョウシュンも無理してでもやっぱりクルマを買った方がいいよ」とシュー。ウェイも、「そうそう、ディズニーランドもできるしさ。この辺は交通がとにかく不便だから、ディズニーランドや空港に行く人を乗せる需要はこれからもっと増えるよ」と続ける。これを聞いたチョウシュンは、「そうだね」と少し明るい顔になった。

彼らの住む辺りは、浦東空港まで直線距離で2キロ足らずの所にある。さらにこの年の6月に開業した上海ディズニーランドへも直線距離なら10キロ程度だ。一方で、都心部からはというと、例えば日本人の居住者も多い婁山関路(ロウシャンクアンルー)というエリアからの直線距離は、浦東空港が50キロ、上海ディズニーランドは37キロあまりだが、浦東空港へは地下鉄が直結しているほか、リニアモーターカーや空港リムジンバスもあるので、1時間半あまりで着く。一方で上海ディズニーランドも開業に合わせて開通した地下鉄を利用すれば1時間程度と、公共交通機関を使ったアクセスは便利だ。

ところが、直線距離では断然近いシューたちの住む辺りは、公共交通機関の整備とは無縁の陸の孤島だ。地下鉄を使って浦東空港やディズニーランドに行くには、最寄りの地下鉄駅まで路線バスはあるものの、本数は一時間に一本。自宅を出て最寄りの地下鉄駅に着くまでに既に二時間近くかかってしまう。さらに認可されたタクシーもこの辺りには乗り入れない。仕方なく彼らは、地下鉄に乗るために白タクを利用している。

中国から世界への玄関口である浦東空港、豊かな中国を象徴する最新スポットである夢の国・上海ディズニーランドにほど近い場所に住みながら、現実的な距離はとてつもなく遠い。念願叶ってマイカーを手に入れたチョウシュンが、初めてディズニーランドを訪れるのが、白タクか配車サービスの運転手としてではなく、客としてであればいい、と思う。

----------

山田 泰司(やまだ・やすじ)
ノンフィクションライター。1988~90年中国山西大学・北京大学留学。1992年東洋大学文学部中国哲学文学科中退。1992~2000年香港で邦字紙記者。2001年上海に拠点を移し、中国国有雑誌「美化生活」編集、月刊誌「CHAI」編集長を経てフリー。EMS情報メディアの編集も手がける。日経ビジネスオンラインに「中国生活『モノ』がたり」を連載中。

----------

あわせて読みたい

「中国」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    BLOGOSサービス終了のお知らせ

    BLOGOS編集部

    03月31日 16:00

  2. 2

    なぜ日本からは韓国の姿が理解しにくいのか 識者が語る日韓関係の行方

    島村優

    03月31日 15:41

  3. 3

    「いまの正義」だけが語られるネット社会とウェブ言論の未来

    御田寺圭

    03月31日 10:09

  4. 4

    カーオーディオの文化史 〜ドライブミュージックを支えた、技術の結晶たち〜

    速水健朗

    03月30日 16:30

  5. 5

    BLOGOS執筆を通じて垣間見たリーマンショック後10年の企業経営

    大関暁夫

    03月31日 08:27

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。