- 2017年12月04日 09:15
"EV普及で自動車産業崩壊"は根拠がない
2/2■しばらくは「パワートレイン多様化」の時代が続く
【藤本】三菱のアイミーヴも日産のリーフも頑張っていますが、バッテリー劣化問題など、解決すべき問題は山積しています。それはアメリカのテスラも同様でしょう。また、ユーザーとして私がたとえば五島列島に行ってEVを運転してみても、航続距離、充電時間など、克服すべきフラストレーションはまだかなりあります。結局、今の自動車のパワートレイン(駆動)技術は、ガソリン車などの内燃機関、HV、EV、燃料電池車(FCV)などいずれも一長一短があり、つまりどれにも欠点があります。したがって、しばらくは「パワートレイン多様化」の時代が続き、どれか一つの方式の独り勝ちにはならないでしょう。
例えばEVに使う電池は最先端のものでもエネルギー密度が低すぎ、コストが高すぎ、充電時間は長すぎます。徐々に改善していますが、特に電池はさらに画期的な新技術が必要です。将来のいずれかの時点で、例えばエネルギー密度が今の数倍になるような革命的な新型電池の誕生があるかどうか。いずれにせよ、ドイツのアウトバーンを長時間、充電なしで高速で走れるようなEVはすぐにはつくれないでしょう。つくるとなると大量の電池を積んで、とても重たい車になってしまうし、コストも高くなってしまう。例えば米国のテスラは好調ですが、今の主力モデルの価格は1000万円を超え、重さも2トンを超えます。
電池のコストの相当部分が変動費であることも忘れてはなりません。つまり大量生産しても劇的にコストが下がるとは限らない。資源制約の状況によってはむしろ高くなってしまうこともありうる。また、将来、無線充電インフラの技術が確立するとしても、それで全国の道路網を埋め尽くすのには長い時間がかかるでしょう。要するに、EVには確かに未来があるが、そう簡単ではないということです。EVの長所だけを羅列して議論していれば読み違えます。
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東京大学大学院の藤本隆宏教授(左)と安井孝之氏(右)
【安井】それでは一つの駆動技術に当面は収斂しないとなると自動車メーカーは大変ですね。
【藤本】21世紀前半は用途によってさまざまなテクノロジーが棲み分け、また共存する「エンジンミックス多様化」の時代が続くとみています。そして、こうした「パワートレイン・テクノロジーの多様化」が次世代車の「アーキテクチャ(設計思想)の多様化」をもたらし、その結果、主にモジュラー・アーキテクチャ寄りの領域にスタートアップ企業が参入することにより、新規参入企業も既存企業も含めてある程度は「自動車企業の多様化」が進むでしょう。テスラに限らず新顔の企業が活躍するかもしれません。つまり、既存企業が強い次世代車のアーキテクチャと新興企業が強いアーキテクチャとが併存するでしょう。既存企業が対応できない破壊的技術で新規参入者が新マーケットから侵入し、既存企業は一方的に衰退する、というビジネス・ジャーナリズムが好むセンセーショナルなストーリーは単純には成立しにくいと考えています。
■家電産業の二の舞にはならないのか
【安井】デジタル化の加速が日本の家電産業を衰退させました。日本の自動車産業は国内外の不況や円高などで四苦八苦しながらも世界的なシェアを維持し、競争力を保ってきましたが、家電産業の二の舞にはならないでしょうか。
【藤本】なぜ日本の自動車産業は競争力を維持し、家電エレクトロニクスは失速したのか。私は「現場の能力構築」と「現物のアーキテクチャ」の適合性というフレームワークでこの問題を分析しています。すなわち、日本の自動車企業・自動車産業が競争力を維持したのは、第1にトヨタシステムに代表される広義のものづくり能力のダイナミックな構築能力、つまり進化能力が高かったこと。第2にそこで主に戦後に蓄積された調整型・統合型・協業型の組織能力が、高機能・低燃費自動車の調整集約的なアーキテクチャ特性と合致したこと。第3に先進国の安全・環境規制などが障壁となり、中国などの新興企業の製品が設計面で輸出競争力に限界があったこと。そして第4に自動車は基本的にクローズド・アーキテクチャー寄りの製品であったため、個別製品単位での比較的シンプルな競争ができたこと、つまり、いわゆるグーグルやアップルのようなプラットフォーム間競争のような複雑な戦略展開が必要なかったこと、などが指摘できます。
■「モジュール」という言葉に惑わされてはいけない
【安井】自動車産業はそれぞれのメーカーが微妙に異なる部品をそれぞれの方式で組み立てるすり合わせ型の産業ですが、家電産業は汎用的な中核部品を組み立てればできあがるモジュラー型の産業という違いがあったということですね。でもEVに代表される電動化が進むと、これまでの構造が変わってしまいませんか。
【藤本】自動車のアーキテクチャのモジュラー化、設計のシンプル化といった変化は確かにある面において出てくるでしょう。しかしながら、厳しい安全・環境・エネルギー規制のもとで1トン以上の重さのある車をつくる自動車産業には、同時に、つねに強烈なインテグラル型(すり合わせ型)アーキテクチャの方向への圧力がかかっている。ドイツのフォルクスワーゲンなど世界の自動車メーカーが進めている「モジュール」という言葉に惑わされて、主要部品を組み立てればつくれるパソコンのようになるといった見方は、設計論的にも非常に間違っています。物理的制約の少ないデジタル製品であるパソコンは業界標準部品が多い「オープン・モジュラー型」、物理的制約の大きい重量物である自動車の場合は社内共通部品の多い「クローズド・モジュラー型」は似て非なるもので、必要とされる戦略行動も大きく異なります。「モジュラー」という表面的な言葉に惑わされてはいけません。
もともと厳しい制約要因とどんどん高くなる機能要求によって自動車の設計が複雑化の一途をたどっている。そのような状況の中で、設計者が情報処理負荷に押しつぶされないための、つまり製品複雑化問題を打開するための窮余の一策として取られているのが、比較的に大きな粒度の部品、つまり「モジュール」の社内共通化を進める自動車メーカーの「守りのクローズド・モジュラー化」なのです。重さのないデジタル製品の本来の設計特性を無理なく活用して進められる「攻めのオープン・モジュラー化」とは似て非なるものです。
自動車産業で電動化は進むでしょうが、そもそも車が地上を高速で人を乗せて走る限り、そう簡単につくれるものにはならないでしょう。こうした本質論からきっちり論理を積み重ねていくなら、日本の自動車産業の現場がこれからも愚直に能力構築を続け、他方で日本の自動車企業の特に本社が的確なアーキテクチャ戦略を仕掛けていくなら、2020年代に向けて、国際競争力を大きく失うことはない、という「慎重な楽観論」のシナリオも見えてくるでしょう。
藤本 隆宏(ふじもと・たかひろ)
東京大学大学院経済学研究科教授。1955年生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了(D.B.A)。現在、東京大学大学院経済学研究科教授、東京大学ものづくり経営研究センター長。専攻は、技術管理論・生産管理論。著書に『現場から見上げる企業戦略論』(角川新書)などがある。
安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、フリー記者、元朝日新聞編集委員。1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立、フリー記者に。日本記者クラブ企画委員。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。
(東京大学大学院経済学研究科教授 藤本 隆宏、Gemba Lab代表、フリー記者、元朝日新聞編集委員 安井 孝之 写真=Tesla/UPI/アフロ)
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