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若者はもっと「自己中」になって社会を変えろ~「絶望の国の幸福な若者たち」著者インタビュー~

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より「自己中」に生きることで社会を変えることもできる


―自分の周囲に切実な問題が起きない限り、若者は居心地のよいコミュニティに留まってしまうのでしょうか?

古市:そうでしょうね。だって、今の生活にそこそこ満足してて、心地良かったら社会を変えようとか思わないでしょうから。それがシンプルな発想だと思うんです。

どうやら日本という国には何やら色々な問題があるらしい。だけど、実は何が問題かもわからない。敵は誰なのか?誰に対して怒ればいいのか?何を変えればいいのか?そんなのわかんないですよね。それこそ中東みたいな形でわかりやすい独裁者がいれば、倒すべき敵がはっきりしていますけど、日本はそうじゃないですからね。

―だから、ついわかりやすい方に流れてしまう。「マスメディア」であったり「韓国」のようなわかりやすいものを敵視しがちなんですかね。

古市:そうですね。それに陰謀論は、手っ取り早く「自分が頭よくなった」ような気にさせてくれますからね。「自分以外みんなバカ」という承認欲求を満たしてくれる。「みんな」は騙されているけど、「自分」だけは知っている、と。

―識者の中には、海外でソーシャルメディアを利用した革命や暴動が起こっていること踏まえて、日本でもあと少しで、そういう行動が起きると主張している人もいますが。

古市:うーん、そんなことは非現実的ですし、起こしてどうするのって思います。若者にデモとか革命とか期待している人にまず聞きたいのは、「日本の何をどう変えれば社会がよくなるの?」ということです。中東だったら独裁者がいなくなれば、社会がある程度は変わるということが自明でしたけど、日本の首相を殺したところで何も変わりませんからね。

そもそもソーシャルメディアといわれるFacebookやtwitterを能動的に使っている人なんて一部の情報強者だけじゃないですか。Facebookだって、ほとんどの人がmixi的な使い方をしているだけですし。自分がFacebookで情報を集めて、「これが新しい民主主義だ」と主張する立場にいるからといって、そのものさしで社会全体を測ることには違和感を感じます。

また、新しい技術やサービスが社会を変えるなんてことは、いつの時代も繰り返される「古びた」主張です。例えば、20年前は「衛星放送がベルリンの壁を壊した」って騒がれていました。

twitterなんか、ちょっと面白いこと書いて、複数の人にリツィートされれば、さも自分が社会から受け入れられたような気持ちになります。「政治的な発言するオレ、格好いい」みたいに。そういう意味では逆に革命やデモにつながるような不満をガス抜きツールだという意味で、逆に革命は遠のくんじゃないですか?

それに実際に活動している人は、最早ソーシャルメディア関係ないですから。例えば、津田大介さんは、twitterの第一人者みたいに言われてますけど、やっていることは現地に行って多くの人に会って話を聞くっていう、古典的なジャーナリストと一緒ですから。情報が流通する媒体が変わっただけの話です。もはや、津田さんにはtwitterいらないでしょ。

―なるほど。最後に、同じ現代にいきる同世代の若者にメッセージをお願いいたします

古市:難しいですね。「同世代の若者」といっても、置かれている立場も何もかも違うと思うので。

ただ最近よく思うのは、もっとみんな自己中になったらいいんじゃないか、ということです。自己中というと悪いイメージでとらえがちですけど、自分が好きなことを好きだというのは別に間違ったことじゃない。もちろん、みんなが好きなことは同時には叶いません。だけど、その好きの衝突から、人との対話が生まれる。変に空気を読むよりも、自分の好きなことを言ったほうが、やったほうが楽になると思うんです。

ユニセフの方の話なのですが「人権ってのはわがままのことなんです」とおっしゃっていました。人権っていうと高等な概念を想定しがちですけど、要するに一人ひとりのわがままをいかに認めてあげるかということなのだ、と。もちろん、地球上全員のわがままが通ることはないですから、そこを調整するのが政治です。

だから、難しく政治とか社会とか人権を難しく抽象的に考えるんじゃなくて、まず自分のわがままをはっきりさせることから始めれば楽になるんじゃないかと思います。

あとは変にハードルを上げ過ぎないってことですかね。「コミュニケーション能力が重要」とか言われているからといって、いきなり"リア充"になれるわけじゃない。別に"リア充"なんて目指さなくてもいい。しゃべるのが上手くなくても、挙動不審でも、ものすごくマニアックな趣味を持っていても、意外と仲間は見つかると思います。

だって、朝も起きられなくて、基本的に約束には遅刻して、主食はチョコで、喋るのも下手な僕でさえ、何とか生きていける社会なんですから。

僕は、相当に自己中な人間です。だけど僕が幸せになろうと思ったら、さすがに友だちや大事な人には幸せでいて欲しい。つまり、いくら自己中であっても、たった一人きりの幸せってものはありえない。

すると当然、他者に否が応でも関わらざるを得なくなる。そのための環境を求めていく過程で、それが結果的に社会を変えることになるかも知れない。そんな風に「社会を変えること」を目的ではなくて、結果と考えて、気楽に生きていけばいいんじゃないかなあと思います。

―本日はありがとうございました。

プロフィール

画像を見る古市憲寿(ふるいち のりとし) 1985年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。著書に、「絶望の国の幸福な若者たち」、「希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想 (光文社新書)」、「上野先生、勝手に死なれちゃ困ります 僕らの介護不安に答えてください (光文社新書)」など。






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