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若者はもっと「自己中」になって社会を変えろ~「絶望の国の幸福な若者たち」著者インタビュー~

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大震災でも揺らがない「強固な日常」の存在


―今年は東日本大震災や原発事故によって、様々な問題が人々の身近に迫ってくるという年になりましたね。

古市:そうですね。ただ、僕はそれももう終わったな、という感じもしてるんです。もちろん、実際に被害に遭われた方、自分の子どもが放射性物質にさらされているというリアリティを持つ方々には、切実な問題として今でも「東日本大震災」は続いています。

でも、地震が起こった後、「これで日本が終わる」って騒いでいた人ほど、あっけないほど簡単に日常に戻って普通に暮らしている気がします。実際、震災が起こったときも関西の人は、それほどリアリティを持てなかったんじゃないかなと。東京では天地がひっくり返ったみたいな騒ぎになっている時も、関西では皆普通に仕事してましたから。

政治とか若者とか日本というものに対する認識に地域差があるということも中央に居ると見逃されがちだなということを改めて意識しました。また、地震では揺らがないぐらいの強い日常があるということも再認識しました。

たとえ「中央」の人々が「日本が終わる」とか「日本は再び立ち上がる」とか騒いでいようと、そんなことは関係なしに、ひたすらに自分たちの「日常」を送る人々がいる。それは、端的に強さとして、肯定していいと思います。

また、4月の統一地方選挙結果も象徴的ですよね。原発を抱えている自治体の多くで、原発推進の候補が当選している。原発ぐらいでは変わらない日常が、いろんなところで続いているし、それはこれからもすぐには揺るがないんでしょう。

―今は、ソーシャルメディアを利用して、緩く近しいところと繋がることができます。若い人たちは、そういう日常に皆満足してしまっているのでしょうか。

古市:「若い人」といってしまうと、またざっくりしてしまいますけど、みんな、楽しそうですよね。東京に関していえば、ここ半年の間にレジャーの一つとしてデモというのが定着したことが、変化といえば変化でしょうか。

―好きなもの、近しいもの同士で、コミュニティを作っていくと他者に対する想像力がなくなるという批判もありますが。

古市:じゃあ昔は逆にあったんですか?と聞きたいですね。昔だって企業戦士は、その会社のコミュニティがすべてだったわけですし、専業主婦は子どもの通う学校のPTAとかが、その人の社会のすべてだったかもしれない。それが可視化されただけにように思うんです。

逆に、今の方が想像力は広がりやすくなってると思います。本来であれば、つながりえなかったマイナーな趣味の人同士で集まるというのは、現代の方がはるかに容易です。人と人は、昔よりもずっと、つながりやすくなっています。

―ご著書の中では、共同体の居心地のよさが目的を見失わせるという指摘もありましたが、現代の日本において若者が政治的な活動を持続させようと思ったら、何が必要なんでしょうか?

古市:いくつか成功例はあると思います。優秀な人がやっている社会起業であったり、ベンチャーとかが挙げられるんじゃないでしょうか。トップが非常に合理的に、ビジネスライクに物事を進めていく。そういう仕組みを作れるリーダーが、いろんなところに出てきて、そういう人たちがそれぞれの立場から社会に風穴を開けていくというのは、十分にありうるシナリオだと思います。

―昔のように皆で安田講堂を占拠して、、、。みたいなことは起こりえない?

古市:だって、安田講堂占拠してもしょうがないじゃないですか(笑)。それぞれの立場で、社会を変えようと努力して、点を面に変えていく中で成果が出て行くことを目指すほうが、現実的だと思います。

実際、学生運動って何かを変えたんですか?むしろ、「社会を変えるにはデモしかない」みたいな誤った価値観だけ残ったような気がしますね。それに比べて、今の若い人たちの方が勝手に好きなことをやりながら社会起業、ボランティアサークル、学生団体、ベンチャーのような形で、自分たちの関われる範囲で社会を変えようとしている。その方が学生運動なんかよりよっぽど真面目に、社会と関わろうとしている証拠なんじゃないでしょうか。

それこそ、小林よしのりさんがおっしゃっていたように、デモに行くより、家の近くで草むしりしたほうがいい。本当にその通りだと思うんですよ。「社会を変える」という言葉に、世の中の何もかもがガラッと変えるというイメージを持つべきではないと思います。 身近な自分のまわりのコミュニティの人間関係を良くするとか、そういう小さいことの積み重ねのほうがよっぽど大事なんじゃないですか。逆にそこからしか社会は変えられないと思います。

ただ、ついつい研究者としての僕は、そういう風に頑張っている人たちを冷笑的に見がちです。もっと合理的な方法があるだろ、とか思っちゃうんですね。でも当事者ではないし、当事者になる気がない以上、気軽に「頑張れ」とも言えない。そのあたりのスタンスは難しいですね。

当事者じゃなくて、何も成功していない人がいくら「アツイ」ことを言っても空虚じゃないですか。だから僕は、ひとの活動に関しては、ただ生温かく見守ることしか出来ないなあと思っています。もちろん、自分が利害関係者になったら、色々と頑張りますけど。

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