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「清華大学顧問」という名の国際的「習近平ブレーン」の顔ぶれ - 樋泉克夫

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名を連ねる「大物華人」たち

 アメリカ側メンバーの現状、さらにはトランプ政権との繋がりに関しては、一般知識以上を持ち合わせていないので敢えて言及せず、以下に華人・中国人メンバーの動向を記しておきたい。

 まず習近平主席に近い位置に立つ郭台銘は、毀誉褒貶が止まないものの、いまや台湾最有力企業家の域を遥かに飛び出した。シャープを買収し、中国を中心にインド、ブラジル、チェコなどの工場に125万余の従業員を擁する世界有数のOEM(相手先ブランド製造)集団を率いる、超野心的企業家で知られる。

 今年4月27、28日にホワイトハウスを訪問し、トランプ大統領との会談は24時間のうちに2回行われたが、この会談の黒子役は大統領娘婿のジャレッド・クシュナー大統領上級顧問と伝えられる。ちなみにクシュナーは3月に発足した「OAI=The White House Office of American Innovation(アメリカン・イノベーション局)」を統括するが、このOAIにはビル・ゲイツほかマイクロソフト経営首脳陣が名を連ねている。

 郭台銘はトランプ大統領との会談で、ラストベルトに接するウィスコンシン州に100億ドルを投資し、1万3000人の雇用を約束した。「空飛ぶ鷹計画(Flying Eagle Plan)」と命名されたこの超大型投資を、「ほら吹き郭の大風呂敷」と酷評する向きもある。ちなみに長年民主党の牙城だった同州は、今回の大統領選挙でトランプ支持に転じた。同州を地盤としているのはポール・ライアン下院議長(共和党)である。

 李沢楷は、香港というより華人企業家を代表する香港最大の企業グループ「長江実業」会長の李嘉誠の次男で、父親の許を離れて早くからハイテク産業の将来性に着目し、香港のハイテク産業基地化を目指した。父親の李嘉誠と兄の李沢鉅(ヴィクター・リー)副会長兼社長は、共に中国市場の将来に見切りをつけて資本を引き揚げたと伝えられるが、李一族自体が習近平政権と“手を切った”わけではない。

 たとえば2015年9月3日に北京で行われた「抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年」を祝賀する軍事パレードには、「北京閲兵香港特区代表団」のメンバーとして、兄弟で招待されている。この時の肩書は、兄の李沢鉅は政治協商会議常任委員、弟の李沢楷は香港特区代表であった。

 今回の、清華大学経済管理学院顧問委員としての振る舞いから判断しても、李嘉誠一族が習近平政権と中国市場の将来を見限った、との見方は単純に過ぎると言っておこう。習近平政権と李一族の“相互利用関係”は依然として継続していると考える方が、彼らの商法からするなら常識というものだろう。

 何晶は親中姿勢を見せるシンガポールの首相夫人であると同時に、同国政府系投資集団「テマセク」を率いる。テマセクが周辺ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国のみならず、中国市場に積極投資を展開していることは、既に知られたところだ。

 馬雲、馬化騰、李彦宏は中国におけるeコマース市場を巡って激しい商戦を展開する一方、海外での展開を目指す。タイでは謝国民(タニン・チャラワノン)率いる「CP(正大)集団」と提携する「阿里巴巴集団」に「騰訊集団」が戦いを挑み始めた。「阿里巴巴集団」が“習近平銘柄”と見なされ、馬雲がトランプ大統領との個人的関係を誇示していることは周知のことである。

中心人物は「馮国経」か

 残る馮国経は、弟の馮国綸(ウィリアム・フォン)と共に、父親が起こした利豊集団を、香港を代表する総合企業に発展させた。マサチューセッツ工科大学で理学修士号を取得後、1970年にはハーバード大学で博士号を取って同大学で4年程教壇に立った後、香港に戻り家業を継いでいる。プリンストン大学で工学を学んだ馮国綸と共にいち早く情報ビジネスに着目し、アメリカ人ビジネスマン向けに香港のビジネス情報を提供する「香港資訊処理公司」を創業している。その延長線上に「利豊研究中心」を持ち、中国市場関連の経済情報を発信している。

 衣料・アクセサリー・おもちゃ(トイザラス)・家具・手工芸品・日用雑貨・コンビニ(OK便利店)・倉庫・物流・ローンなどを軸に、香港・中国のみならずタイ、マレーシア、ブルネイ、シンガポールでビジネスを展開する手腕もさることながら、やはり馮国経を特徴づけるのは、先を見る商才に加え、類まれと評価される英語力だろう。

 最初に彼に着目したイギリス植民地当局は1990年、日本で喩えるなら全盛期のJETRO(日本貿易振興機構)に当たる香港貿易発展局の局長に指名される。1992年になると当時のクリストファー・パッテン総督によって総督商務委員に指名され、太平洋経済合作香港委員に任命されて、弟と共にアジア太平洋地域における香港企業の展開をリードすることになる。

 さらに返還後の1999年には、返還翌年に開港した香港国際空港の民営化推進役として、香港特区政府から香港機場管理局長に任命されている。また、2006年にアジア出身者初の副会頭として「国際商業会議所(International Chamber of Commerce)」の運営に参画したことを機に、いわば国際的な国境を超えた企業家グループにおける地歩を築いたのである。

 この種の集合写真では往々にして、黒子は端に位置していることが多いように思えるが、その経歴・経営手腕・対外関係などから考えると、清華大学経済管理学院顧問委員会の中心人物は、前列左端に立った馮国経ということもありそうだ。

 中国を舞台に国境を跨ぎ業種の違いを超えて企業家が結びつき、これに政治指導者が応ずる――様々な“思惑”が複雑に絡み合う現状が、経済統計では単純に測ることのできない中国市場の面妖な姿を物語ってくれる。同時にそれは、日本的な短兵急な見方に対する警鐘でもあるように思う。ことは単純ではないのだ。(樋泉 克夫)

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