- 2017年11月29日 10:42
アンジェリーナ・ジョリーはなぜ健康な乳房を切り取ったのか―書評「がんになる前に乳房を切除する」
今年6月、歌舞伎役者市川海老蔵さんの妻で、フリーアナウンサーの小林麻央さんが乳がんで亡くなった。享年34歳。40歳以上の女性がかかりやすいと言われる乳がんで、30代半ばの麻央さんが命を落としたため、記憶に留めている方は多いのではないか。
国立がん研究センターがん対策情報センターによると、生涯に乳がんを患う日本人女性は、現在11人に1人。筆者が住む英国ではさらに比率が高くなり、8人に1人である(「ブレスト・カンサー・ナウ」の調べ)。そのためもあってか、一定の年齢になると、乳がんの早期発見のため「マンモグラフィー検査」(乳房をX線撮影する検査)が無料で受けられる。筆者の女性の友人や知人でも、乳がんにかかった人が何人もいる。
乳がんは、私たちにとって身近な病気になってきている。
「何故アンジェリーナ・ジョリーは乳房を切除した」のか?
2013年、米女優アンジェリーナ・ジョリーが両乳房を切除したというニュースが世界中を駆け巡った。驚くのはジョリーが乳がんを患っていなかったことだ。乳がんではないのに、しかも肉体的な美も一つの魅力となる女優でありながら体の一部を切除する決断をした。一体なぜか?
理由は彼女の母とその妹、そして祖母ががんを発症しており、その遺伝子を引き継ぐ自分ががんにかかる可能性があったからだった。そこで、将来の発症を避けるために、両方の乳房を切除することに決めたのである。個人としても、プロフェッショナルとしても非常に大きな決断であったことは想像に難くない。
しかし、ジョリーの選択から20年以上も前に、英国には世界に先駆けて健康な乳房を切り取る手術を選択した女性がいた。この女性ウェンディ・ワトソンさんの戦いを中心に、日英の予防切除・再建手術の現状を綴ったのが、本書『がんになる前に乳房を切除する 遺伝性乳がん治療の最前線』(小倉孝保著、文藝春秋)である。
著者の小倉氏は毎日新聞の外信部長。英国の乳房予防切除の実態報告で、2014年に日本人として初めて英外国特派員協会賞を受賞している(当時は欧州総局長としてロンドンに赴任していた)。
日本と英国の乳がん治療事情
本書は千葉県に住む、乳がんにかかったある日本人女性の話で幕を開ける。生まれたばかりの長男に授乳すると「ところどころにしこり」を感じるようになった智子さんは、20代後半で乳がんと診断された。
医師から家族の病歴について聞かれ、自分が幼少の時に母が乳がんで亡くなり、母の姉やいとこも乳がんで命を落としたことを思いだした。そこで初めて、乳がんに遺伝性のものがあることを知ってゆく。
筆者自身、遺伝性の乳がんがあることをこの本で初めて知った。
智子さんの母が小さな娘に残した手紙が紹介される。ひらがなで書かれた亡き母からの手紙を読むうちに、一気に物語に引き込まれてしまう。
小倉氏によると、遺伝によって乳がんにかかる可能性があるのではないか、という疑念が生まれたのは1980年代末だったという。リスクを高める遺伝子として「BRCA1」が決定されたのは1994年、もう一つの遺伝子「BRCA2」も関係しているとわかったのは95年だった。
BRCA1と2は「本来、傷ついた遺伝子を修復する機能を備えたがん抑制遺伝子」だが、その遺伝子に生まれつき変異があって本来の修復機能が使えなくなったとき、「細胞ががん化する確率が高まる」と考えられているそうだ。
このために、BRCA1遺伝子に変異があった時、乳がんになるリスクは60-80%、BRCA2遺伝子の場合は50-80%になってしまう。
ところが、この数字は欧米人を対象にした調査データであって、信頼できる日本人を対象にしたデータはないという。「日本の遺伝性乳がんの臨床現場で、医師たちは欧米人の調査結果を基に対応しているのが現状」となっている。
本書の中では遺伝性乳がんや卵巣がんへの対応で、日本は欧米に比べて「20年遅れている」というある医師のコメントが紹介されている。
世界で初めて健康な乳房を切り取る手術を選択した英女性
世界で初めて、乳がん発症を防ぐために健康な乳房を切り取る手術を決めたのは、ウェンディ・ワトソンさん。
ウェンディさんの母が乳がんで亡くなったのは1971年、自分が16歳の時だった。祖母が乳がんにかかり、その後卵巣がんで亡くなっていた。「次は私かもしれない」と思ったウェンディさんはかかりつけの医師に遺伝性乳がんの可能性について聞いてみた。しかし、当時は医者にその可能性はないと否定された。その後数年間にわたり、同じ質問をしてみたが、思ったような答えは得られなかった。
結婚し、母親になった後で、ある親戚の男性が話したことにウェンディさんは衝撃を受けた。その男性の妻が乳がんにかかり、妻の姉や母も乳がんになったと言ったからだ。
そこでウェンディさんは家系図を作りだし、8世代前までの226人の死因を調べ上げた。母方の家族に乳がんが多いことに気づき、家系図をかかりつけの医師に見せた。ようやく、遺伝性乳がんが発生する可能性が認められた。
ウェンディさんは、この時点で乳房切除を決断する。1991年11月、遺伝専門医に会い、乳がんの予防切除に向けた道が開くことになった。切除手術が行われたのは、1992年だった。
その後、ウェンディさんは自分や親せき、知人だけの問題ではないことを自覚し、遺伝性乳がんについての広報活動を行うようになる。テレビのインタビューに応じたことで知名度が上がり、ダイアナ元皇太子妃から支援の手紙が届くまでになった。1996年には「全国遺伝性乳がんヘルプライン」も立ち上げた。
切除した後、希望する人は乳房の再建手術を選択できるが、日本は乳房再建手術が欧米ほどには進まなかったという。その背景について、小倉氏は現場で再建手術を行う医師に取材し、「日本の医学界の権威主義で男性中心の考え」があることを指摘する。
「いつまでもきれいな体でいたいと願うのは自然」であるが、日本の医学界では「医療とは病気を治すことという意識が強い」。そこには「医療者側の論理が強烈に現れる一方、患者の願いが脇に追いやられる医療現場のゆがんだ姿がみてとれる」としている。
日本の医療現場の今後は
小倉氏は、日本の遺伝性乳がんに対する予防や治療は、今、「変革期にある」という。日本人の遺伝データを集める作業が、日本乳癌学会理事長中村清吾氏が中心となって進んでおり、これまでに8000人分が集まった。同学会は遺伝性乳がんと卵巣がんを先進医療に指定するために厚生労働省と交渉を行っている。将来の保険適用を想定しての交渉のようだ。
日本では11人に1人の女性が乳がんにかかるという統計を冒頭で紹介した。その1人になるのは自分かもしれないし、家族あるいは友人、知人かもしれない。もし遺伝性の可能性があるとわかったら、どうしたらいいのか。どんな先例があるのか。かかった人やその家族はどんな思いで暮らし、どんな支援体制があるのか。医療現場では何が起きているのか。本書はこういったもろもろの疑問に、分かりやすくかつ詳しく答えてくれる。



