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“民主化の象徴”スー・チーに突き付けられたロヒンギャ問題 支える日本 制裁論強まる欧米

掃討作戦で62万1000人が脱出

[ロンドン発]8月25日以降、ミャンマー国軍の過激派掃討作戦でラカイン州北部からバングラデシュに脱出した少数民族ロヒンギャの総数は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、62万1000人に達した。ノーベル平和賞受賞者で事実上の国家指導者アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相への批判が日増しに強まる中、国際社会の対応は真っ二つに割れている。

ミャンマーには135の民族がいるが、推定で約100万人と言われるロヒンギャには国籍が与えられていない。イギリスの植民地支配を経て、バングラデシュ(ベンガル地方の一部)から流れ込んだ「不法移民」で、ミャンマーの国民ではないという不当な地位に置かれてきた。ミャンマー国民の9割を占める仏教徒と国軍にとって、他民族と容姿が異なるイスラム教徒のロヒンギャは格好のスケープゴートになってきた。

昨年3月、54年ぶりに文民大統領が誕生し、軍政が一応の幕を閉じた。それまでロヒンギャに対する移動制限、強制労働、土地没収、強制移住、住居破壊、強奪といった弾圧政策がまかり通ってきた。それに対するロヒンギャの不満に火をつけるように武装勢力は国軍と衝突を繰り返してきた。1978年と92年には20万人を超える大量難民が発生している。

カタールに拠点を置く国際衛星ニュース局アルジャジーラの調べでは1970年代後半から国外に脱出したロヒンギャの総数は約176万人に達している。

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ミャンマー民主化の象徴だったスー・チー氏が事実上の国家指導者になったことで長年の懸案だったロヒンギャ問題が少しでも前進するのではと欧米社会の期待は大きく膨らんだ。コフィ・アナン元国連事務総長率いるラカイン州助言委員会の最終報告書(8月24日)に沿って、3世代続けてミャンマー国内に住むロヒンギャに国籍を与える方向でスー・チー氏は国軍と国民を説得しようと考えていた。

その矢先、武装勢力「アラカン・ロヒンギャ救済軍(ARSA)」による警察襲撃、12人殺害事件が勃発。レイプ、放火、殺害と非道の限りを尽くした国軍の掃討作戦で過去最大の難民が発生、見て見ぬふりをしているスー・チー氏に対して国際的非難はピークに達した。

米AP通信の「曲解」報道

ミャンマーの首都ネピドーで11月20日開かれたアジア欧州会議(ASEM)外相会合の開幕演説で、スー・チー氏は「今日、私たちはグローバルな不確か、不安定という新しい時代に直面しています。世界中の紛争が新たな脅威と緊急事態を引き起こしています。不法移住、テロや暴力的な過激主義の拡散、核戦争の脅威がそれです」と述べた。

記者会見では「ロヒンギャの難民危機は一夜では解決できませんが、確実に前進するでしょう」と述べ、欧州連合(EU)代表であるエストニアのスヴェン・ミクセル外相も表面上「ミャンマーとバングラデシュが合意するための取り組みに勇気づけられた」と応じた。

しかし米AP通信は「スー・チー氏は不法移民がテロを拡散していると語った」と報道。これに対してミャンマー報道協会が「スー・チー氏とミャンマーのイメージを傷つけるため、故意に誤って解釈した」とかみつき、APはすぐさま訂正に追い込まれた。

「曲解」報道の背景にはスー・チー氏が難民危機後もまるで他人事のような発言を繰り返してきたことに対する欧米メディアのフラストレーションがある。ウソにまみれたスー・チー発言を振り返っておこう。

「私たちの政府は誕生してまだ1年半しか経っていません。それを考えてください」
「ミャンマー政府に非難をかわしたり責任を放棄したりする意図はありません。私たちはすべての人権侵害と法律で禁じられた暴力を非難します」
「9月5日以降、武装衝突や一掃作戦は一切起きていません」
「ラカイン州に暮らすすべての人が差別されることなく教育や医療にアクセスしています」
「ツイッターには偽ニュースの写真が投稿されています。こうした偽情報は異なるコミュニティーの間に多くの問題を作り出し、テロリストたちの利益を大きくする目的で拡散されています」

スー・チー氏の発言はどうやらロヒンギャがミャンマー国民ではないという前提に立っているようだ。スー・チー氏に与えられた平和賞取り消しを求めるネット署名が43万人以上、虐殺罪で国際刑事裁判所(ICC)にかけろという署名も42万人近くにのぼった。

平和賞受賞者のマララ・ユスフザイさんも「スー・チーさんがロヒンギャ弾圧と悲劇について行動を起こすのを世界は待っている」と非難した。

イギリスの名門大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の学生自治会はスー・チー氏に授与した名誉会長職の剥奪を学生投票にかけ、オックスフォード市議会も「フリーダム・オブ・ザ・ シティー」賞を撤回すると決めた。スー・チー氏を見る欧米諸国の目は厳しい。

アメリカのレックス・ティラーソン国務長官は「ロヒンギャに対するエスニック・クレンジング(民族浄化)」と非難し、ターゲットを絞った制裁を検討すると発言。国連特使は「ミャンマー国軍によるロヒンギャの女性や少女に対する残虐行為は戦争犯罪を構成する可能性がある」とまで指摘した。

スー・チーを支援する日本

これに対して日本は安倍晋三首相が11月14日、東南アジア諸国連合(ASEAN)関連首脳会議のためフィリピンを訪問した際、スー・チー氏と会談、「ミャンマーが民主的な国造りにあたり様々な課題に直面する中、日本は引き続き官民を挙げて最大限支援していく」と1250億円の協力を表明した。

ロヒンギャ弾圧に関しては「ラカイン州の状況を深刻に懸念しており、法に従った治安回復、人道支援アクセスの回復、避難民帰還を期待する」と述べるに止めた。日本は難民危機が発生した後もスー・チー氏を支える外交姿勢を鮮明にしている。

「ラカイン州北部各地において発生している治安部隊などに対する襲撃行為は絶対に許されるものではなく、強く非難する」(8月29日、外務報道官)

「この度の衝突で影響を受けた人々に対し100万ドルを上限とする緊急支援を実施する」(9月21日、外務省の堀井巌政務官)

9月26日、ミャンマーとバングラデシュに国際機関などを通じて合計400万ドルの緊急無償資金協力を実施すると決定

11月16日、国連総会第3委員会(人権)がミャンマー政府の軍事力行使停止やロヒンギャを含む全民間人の保護を求める決議案を採択。米欧やイスラム諸国など賛成135票、ロシア、ミャンマーや中国、フィリピンなど反対10票、棄権26票。日本は棄権

11月17日、バングラデシュへの避難民支援として1500万ドルの緊急無償資金協力を決定

「非常に深刻な状況であることがわかった。周辺地域への負担も大きい。国際社会が連携して支援する必要がある」(11月19日、バングラデシュの難民キャンプを視察した河野太郎外相)

「少数民族との和平や国民和解のため国軍の役割が重要」「ラカイン州情勢につき、ミャンマー政府が自身の取り組みを国際社会に説明することが重要。必要な場合には国軍が処分を行うように働きかける」(11月20日、中根一幸副外相)

「最悪の民族浄化キャンペーン」

ロンドンにあるジャーナリストのたまり場「フロントライン・クラブ」でロヒンギャ難民危機についてパネルディスカッションが行われた。参加したクィーン・メアリー大学のペニー・グリーン教授とトム・マクマナス博士は「彼らはロヒンギャを排除しようとしている」「スー・チーに問題は解決できない。彼女は問題の一部なのよ」と断言した。

ドキュメンタリー映画作家シャフィア・ラーマン氏は当時バングラデシュとミャンマーの国境にいて、トゥラトリというミャンマー西部の小さな村から逃げてきた30人にインタビューした。村にはイスラム教徒のロヒンギャ4360人と仏教徒のラカイン435人が暮らしており、双方が争わないことで合意したばかりだった。

左からドキュメンタリー映画作家のシャフィア・ラーマン氏、アジーム・イブラヒム研究教授、ペニー・グリーン教授、トム・マクマナス博士(筆者撮影)

トゥラトリ村のロヒンギャは「村の中に残っていれば安全だ」と役人から言われていた。しかし8月30日午前8時、国軍のヘリコプターが舞い降り、ラカインの仏教徒50人と他民族が一緒になってロヒンギャに襲いかかった。銃声が鳴り響き、村に炎が放たれた。川辺に追い込まれて逃げ場を失ったロヒンギャは狙い撃ちされた。1歳の娘を生きたまま炎の中に放り込まれた母親もいた。証言者は1500~1700人が虐殺されたと推定した。

国際人権団体アムネスティー・インターナショナルが「軍隊の民族浄化キャンペーンによる最悪の残虐行為の1つ」と表現したロヒンギャ難民危機の生々しい実態がこれだ。『ロヒンギャ―ミャンマーの隠された虐殺の内幕』の著書があるアメリカ陸軍戦略大学のアジーム・イブラヒム研究教授は「ミャンマーの制裁を解除するのが早すぎた」とほぞを噛んだ。

最愛の家族をイギリスに残し、15年近い自宅軟禁を耐えた民主化のヒロインは血も涙も失ったのか。民政移管後の2015年総選挙でスー・チー氏の国民民主連盟(NLD)は圧勝。文民大統領が誕生したものの、国軍は依然として国防と治安、国境警備について全権を握っている。仏教徒の愛国主義団体が反ロヒンギャの過激排斥思想をあおり、その反作用としてロヒンギャ武装勢力の過激化が加速する。

スー・チー氏は危ういバランスの上に立ち、綱渡りのように民主化を進めていかなければならないのだ。

スー・チー氏から直に話を聞いたこともある上智大の根本敬教授(ビルマ近現代史)は、スー・チー氏は慎重にロヒンギャ問題の解決に取り組んでいくはずだとみる。スー・チー氏以外に事態を改善させられる人物は今のミャンマーに見当たらない。日本のミャンマー外交は基本的にこの考え方の上に立つ。

ロヒンギャに肩入れし過ぎるとスー・チー氏は国軍と国民の反感を買うだろう。かと言ってロヒンギャ問題を放置すれば欧米諸国が制裁を再開させるかもしれない。強硬な国軍もこれだけは避けたいシナリオだ。しかし制裁再開は親欧米に転換したミャンマーを再び中国の方に押しやってしまう。

いくら民主化を優先させるためと言っても、スー・チー氏はロヒンギャをスケープゴートにした国軍の支配構造を引き継ぐことは避けなければいけない。ミャンマーとバングラデシュ両政府は21日、避難民の帰還について合意したと発表した。合意内容の詳細とどこまで実現するのかは分からない。

スー・チー氏の真価が問われるのはまさにこれからだ。ミャンマーだけでなく、アジアの民主主義も試されている。

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