- 2017年11月21日 14:16
【沈志華教授インタビュー】中朝関係「血盟の終わり」から「敵対」へ - 野嶋剛
1/2トランプ米大統領のアジア歴訪でも、最大の焦点になった北朝鮮問題。日中や米中の首脳会談ではさらなる圧力強化で一致したが、解決の糸口はまだ見えてこない。米国は空母3隻を日本海に展開し、北朝鮮にプレッシャーをかけるが、金正恩(キム・ジョンウン)政権はさらなる核・ミサイルの実験準備も進めるとの動向も伝わってくる。関係国で一致するのは中国の出方が鍵となるということだが、肝心の中国の対北朝鮮の態度は、いまひとつわかりづらい。歴代の指導者は北朝鮮のことをどう扱い、習近平国家主席はどう考えているのか――。
有力な中朝関係研究者であり、著書『最後の「天朝」 毛沢東・金日成時代の中国と北朝鮮』(朱建栄訳、岩波書店、上下巻、2016年)でこのほど「アジア太平洋賞」(毎日新聞社主催)の大賞を受賞した沈志華・華東師範大学終身教授に東京で話を聞いた。
沈氏は1950年生まれ。実業家から研究者に転じた。中国人民大学や香港中文大学で客員研究員を経て、2005年から華東師範大学の終身教授。2016年には同大学の冷戦国際史研究センター所長に就任した。
北は潜在的な「敵」
野嶋:中国と北朝鮮は朝鮮戦争で共に戦った強い絆で結ばれている「血で結ばれた同盟関係」(血盟)ではないのですか?
沈:中国と北朝鮮は本当にいまも同盟関係なのか、大いに疑問です。確かに、過去には同盟関係だったときはあります。しかし、すでに事実上、同盟関係は成立していないと私は考えています。
今年3月、大連のある大学で講演しました。現在、北朝鮮は中国の潜在的な敵であり、韓国は潜在的な友である、と述べました。これに対し、ネットで大変な論議がおきて、多くの人が私を売国奴と罵りました。
これは大変おかしなことです。北朝鮮を批判すれば売国奴になり、韓国を批判すれば、善人になるのでしょうか。韓国のいいことを言えば売国奴になり、北朝鮮をほめれば善人になるのでしょうか。
この近年の外交関係を見てみれば、中国と関係が良好なのは韓国であり、北朝鮮ではありません。指導者の往来も活発なのは韓国です。習近平主席は、金正恩労働党委員長と1度も首脳会談を行っていません。しかし、その実態が見えていないため、外交部も含めた中国政府、研究者、社会全体が、中国と北朝鮮との関係について、正しい理解を持てていないのです。「戦友」や「友好」といった美辞麗句に惑わされて、中朝関係の根本的で客観的な変化を、知らされていない。これは大変危険なことです。間違った認識のうえで行われる政治的な判断は、間違った判断になってしまうからです。
野嶋:正しい中朝関係の理解を広げるために『天朝』を執筆して、中朝関係の歴史を解き明かそうとしたのですね。
沈:その通りです。しかし、この本は、日本で出版され、韓国で出版され、香港でも出版されましたが、中国だけが出版を許可しません。本が出れば一発で「血盟」という考えが過去のものであることが誰もがわかるようになります。残念なことです。先日、香港で出版された中国語版(繁体字版)を中国に持ち込もうとしたら、税関で没収されてしまいました(笑)。
「東北地方は北朝鮮のもの」
野嶋:冷戦史や中ロ関係の研究者でもあった沈さんが、いつ、どうして中朝問題の歴史研究に入っていったのですか。
沈:2010年ごろからです。政府のある部門の人が私に対して、朝鮮戦争以来の中朝関係の実態を整理してほしいと、依頼してきました。中国の指導者のなかにも、このままの中朝関係ではいけないと考える人がいたのでしょう。この依頼は単なる学術的なものではなく、政治的な意味を持っていると理解出来るものです。私もかねてから中朝関係には関心を持っていました。多くの資料にアクセスできるようになり、その成果をまとめたものが『天朝』でした。
野嶋:朝鮮半島の頃は、確かに「血盟」だったわけですね。
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沈志華・華東師範大学終身教授(筆者撮影)
沈:1950年代から80年代にかけて、確かに強固な同盟関係が存在しました。特に毛沢東の時代は特殊な関係でした。しかし、中国が鄧小平の主導で改革開放政策を進めるようになって、中朝関係は天地をひっくり返すような大きな変化に見舞われたのです。
具体例をあげましょう。2000年、北京で江沢民総書記(当時)が金正日(キム・ジョンイル)委員長(同)と会いました。金正日は「東北地方を視察したい、手配して欲しい」と言うので、江沢民は困りました。視察とは、国内の上部機関が下部機関を見に行くことなので、「それは訪問ですね」と江沢民が言うと、金正日は「東北は私たち北朝鮮のものだと、父の金日成が毛沢東から言われたと直接父から聞いています」と言ったそうです。
江沢民が不思議に思って中連部(共産党中央対外連絡部=対北朝鮮関係を長く担当してきた部門)に確認を取らせたところ、確かに、毛沢東はかつてそういうことを北朝鮮側に述べていたのです。私が本を書くために調査したら、毛沢東は少なくとも5回、東北地方は北朝鮮のものでもある、という趣旨のことを語っていました。周恩来にも同様の発言がありました。
金日成に対し、毛沢東はこう言ったそうです。「北朝鮮は私たちの最前線で、東北地方はあなたたちの後方です。一緒に管理しよう。いつか東北を渡してもいい。東北には穀物もあり、(朝鮮族の)兵士も集められ、みなさんは地理もよくわかっている」。
実際に、金日成は東北地方の「視察」を行っています。東北出身者の朝鮮族からなる幹部の研修も中国では行っていました。
これは非常に特別なものです。毛沢東は、表面的には共産主義の世界革命の一環という体裁をとっていても、実態は、中国の伝統的な「天朝」という考えを引き継いだところにあります。「天朝」とは、中央の王朝が緩やかに属国を管理する思想で、臣下の関係さえ保っていれば、非常に寛容に対応するわけです。



