
【再生医療は人類の常識を覆す可能性がある】
NHKスペシャルで放送中のシリーズ『人体 神秘の巨大ネットワーク』が大反響を呼んでいる。全8回にわたる大型企画だが、最大の驚きは「臓器間のやりとり」が明らかにされたことだ。
これまで医学界では、「脳」が司令塔となり、各臓器に様々な命令を出して体内をコントロールするという考えが定説で、一般にもそれが常識として受け止められている。しかしNスぺでは、各臓器は独自にそれぞれのメッセージを携えた物質(メッセージ物質)を放出し、血管や神経を通じてほかの臓器や細胞などと直接やり取りをする「横のつながり」があると伝えたのだ。
だが、そこでこんな疑問が思い浮かぶ。「メッセージ物質」を人間が再現することは可能なのか? ということだ。臓器間ネットワークの作用は、人工臓器ではカバーしきれない。東北大学大学院医工学研究科の永富良一教授がいう。
「たとえば、脂肪が放出する重要なメッセージ物質の『レプチン』は、常に分泌されるのではなく、脂肪細胞に脂肪がたくさんたまると分泌されますが、人工臓器ではそうした自然発生的な調節がまだできない。複雑極まりない臓器ネットワークへの適応が、人工臓器の課題です」
そこに一石を投じる可能性があるのが、京都大学・山中伸弥教授のiPS細胞研究などに代表される「再生医療」だ。ブタなど動物の体内で作る人工臓器なら、「メッセージ物質を作れない」というハードルを越えられる可能性がある。
文部科学省の専門委員会は、移植に使う人間の臓器をブタなど動物の体内で作製する研究の実施について、初めて容認する方針を決めた。来年度中の国内研究解禁を目指している。
このような研究は、これまで「人間と動物の種を飛び越える行為」「動物を人間の臓器のために犠牲にしていいのか」「動物が人間に似た知能や精神を持つ可能性はないか」など医学研究の枠を超えた、倫理的、あるいは宗教的議論が重ねられてきた。
しかし医療現場では慢性的に臓器不足が指摘されている。日本臓器移植ネットワークによれば、臓器移植希望の登録者は昨年末で1万4000人を超えるのに対し、昨年の臓器移植件数は約340件にとどまっている。
分野の研究が一気に加速すれば、医療技術のみならず、新しい医療に関わる議論まで大きく変える可能性がある。
今回のNスペ「人体」のナビゲーターをiPS細胞研究の第一人者である山中教授が務めているのも深い“意味”が感じられる。臓器間ネットワークの研究と、それに伴う疑問──その先には、医療や健康というスケール以上の人類社会の大変化が待ち受けているのかもしれない。
※週刊ポスト2017年11月24日号