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“選挙の鬼”を支える”普通の人”―オレと選挙と中村喜四郎と“選挙の鬼”との12年戦争(5)

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前回までの記事
中村喜四郎という男―オレと選挙と中村喜四郎と“選挙の鬼”との12年戦争(1)
“報道陣立入禁止”の個人演説会の中身は?―オレと選挙と中村喜四郎と “選挙の鬼”との12年戦争(2)
自公連立の”番外地”茨城7区の現状―オレと選挙と中村喜四郎と “選挙の鬼”との12年戦争(3)
「選挙も政治も人生のすべて」―オレと選挙と中村喜四郎と“選挙の鬼”との12年戦争(4)

片手にハンドル、片手におにぎり

2014年の選挙が終わるとすぐ、私は中村の国会事務所に取材依頼書を送った。

しかし、事務所からの返事は「お受けできません」という残念なものだった。

その後も私は取材を申し込んだ。それでも中村が私の取材に応じることはなく、ただ時間が過ぎていった。

私は焦っていた。それは2014年7月10日に発売された『文藝春秋』8月号を手にしてから、ずっと続く焦燥感だった。その号では、マスコミ嫌いで知られる中村喜四郎が単独インタビューに応じていたからだ。

中村への単独インタビューに成功したのはライターの常井健一氏だった。常井氏はこれまでにも現職総理だった菅直人へのインタビュー、小泉純一郎のスクープインタビュー、小泉進次郎に関する数々の骨太な記事をものにしてきた実力派だ。常井氏とは選挙取材の現場で顔を合わせることも多く、仕事だけでなく、人間的にも尊敬している。常井氏の原稿が本流を行くものだとしたら、私の原稿は傍流に過ぎないだろう。しかも、常井氏は私よりも若い。常井氏による中村喜四郎インタビューを目にして、私は泣いた。

それは自分がインタビューを取れなかった悔しさと、それを成し遂げたのが常井氏だったという嬉しさの両面があった。当然、常井氏による記事の内容はとても濃いものだった。

2017年5月下旬、私はまた中村喜四郎に取材を申し込んだ。5月23日に衆議院本会議で行われた組織的犯罪処罰法改正案(共謀罪、テロ等準備罪)の採決で、中村が反対票を投じたからだ。

しかし、またしても断られた。私はもう中村の話を聞くことはできないのかと、暗澹たる気持ちになった。

それでも諦めることはできない。私は2017年10月の総選挙でも中村喜四郎を追った。

中村が選挙区内をバイクで走り回るのも従来通り。個人演説会で、袋に入った菓子パン、お茶、バナナが配られるのも同じだった。

2017年の個人演説会でもバナナ入りの袋が配られた。参加者の足元にある袋がそれだ(撮影:畠山理仁)

今回の選挙では、中村の事務所から「遊説の大まかなスケジュールはお知らせできますが、選挙期間中は選挙優先なので候補者とは直接話せません」と釘を刺された。バイク遊説中に追いかけるのは危険だということで、安全への配慮を求められた。つまり、スポットで待ち伏せて取材するのが最善策となる。これは地元の記者たちにも説明されていた。

私は12日間の遊説日程がまとめられた一枚の紙を手に茨城7区に入った。紙に記された時間と字名を頼りに選挙区内を走り回り、中村を待つ人の群れを探すのだ。

いつものように自分が運転する車の窓を全開にする。しかし、なかなか街宣車の音をキャッチできない。アスファルトがつぎはぎになっているような細い路地も走りながら喜四郎の匂いを探したが、それでも見つからない。気がつくと、日程表の予定時間を1時間ほど過ぎていた。

遊説予定が前後するのは、中村に限らずよくあることだ。私は日程表を遡り、中村が来ると思われる方向に車を進めた。

一つ前の字についてぐるぐる走り回る。しかし、人だかりは見つからない。もうここは終わったのか。今度は逆方向に走り、まだ通っていないルートを探す。それでも見つからない。

一度仕切り直して、16時から開かれる最終演説の場所に狙いを定めることにした。予定の30分前から「正確にはどこでやるかわからない現場」の周辺を車で走っていると、舗装されていない空き地に不自然な形で複数の車が停まっている場所を発見した。これは何かある。そう思って周囲を見回すと、いた!!!

「セレモニーホールそうわ」という葬儀場の前に、50人ほどが傘を差して集まっていた。聴衆とは別に、半透明のレインコートを羽織った10人ほどの男性が交通整理をしている。レインコートの下には白い揃いのスタッフジャンバー。その背中にうっすらと「党より人」の文字が透けている。中村喜四郎陣営のスタッフだ。

すぐに車を降りて人だかりの中に入ると、60代の女性に声をかけられた。

「マスコミの方?」

「はい」

「あらー、じゃあ、いい場所譲るから。はい。ここ。いい写真撮ってね」

女性が私に笑顔を見せたことに驚いた。

「昔は喜四郎さんもみなさんもマスコミ嫌いだったのに、ずいぶん変わりましたね。以前はすごく嫌な顔をされましたよ」

「はっはっは(笑)」

私の言葉に女性はただ笑うだけだ。自分が応援している中村、まるで家族のように思っている中村がメディアに取り上げられるのを、支援者も見たいのかもしれない。

「まもなくです!」

道路際に立ち、中村の車がやってくる方向を見ていた別の男性スタッフから声が上がる。街宣車のスピーカーがどんどん近づいてくるにつれ、場の雰囲気が一気に熱くなる。

「なかむら、中村、中村喜四郎! この車の前! 本人が、バイクの中村! 中村喜四郎がこの車の前! バイクに乗ってのご挨拶、お願いに上がっております!」

ブォーン、ブォーン、ブォオオオーン!

大きな空ぶかしの音とともに中村がバイクで会場に入ってきた。

2017年総選挙で、街頭演説会場にバイクで颯爽と現れる中村喜四郎。

聴衆が傘の柄を首に挟んで拍手する。バイクを降りた中村が、いつもの野球っぽいヘルメットを被ったまま聴衆と握手をする。

一通り握手が終わるとヘルメットを脱ぎ、今度は紺色の生地に金色で「AIR BORNE」と刺繍された陸上自衛隊の帽子をかぶってマイクを持った。

(左)ヘルメットをかぶって支援者と握手する中村(右)陸上自衛隊の帽子をかぶって演説する中村(撮影:畠山理仁)

「今日は35か所で街頭演説してきました!ついつい長くなって予定が遅れましたが、みなさんを待たせているのに、食事を取るわけにもいかない。『片手にハンドル、片手におにぎり』でやってきました!」

 中村の呼びかけに聴衆から笑い声が起きる。中村の左手は手袋をしているが、右手にはしていない。バイクを下りてすぐに聴衆と生で握手をするためだろう。

「畠山さん、ラジオよかったです。オヤジと一緒に聴きましたよ」

セレモニーホールそうわ前で中村喜四郎が演説している間、私は中村に随行しているハイエースを確かめに行った。前回選挙のように、荷室にバックアップ用のバイクが積まれているかを見るためだ。

しかし、この時の選挙ではバイクが積まれていなかった。その代わりにヘルメットやレインコート、手袋などのグッズが衣装ケースに積まれ、いつでも取り出せるように準備されていた。

2017年はバックアップ用のバイクが積まれておらず、
手袋やヘルメットを入れた衣装ケースが積まれていた

その隣に停まっている街宣車の影に、見覚えのある若者がいた。2014年の選挙から、途中でバイクの運転を交代するようになった息子だ。レインコートを着込み、中村と同じタイプのヘルメットを被り、「息子」のタスキをかけていた。

時刻は16時10分すぎ。この日は18時30分から個人演説会がある。中村はここで一度バイクを降り、自宅に戻ってシャワーを浴びてから個人演説会場に向かう。その間、息子が中村の代わりにバイクに乗り、20時まで選挙区内を走るのだ。

私がタスキをかけた息子を撮影するために近づいていくと、思いがけず、息子のほうから私に声をかけてきた。

「畠山さん、ラジオよかったです。選挙運動が終わった後に、オヤジと一緒に聴きましたよ」

驚いた。息子がオヤジといえば喜四郎だ。喜四郎が私の出演したラジオを聴いたのか?

それにもまして驚いたのは、息子が私のことを認識していたことだ。まさか私のようなライターを覚えているはずがないと思っていただけに虚をつかれた。気が動転して「あわわ、ありがとうございます」としか返せなかった。

夜の個人演説会がある日は、息子が喜四郎の代わりにバイクに乗る(撮影:畠山理仁)

唐突なので少し解説する。私は茨城7区を訪れる前日、TBSラジオの番組「久米宏 ラジオなんですけど」にゲスト出演していた。

私は今年7月15日、『黙殺 報じられない“無頼系独立候補"たちの戦い』で第15回開高健ノンフィクション賞を受賞した。それをきっかけに『黙殺』に注目してくれた久米宏氏が、私を番組のゲストに呼んでくれたのだ。

それにしても、中村親子がラジオを聴いたという。本当なのか?

私はこの番組の中で、大手政党のある候補者の事務所が、遊説日程についてウソを重ねて取材から逃げようとしたことを話していた。その上で、「逃げる政治家は許せません!」と痛烈に批判していた。

念頭にあったのは中村のことではない。自民党の石原宏高事務所のことだ。しかし、なかなかメディアの取材に応じようとしない中村も大きな違いはない。

その中村がラジオを聴いた。ひょっとしたら、中村に私の考えは伝わったかもしれない。中村が口を開く可能性もあるのではないか?

この時の街頭演説では、中村喜四郎の姪もマイクを握った。中村の兄は病院の理事長をしており、その次女も医師だ。当日は非番ということで街宣車に乗り、選挙運動を手伝っていた。中村の選挙スタッフには、中村の兄の病院関係者も多くいる。

ピンクのスタッフジャンバーを着た姪が聴衆の前にマイクを持って立つ。しかし、話し始めると、ところどころ言葉に詰まってしまう。普通の人なら当然のことだ。

中村の姪も選挙応援に駆けつける。聴衆は温かい目で見守る(撮影:畠山理仁)

「今、私がこうしていられるのも叔父たちの教えのおかげです。3つ教えてもらってきました。一つ目が努力すること。努力だけは誰にでもできる。2つ目が、人のためにできること、人のために役に立つ人間になりなさいということ。3つ目が、おかげさまということ。それを忘れるなということでした。

叔父は、この教えを胸に、政治家として一生懸命がんばってきました。中村喜四郎にできること、中村喜四郎じゃなきゃやれないことを、ぜひやらせてあげて下さい。よろしくお願いします!」

支援者たちは、まるで自分の孫を見るような温かい目で見守っている。そして、中村の姪が演説を終えると、大きな拍手をする。家族の運動会や学芸会を見ているような雰囲気だ。中村劇場は支援者を巻き込んだ「ファミリー劇場」だといってもいい。

ブォーン、ブォーン、ブォオオーン!

喜四郎に代わってバイクにまたがり、息子が車列を率いて出発した。喜四郎は別の車に乗り、手を振りながら一度自宅へと戻っていった。

車列を率いてバイクを走らせる「息子」(撮影:畠山理仁)

中村一家を送り出した後、ピンクのスタッフジャンバーを着て会場整理をしていた50代の女性に話を聞いた。

中村喜四郎の魅力って、なんですか。女性はすぐにこう答えた。

「やっぱり、力強いところね!でも、先生も年取った。うん、年取ったわねえ……。それでもまだまだ頑張ってもらわないとね!」

選挙というのは、単純に接触機会の多さで決まるのかもしれない。

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