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「選挙も政治も人生のすべて」―オレと選挙と中村喜四郎と“選挙の鬼”との12年戦争(4)

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前回までの記事
中村喜四郎という男―オレと選挙と中村喜四郎と“選挙の鬼”との12年戦争(1)
“報道陣立入禁止”の個人演説会の中身は?―オレと選挙と中村喜四郎と “選挙の鬼”との12年戦争(2)
自公連立の”番外地”茨城7区の現状―オレと選挙と中村喜四郎と “選挙の鬼”との12年戦争(3)

中村の強さを支えるのは地元での日常活動

中村喜四郎は茨城7区で圧倒的な強さを見せつける。しかし、国会に行けば無所属だ。無所属ながら自民党の二階俊博幹事長の派閥・二階派の「客員会員」という非常に特殊な立場にあるが、国会で力を持つことは難しいように思える。

実際、私が中村を追い始めた2005年以降、彼が国会で発言したのは、2011年4月27日の衆議院決算行政監視委員会でのたった1回しかない(委員会への出席自体は同期間で160回以上ある)。質問主意書は議員になってから一度も出したことがない。

もちろん国会議員の仕事はこれだけではないし、法案の採決には参加している。2011年3月の東日本大震災の際には、自ら被災地にボランティアにも入った。また、ボランティアを組織して派遣もしている。国会図書館で見つけられる数少ない中村喜四郎の記録の一つは、この時のボランティア活動を記録した冊子だ。

2015年9月に起きた関東・東北豪雨の際にも同様の活動をした。常総市長と共に石井啓一国土交通大臣に陳情にも行った。

地元の支援者を国会見学につれてきたり、若い人の婚活の手伝いもしたりしている。そして、「地域で防衛を学ぶ翔く会」を作り、地元の支援者とともに自衛隊基地への視察も重ねている。しかし、国会という表舞台での目立った活動はなかなか伝わってこない。

将来の総理候補と目されていた人物なのに、ほとんどマスコミにも登場していない。国会図書館で中村喜四郎の記事を探しても、肉声として残っているのは建設大臣時代のぐらいのもので、ほとんど記録がない。そして、ゼネコン事件で逮捕後は、ほとんどマスコミに対して口を開いていない。

ちなみに選挙の際に配られる法定ビラを見ると、略歴の更新は平成4年で止まっていた。2017年の選挙の際は、ビラに略歴すら載っていなかった。

それでも中村は茨城7区で当選し続ける。

当選直後でもマスコミからの取材には厳しい表情を見せる中村喜四郎(2014年・撮影:畠山理仁)

地元に行くと、その理由の一つがわかった気がした。中村は出所後の1年半で、地元の有権者のもとを一軒一軒、約2万軒歩いたという。

ときには、「中村さん、悪いことした政治家ですね。うちの玄関には入らないで下さい」と言われたこともあった。裁判の資料を渡そうとしたら、「そんなものはいらない、持ち帰れ」と言われることもあった。

中村は2005年当時、私が潜入せざるをえなかった個人演説会で、こんなことを言っていた。

「公の立場にある国会議員という立場の人間が、疑いを持たれ、無罪を主張して13年間戦った。いかなる理由があったにせよ、有罪になったということは、非常に重い責任を逃してはならない。そのためにはできるだけ厳しい批判の声を聴きながら、意見を聞いていただかないとダメだ。もうこれしかできない。ここで自分の気持ちが萎えてしまえば、それをもって政界を引退したい」

この時の中村は「本当は茨城7区で8万軒。最低でも3年かけて5万軒は歩こうという決意」をして地元回りをはじめたという。しかし、その途中で衆議院が解散されてしまったのだ。

中村は2005年の当選後も、土曜日には地元に戻り、マイクをもって選挙区内を演説して回った。事務所のスタッフによると、「だいたい2週間をかけて選挙区をくまなく一周回る」という。

 中村は2014年の当選直後、私の問いかけにこう答えた。

「そうした日常活動が大事なんです。選挙中にバイクで回るのは、日常活動に対する反応を確認する作業なんです」

「為書き」も超党派 出陣式会場はカオス

中村と支援者たちが作り出す“場”の雰囲気は、いつも熱い。

2014年総選挙の出陣式は、中村の地元・茨城県猿島郡境町にある大型商業施設2階の広い空き店舗で行われた。1階はスーパー銭湯。その2階がまるまる空き店舗になっている。そこが出陣式の会場だった。

聴衆の多くは60代以上。出陣式は18時開始なのに、1時間以上前から続々と人が集まってくる。大型バスやマイクロバスで駆けつける団体もある。会場に入るまでは長蛇の列だ。

私も一歩が5センチぐらいずつの歩みでなんとか会場に入ったが、すでに超満員だ。聴衆の熱気でメガネが曇る。そして会場のスピーカーからはこんなアナウンスが流れる。

「少しでも前にお進み下さい!会場に入れない方が、まだ外に1000人ほどいらっしゃいます!」

まだ外に1000人も!

このアナウンスを聞いた聴衆からは、「オオォ〜!」と地鳴りのような声が湧き上がる。

この時の出陣式には5千人以上が集まった。しかも、会場にいる人たちは、みんな中村のキャッチフレーズである「党より人」と書かれた白い帽子を被っていた。ものすごい一体感だ。5千人という数がわかったのは、5千個用意されていた帽子が全部なくなっていたからだ。

(左)出陣式会場は大混雑。一歩で5センチほどしか進めない。(右)「党より人」の帽子をかぶる支援者(いずれも2014年・撮影:畠山理仁)

ちなみに「党より人」の帽子は参加者たちにプレゼントしたものではない。貸与だ。そこに参加している人たちはみんな「選挙対策委員」という位置づけなのだ。

驚いたのはそれだけではない。会場に貼られた必勝祈願の「為書き」もカオスだった。

森喜朗・元首相、二階俊博・自民党総務会長、古賀誠・元自民党幹事長、石原慎太郎・次世代の党最高顧問、岡田克也・民主党代表代行と、党派を超えすぎている(肩書はいずれも2014年当時)。公明党ののぼりやポスターもたくさん貼られている。

カオスな為書きと中村の息子(いずれも2014年・撮影:畠山理仁)

この時の出陣式で一番盛り上がった一言は、中村の次のセリフだった。

「全国の選挙区の中で唯一、自民党と公明党の鉄の団結にくさびを打ち込んだ団体がある!それが我々の喜友会であります!日本一の後援会なのであります!」

中村の絶叫に会場からは「うぉーーーー!」という歓声とともに、「日本一じゃなくて世界一だ!」の声が飛んだ。

喜友会の強さの秘密はなんなのか。私が中村に問うと、中村はこう答えた。

「自分の政治家としての使命感とか情熱とか、あとは自分で言うのもおかしいですけど、自分の生き方に共感してくれている人がたくさんいる。特に私の場合は、過去に人に言えないような逆境があった。

そういうものを乗り越えていこうとする人間に対して、非常に、喜友会の人達は関心を持ってくれて、ぜひがんばってもらいたいと。

順風満帆たる政治家が多い中で、そういう人が一人くらいいたほうがいいと思ってもらっていることに対して、また生きがいがあると思いますね」

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