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「裁量」という名の逃げ道を堂々と認めた元最高裁判事 

またもや冤罪事件の悲劇が明るみになった。

 冤罪事件が起きるたびに私が不思議に思うのは、警察、検察の誤りは 糾弾されるのに、冤罪判決を言い渡した裁判所の責任が問われることが 一切ないという事である。

 その事に合理的根拠があればまだ許せる。

 しかしどう考えてもそれが見当たらない。

 政治家や官僚やこの国の有識者たちが、そしてなによりもこの国の 大手メディアが、正面から最高裁判所を批判した事を私は知らない。

 それでも最高裁の裁判官が、「・・・その良心に従ひ独立してその 職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される・・・」(憲法76条) のであれば、まだその判決を尊重してもいい。

 しかし、その実態が「法の支配」から逸脱しているとすればどうか。

 この点に関し、11月30日の朝日新聞「耕論」が、元最高裁判事で あった園部逸夫氏の原発訴訟に関する驚くべき発言を掲載していた。

 そのさわりの部分は次のとおりだ。

 

「・・・最高裁には、行政庁の言うことは基本的に正しいう感覚が あるのです。それを理屈立てするために『行政庁の自由裁量』という 逃げ道が用意されています。  一つは『専門技術的裁量』と言います。(原発の)安全性について 『看過しがたい過誤・欠落』がない限り、高度の専門知識を備えた 行政庁の判断を尊重するわけです。  もう一つは『政治的裁量』で、例えば『経済活動に原発は必要』と いった行政の政治的判断に委ねる。特に最高裁は、地裁・高裁よりも 国策的な問題について軽々に判断しにくいのです・・・最高裁では 『常識的な判断』というものが出てくる。まことにいわく言いがたい ・・・国策にからむ問題に深く立ち入って判断をすることへの『消極的 な感覚』とでもいうようなものがあるのです・・・」

 しかも園部氏は、最高裁の判決文は裁判官ではなく調査官が起案し ている事を認めた上で次のように述べている。

 「・・・裁判官のエリートコースを歩む調査官が『失敗したら 大変だ』と無難にふるまったら、どうしても司法の流れは保守的になり ますよ・・・」

 これはとんでもない発言ではないのか。

 園部氏を国会に証人喚問し、この発言の真意を国民の前で明らかに すべきではないのか。

 司法改革とは、裁判員制度をつくったり、検察審査会に強制起訴の 権限を与えたりすることではない。

 最高裁を国民が監視できる裁判所改革を行なうことである。そうすればこの国は少しはよくなるに違いない。

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